第8話 カーチェイス
202X年 4月1日1300
ジャングルの中をうねるように延びる未舗装の道を、恵茉が運転するピックアップトラックが疾走していく。
よく考えたら、彼女は免許取得後、実家の軽自動車しか運転したことがなかったのだが、人間、死ぬ気になれば何でもできるということだろう。
見事なハンドルさばきで、速度を落とすことなくカーブを次々と曲がっていく。
道路に転がっていた大きな石や、路肩に張り出した木の根を踏むたび、車体が大きくバウンドする。
そのたびに、助手席のソム・チャイが頭やお尻を押さえながら、情けない悲鳴を上げた。
「エマさん、運転が乱暴すぎですよ! 日本ではこんな運転で免許が取れるのですか?!」
「日本でこんな運転をしたら、一発で免停よ」
そのとき、背後から複数のエンジン音が聞こえてきた。
サイドミラーはなくなってしまったので、ルームミラーで確認すると、ゲリラたちの車列が追いかけてくるのが見えた。
道が曲がりくねっているため、数を数えようとしても、すぐにジャングルの木々の陰に隠れてしまう。
ソム・チャイが後ろを振り返り、怯えた声を上げた。
「来ました! たくさん追いかけてきています!!」
「そんなことは分かっているから、何台いるか数えて!!」
恵茉にそう言われ、涙目になっているソム・チャイは、シートの背もたれから身を乗り出して目を凝らした。
そのとき、銃弾が飛んできて、恵茉とソム・チャイの間を飛び抜けていった。
「ヒィイイイ!! たくさん、いっぱい来ました!!」
彼は頭を引っ込め、シートの上で丸くなって泣きながら叫んだ。
「ああ~、分かった分かった」
恵茉がチラッ、チラッとルームミラーで確認したところ、ピックアップトラックやジープ、さらにはトラックまで混ざっている。なぜか日本のタクシーまで走っていた。
あんなの、どこで手に入れたんだろ?
そのとき、道幅が少し広くなり、カーブも減り始めた。
どうやら、ゲリラたちはこのタイミングを待っていたらしい。
車列から2台のモトクロスバイクが先行し、恵茉たちに接近してきた。
どちらのバイクも二人乗りで、後ろに乗っている者が拳銃を構えていた。
「来ます! バイクが来ます!!」
「分かってる」
そう答えると、恵茉は左手でハンドルを握ったまま、右手でソム・チャイとシートの間に転がしていたAK47を拾い上げた。
「エマさん、運転しながら撃つんですか?」
「しょうがないでしょう。あなた、撃てるの?」
そう聞かれ、ソム・チャイはふるふると首を左右に振った。
「だったら、私が撃つしかないじゃない」
そんなやり取りをしている間にも、バイクはどんどん距離を詰め、拳銃を撃ってくる。
ただし、揺れるバイクの上から、疾走する車を撃つのはとても難しい。
よほど訓練を積んだベテランでなければ、銃弾を命中させることなど不可能だ。
このときも、銃弾は1発も恵茉やソム・チャイに当たらず、ピックアップトラックにすら掠りもしなかった。
何度か弾倉を交換しながら射撃を続けてくるが、結果は変わらない。
ついに1台が、もっと近づかなければ駄目だとばかりに、車体の右側へ接近してきた。
さすがに真横に並んで撃てば当たると考えたのだろう。
「頭を下げて」
接近に気づいた恵茉は、右手だけでAK47を構えた。
そして、バイクが近づいてきたタイミングで引き金を引いた。
これは相手に命中させるためではなく、脅して後ろに下がらせるための威嚇射撃だった。
当然ながら、銃弾はバイクには当たらず、そのままジャングルの木に命中した。枝が弾け飛ぶ。
しかし、その折れた枝が、バイクの後ろに乗っていたゲリラのヘルメットを直撃した。
「うぉおおおお!!」
後ろのゲリラが体勢を崩し、ライダーもバランスを失った。
そのままバイクごとジャングルに突っ込み、大木の根に乗り上げて派手に転倒した。
悲鳴を上げながら、二人のゲリラがジャングルの中へ投げ出され、姿が見えなくなる。
「おおっ、偶然だけど我ながら上出来」
恵茉がそう言ったとき、今度は彼女が座る運転席側に、もう1台のバイクが接近してきた。
AK47は助手席側に向けて構えていたため、簡単に反対側へ向けることはできない。
「死ね!!」
そう叫びながら、ライダーの後ろに乗ったゲリラが拳銃を構え、恵茉に狙いをつけた。
駄目、間に合わない。
そう思った瞬間、彼女の瞳にブワッと涙が浮かんだ。
「撃つの? 私を?」
「えっ?」
その瞬間、引き金にかかっていた指が固まり、引くことをためらった。
そして、そのわずかなためらいが命運を分けた。
ジャングルから道路に、木の枝が飛び出していたのだ。
前を見ていたライダーはそれに気づき、とっさに頭を下げた。しかし、恵茉に拳銃を向けていたゲリラは反応できなかった。
ゴンッ!!
