006ページ 魔王様、潜入する
ひと悶着あった地点から三十分は歩いたろうか。丘が平坦になったところで、天幕がたくさん並んだ平野にたどり着いた。
おおう…これはこれで壮観だなあ。
「ミント! どうしたこっちだ」
「あ、待って今行くよ!」
って答えたもののキョロキョロは止められないんだけどね!
「こういう場所は初めてか?」
「うん! 森から出たのが初めてなんだ! ここにはたくさん人間がいるんだね」
「どうして分かる?」
「ん? だって魔力があちこち散らばってるもの」
「…魔力で人の位置が分かるのか?」
「じゃないと勝手に他人の縄張りに入っちゃうからね」
この魔力感知はホント。ここ着くまでにアンバーの魔力を思い出しながらフェズとおバカさんの魔力を探ってたら出来た。比較、大事。
ここの集団は…似たり寄ったりなレベルなんで詳しい数なんかは分からないけど、密集具合なら分かる。
自分の魔力もだいたい把握出来るようにしといて良かった! さっきの喧嘩でも魔王様な桁違い魔力は噴出してなかったみたいだから、成功だな! 色々出来るって楽しいな!
「そうか…うぅん…」
ゴニョるフェズ。勘の良い人ならそろそろある可能性に思い当たってるだろう。そして僕はフェズがその勘の良い人だと思ってるので、分かっててしらばっくれてますけどそれが何かああ!
「まあ、とりあえずうちの大将に会ってくれや。詳しい話はそこでだな」
と、一際大きな天幕に先導される。
ああ、やっぱそこなの? さっきからドギついのが居るっぽくて近付きたくないなあって思ってたんだよね。
途端、ピリッと肌に静電気が走ったような感覚が全身を撫でるんで、僕は天幕に入るその一歩前で止まった。
「? どうかしたか?」
「どうかしたかじゃないよ…」
僕はフェズの先に居る…この天幕には何人か居るんだけど、その中でも上座に位置する辺りを見た。
「その人達が自分の縄張りを主張してる。僕はここには入れない」
「…ニルガ様?」
視線の先には一人だけ、まるでその人自身が輝いているかのような存在感を発する女性が座していた。日差しを知らないような白い肌に光輝く金の髪、瞳は凍れる青、何より特徴的なのは木の葉のように長く伸びた耳。
いるんだ、この世界にもエルフ。
エルフと言えば『森の賢人』『森の守り人』といった意味を持つ。魔力と知力に長け、千年を越す寿命を持つ。保守的で、住みかである森から出ないっていうのが通説だけど。
「報告は受けています。ですが…何者なのです? そこの貴方、どうして魔獣と似た魔力を持っているのですか?」
「どうしてって…僕の家族は魔獣だもん。ずっと一緒に居たんだから魔力が似てもおかしくないと思うけど」
ザワッ、と天幕内が殺気だつ。その場に座っていた、武装した男達がそれぞれ武器を握ったり腰を浮かせたりする。
うはは、爆弾投下ちょ~たぁのすぃ~!
あっ、パシャちゃんが殺気に反応して威嚇してる! 僕の肩の上でだよ! 羽毛がくすぐったくてムズムズらめぇえ!(むんず)
「フェズ! 何てモノを連れてきた!?」
「バカな、完全な人型の魔獣だと!?」
パシャちゃんを抱っこして撫で撫で。落ち着け大丈夫だぞう。膨れても可愛いなあ。
さて、お手並み拝見。
「皆さん、お静かに」
荒れ荒れだったそこに、絶対零度の一言が落ちる。いやあ、すごい影響力。
「…魔力は魔獣に似ていますが、その瞳。魔物や魔獣とは違っています。あなたは魔獣ではないでしょう」
当たりだけど外れ。確かに魔物でも魔獣でもないよ。魔王様だよ! …って可能性として分かっててもこの場じゃ言えないだろうけどね。
大将の断言で、渋々男達が座り直す。全員がそうなって、フェズと僕だけが立ちっぱなし。僕が動く様子を見せないからだろう、エルフの…ニルガ? はひとつ頷いた。
「教えて下さい。あなたはいつから魔獣と一緒にいたんですか?」
ここからは僕の本音と建前を混ぜてお届けしまぁす!
「目が覚めたら、誰も居なかった。でも世話してくれる人(型の魔獣)は居たから一緒に居たんだよ(ってか傅かれてたんだけどねえ)。それって家族でしょ?(と僕が思ってればいいよねぇ)」
いやあ、エルフって事は、魔力感知能力が高いって種族だよね。勇者のパーティー要員かな?
僕の偽装した魔力からどれだけの情報を得られるんだろう(ニヤニヤ)
ちなみに僕の魔力は肩に乗ってるパシャちゃんに偽装している。僕がどれだけ上手に隠せても、パシャちゃんの魔力は偽装しきれない。さっきみたいな事態になると、魔獣で護衛であるパシャちゃんは僕を守る為に反応してしまう。だからパシャちゃんの魔力は素のまま、僕がパシャちゃんに偽装しているのだ。パシャちゃんが肩に乗ってるか、手を伸ばした位なら僕とパシャちゃんの魔力どちらが発生源なのかは分からないだろう。
というか、分からないように調整しました!
どうやらこの辺も力属だから出来る技みたい。パシャちゃんが驚いてたけど「木を隠すなら森の中」という諺を知ってる元日本人ならではの発想…かな?
「その世話してくれた人という人物と、どれだけの期間一緒に居たのですか?」
「さあ? そもそも期間ていうの、どうやって数えてるか知らないんだよね(ガチで)」
「太陽が空に昇って、それが地平に沈み、月が出て、空が暗い間が一日ですよ」
「…いちいち太陽が昇って沈んでを、数えてる、の?」
ニルガの表情が渋った。ふっふっふ、理知的で論理的なエルフには天然系こそ天敵だからな。
というか僕の知ってる一日と同じなんだね~(メモメモ)
「…いえ、いいです。その、家族を探すために一人でこの近くまで来たという話ですが、探している魔獣の外見はどういった姿ですか?」
「豹だよ。黒い豹」
はい、モデルはバラン君です。彼は僕に留守と監視を任されているから、緊急事態でなければ城から出てくる事はない。だからここでこの理由が通ってしまえば、彼が人間に発見されるまで僕はこの世界を自由に歩きまわれるって訳だ。
「黒い豹ですか。珍しくもないですが、数も多くないですね。うーん…」
「誰でもいいんだけど、見た? 僕、それが知りたくてここまで来たんだよ(居るわきゃねえんだけどなっ)」
ぐるりと見渡すが、誰も口を開かない。
この天幕だらけの場所を見る限り、ここは臨時的な前線基地なんだろうな。という事は、アンバーに提供する用のレシピはなさそうだし、勇者ももっと後方まで下げられるはずだから、さっさと出てこっと。
「…戦場での事だ。はっきりした記憶ではないが、心当たりはあるぞ」
剣士の一人がそんな事を発言した。おやあ? 僕を足止めする気か?
「ベヘル」
ニルガが驚いたように目を開いてその剣士を見た。おんやあ?
「そうなの? えっと、教えてくれるかい?」
「…断る。俺はお前を知らない。信用ない人物に話すことはない」
「そう。ん~、じゃあ用はないね。もういい? 跡があるうちに行きたいんだけど」
「ちょ、ちょっと待って下さい!」
意外。慌てたのはニルガだった。
「ベヘル、気持ちは分かりますが、そう邪険にするものではありません。誰でも最初は他人同士なのですから、分かりあうために時間という解決策があるのですよ。少年、貴方もです。有益な情報を知っている人をそう簡単に切り捨てるのは得策ではありませんよ?」
…あれ、このエルフ、もしかして外見が冷たいだけで、結構中身は人情的だったりする系? まさか、戦力とかじゃなくて、折衝役として大将なのか?