「ふがっ!!」
側頭部に木の枝がクリーンヒットしたゲリラが、そのまま吹き飛んだ。さらに、彼がしがみついていたライダーも巻き添えになる。
バイクから落ちた二人は、一塊になってゴロゴロと転がっていった。
乗り手を失ったバイクもジャングルに突っ込み、木々にぶつかって派手に転倒した。
「イエス!!」
それを見て、恵茉はガッツポーズを取った。
「エマさん、今のは狙ってやったんですか?」
「もちろん偶然よ。でも、まあ、私の美貌の勝利ってところね」
「ええ~……」
ソム・チャイが振り返り、バイクを失った4人のゲリラがどうなったかを確認した。
さすがに無傷とはいかなかったが、重傷を負いながらも、なんとか生きてはいるようだ。
そして、ゲリラの車列は、その4人を助けることなく追いかけてきた。
そのまましばらく道なりに走っていくと、前方で道が二手に分かれていた。
「えっ? 来るとき、分かれ道なんてあったっけ?」
ひたすら一本道だったような気がする。
「私たちは、あの左側の道から来たんですよ。ですから、向こうから来ると一本道なんです」
「ああっ、そうか」
とりあえず、どちらへ行くか考えなければならない。
普通に考えれば左だろう。何しろ、首都はその先にあるのだから。
しかし……。
そのとき、またしても頭の中に猪頭曹長の言葉が響いた。
『いいか、人間っていうのは追い詰められたら何をしでかすか分からん。窮鼠、キン〇マを噛むって言うだろう』
あ~っ、さっきはちょっと見直しかけていたのに……。あと、本当にキ〇タマが好きよね。
しかし、同時に、その言葉がヒントになった。
「ねえ、あの右の道の先には何があるの?」
恵茉がそう尋ねると、ソム・チャイはキョトンとした表情になった。
「えっと、左は首都で、右は内戦で無人になった村に通じています」
彼がそう答えると、恵茉はアクセルを緩めることなく、右側の道に突入していった。
「ち、ちょっとエマさん! 違う、間違いです! 首都に行くなら左ですよ!!」
「分かってる。でも、だからこっちで正解なのよ」
「どういうことですか?」
「このまま首都に向かったら、先に逃げたマイクロバスに追いついちゃうでしょ」
「エマさん……」
「マイクロバスは、こんなに速度を出せないんだから」
マイクロバスにゲリラたちが追いついたら、もう戦うことも逃げることもできなくなる。
「だから、こっちに引きつけるの。民間人は守らないとね」
彼女の言葉を聞いて、ソム・チャイが自分の顔を指さした。
「私も民間人ですけど」
「あなたはガイドでしょ。ガイドなら、お客さんを守りなさい」
「ぐっ……。わ、分かりました。でも、最後は敵に突撃して終わり、なんて嫌ですからね」
「安心して。私もそれは嫌だから」
「あと、ギャラアップしてくださいよ」
「それこそ、生きて帰らないとギャラ交渉はできないわよ」
道路は、進むにつれてどんどん悪くなっていった。
遺跡と首都を結ぶ道と違い、こちら側はPKO部隊がたまにパトロールに来る以外、誰も使っていないからだ。
道の両側から雑草が道路へと侵食し、枝を払われていないジャングルの木々も、道路に向かって伸び放題になっている。
ピックアップトラックを追いかけていたゲリラの車列も、分かれ道に差しかかった。
そして、戸惑った。
「あいつらは右に行ったけど、たぶんバスは左に行ったよな」
「どっちに行くんだ?」
先頭を走っていたジープの運転手と、助手席に座っているゲリラが顔を見合わせている。
すると、すぐ後ろでけたたましくクラクションが鳴った。
驚いて振り返ると、後続のピックアップトラックに乗っていたゲリラのリーダーが、鬼のような形相で手に持ったライフルを右側の道へ向けている。
「何をしている! あの女を追いかけろ!! 逃げられたりしたら、お前ら全員撃ち殺すぞ!!」
どうやら、車に挟まれて銃を突き付けられたことが、よほど頭に来ているようだ。
完全にキレている。
「しょうがない、右に行こう」
彼に逆らえば、自分たちの命も危ない。
ジープは仕方なく右側の道に入り、後続の車列もそれに続いていった。