う~ん…そうなると、断りづらい。となると、そうだなあ、人間だけが使えるっていう魔法についてはここの方が戦闘職多いから、情報収集できる、かな。
「…ニルガ様がそう仰るなら」
「…そう言うのなら、少し、考えるよ」
まあ、大将に免じて、年下に見える僕から歩み寄ろうじゃないか。と、男を見る。そいつはチラッと目玉をこちらに向けた。
「僕の名前はミント。よろしく」
「…ベヘル。剣士だ」
ん、最低限の礼儀は知ってるみたいだ。いや、大将の前だからかな?
それで、結局僕は少しの間この駐屯地に居ても良いという話にまとまり、その着地点に落ち着いてもなお僕はその天幕に足を踏み入れる事はしなかった。大将が少し警戒心を引っ込めた代わりに、他の人が警戒強めたんだよねえ。
ま、それはさておき。魔法とレシピ聞けそうな人探さないとなあ。
「ミント」
「ん? えーと、フェズ」
「『さん』付けしろよ。と、言いてえとこだが…お前さんはあまりに物を知らねえしな」
「そりゃあ、人間の常識は知らないよ。今日初めて人間(の男)に会ったからね」
「マジか…」
おっと、斥候なんだよなこの人。ちょっと知らないふりして聞いてみるか。
「でも、えっと、人間だけが魔法? を使えるのは知ってるよ。フェズも使える?」
「あ? おお。つっても俺は下層だから大したもんは使えねえけどな。俺よりも、俺と一緒に居た奴。あいつの方が中層だから、詳しいんじゃねえかな」
「中層? んん、ねえ、魔法について教えてよ。みんなその話すると唸るばかりでさ、誰も教えてくれなかったんだ」
あんまり自然に言うから慣れるしかないけど、上中下でランク分けって何か面白い。って素直にフェズに感想言ったら変な顔された。
「そりゃそうだろ…。しゃあねえなあ、着いて来い」
と、先導してくれる。ラッキー!
「人間が使う魔法ってのはな、魔物・魔獣の弱点なんだよ。つっても七種類あるから、敵の属性が何かによって、弱点になる属性が違うんだけどな」
もうパシャちゃんから聞いてるけど「属性?」と相槌を打っておく。人間側でも時属については不明らしくて、同じ話だった。
「ふぅん…。あれ、もしかして僕も使えるのかな? 魔法」
「そりゃあ魔物でも魔獣でもないんだったら、使えるだろ。つか、もう使ってたじゃねえか」
「ん? 何の事?」
「ペグランと喧嘩しようって時、アホみてえに魔力を溜め込んでたろ。お前さんは力属だな」
「ああ、あれ。あれが魔法なの? 仲間の真似して力を溜めてただけなんだけどね」
「正確には魔法になる前段階だと思うぜ。それでも冷や汗もんの魔力を感じたから、ペグランを無理やり止めたんだ」
へえ、そうだったんだ。喧嘩仲裁にしては荒っぽいなあと思ってたけど、緊急だったらしい。
フェズが探していたのはとある天幕。あまり大きくないし、一体どれが誰のとかって判別つけてるんだろ?
「おーい、ペグラン。いるか?」
返事が無い、ただの…あ、答えは背後からだった。
「ペグランなら飯食ってるぜ」
「お、そうか。ありがとな。そういや俺も…っておい、ミント!」
親切なオニーサンは妙な魔力を放つ剣を腰に下げていた。それを遠慮なくジーッと見つめていると、オニーサンがそれに気付いて嬉しそうに…というところでフェズから怒鳴られた。
「何? ちょっと今忙しい」
「お前コラァ! 魔法について知りたいって言ってたのどうしたんだよ!?」
「待って。で、これ何ていう剣なの?」
「ミスリルで出来てんだ。いいだろ?」
「うん。超かっこいい! 見た事ない魔力放ってるね!」
「だろ?! こいつはなあ、特別に神官様から[付加]してもらって、何と、簡単な火属なら出せるって一品なんだ」
「すげえすげえ! そんなのあるんだ!!」
魔法銀! 本物の魔法銀だ! しかも[火属付加]とか対魔物用すぐる! 魔力解析したら火属詳しく分かるかなっ? おほおおおおテンション上がるううううう!
「そぶぃっ」
…襟首引っ張られて変な声出た。
「俺らは交代制だから、休憩は限られてんだ。寄り道してる暇はねえんだよ。ほら、行くぞ」
フェズ、見た目も口調もやる事も荒っぽいなあ。あけすけで嫌いじゃないけど。
「オニ~サ~ン、次会った時またそのかっこいいの見せてね~!」
ぶんぶん手を振って印象付けてみた。あああ、面白いおもちゃ…。
「しまった、あのオニーサンの名前聞くの忘れた。フェズのせいだからねっ!」
「お前な……。分かった、後で教えてやる。その目をやめろ。お前さん眼力強えんだよ」
「やっふぅ! 僕の勝ちぃ!」
ぴょいこらとフェズの手から逃れてやる。
「あ、お前!?」
どこかで聞き覚えのある声音。えっとペグ…何だっけ?
「ペグラン、飯は食い終わったのか?」
「…フェズさん。さっき食い終わりました。混み始めてるんで、早めに行った方がいっすよ」
「そうか、ちょっとこいつ頼む」
と、フェズが指したのは僕。むむ、紹介されたのなら名乗ろうじゃないか。
「僕はミント。よろしく」
「…ペグラン」
そう言えば武装を解除してるので、初めてその顔を見た。うん、おじさんって言って引っかかった理由が分かった。
ペグランは、若い。それも、見るからに若造という感じだ。僕がどうみても子供にしか見えないのと同じ類。
「…何だよ」
「フェズに魔法詳しい? って聞いたら、ペグランの方が中層だから聞いてみろって言われた」
「呼び捨てっ!? …いや、俺が言う事じゃねえか。ああ、そうだよ、俺は中層」
「属性については聞いたんだけど、ペグランは何属性?」
「俺は風属」
「どういう事ができるの?」
フェズ経由だから渋々教えてやるんだぞっていう感じを始終押し出してきたけど、聞いた話をまとめると、だいたいこう。
スレイプニール君がやってたみたいに、空気抵抗や衝撃を阻む盾や結界。隠密活動するには向いてる。魔物にはすごく耳や鼻が利く奴がいるから、音だけじゃなくて匂い消しにも使えるんだって。
脚力や腕力を速度面で強化できるから、戦う時も逃げる時もどっちにもアリ。
もちろん攻撃方法としても有効で、かまいたち作ったり竜巻作ったり、時には合成技にももってこい。砂嵐作って目潰しとか、強風で吹っ飛ばしたりもする。
「便利だね」
「まあな。下層のうちは補助ばっかで地味だけど、中層になると一気に使い勝手が良くなる」
「他の属性にも詳しかったりする?」
「少しはな。干渉属性については知らないと…」
と、干渉属性を説明してくれた。で、風属の隣は火属と力属。やったぁ僕の属性(かもしれない)じゃんラッキー!
火属性は最初、火種を作る。これだけでももう旅で焚き火を作るのに困らない。で、魔力のつぎ込み具合で下層でも拳大の[火球]はいけるそうだ。
下層で[付加]を使える為、近距離戦闘にも向いている。金属系装備と相性が良いので体がデカイ敵には有利なんだとか。
使える魔法の種類は多くないけれど、確実に効果がある為に人気。
「って感じかな。で、次。力属」
うんうん!
読んでいただきありがとうございます。
20150102修正。全体的に改行を追加。