第7話 一難去ったら次の一難
恵茉が運転するピックアップトラックが、土煙をあげ加速しながら遺跡へと近づいていく。
すると、遺跡の前の広場にいたゲリラたちが、猛スピードで突っ込んでくる彼女に気づき、一斉にライフルを構えた。
そして、好き勝手に発砲し始める。
ガンッ!! ガンッ!!
次々と車体に穴が開くが、アクセルを緩めることはできない。
さらに言うと、ゲリラたちを轢かないように避けているうちに、遺跡の入口から中へ飛び込んでしまった。
そこには石畳の広場があり、驚いた顔のゲリラたちと、恐怖で顔を引きつらせたツアー客たちがいた。
それから、石塀の外からは見えなかったが、遺跡の奥には彼女たちがここまで乗ってきたマイクロバスも停まっていた。
「あんなところに?!」
石畳の上を走る振動で、車体が小刻みに揺れる。
「停まったら死ぬ、止まらなくてもこの振動で違う意味で死ぬ!!」
振動が膀胱を激しく揺さぶる。それはまさに、水が目いっぱい注がれたグラスを揺すっているような感じだった。
「どうした?! 何を騒いでいる?!」
先ほど恵茉に向けてAK47を撃ちまくった、熊のような外見のゲリラのボスが、再び外に出てきた。
これはチャンスだわ!!
そして、彼女はそれを逃さなかった。
リーダー目がけてハンドルを切り、さらに加速する。そして、タイミングを見計らって再びハンドルを切りながら、ブレーキを踏んだ。
「うわぁあああああ!!」
リーダーの叫び声と、タイヤが鳴る音が重なる。
熊リーダーは慌てて逃げ出したが、すぐに遺跡の壁にぶつかり、恐怖に顔を引きつらせながら振り返った。
彼の目の前には、真横を向いたピックアップトラックが、盛大にタイヤを鳴らし白煙を上げながらドリフトして迫ってきていた。
ツアー客やゲリラたちが呆然と見つめる中、車両とリーダーの姿が完全に重なった。
ゴムが溶けたような悪臭が広場に立ち込める。その中で、ピックアップトラックが停まっていた。
左ハンドルのピックアップトラックの運転席で、恵茉がAK47を右に向けた。
助手席の窓のすぐ外には、涙を流し、顔を引きつらせているゲリラのリーダーの上半身が見える。
彼は生きていた。
ただし、車体と遺跡の壁に挟まれ、身動きが取れなくなっている。
何よりも事故を嫌う自衛隊では、このような運転は訓練していないし、そもそも彼女は、自衛隊の車両を運転できる資格(特技)を取得していないため、実家の父親の車、それも軽自動車しか運転した事がなかった。
つまり、これは奇跡や偶然という類の結果であり、もう一度やれと言われても絶対に無理だった。
「全員、武器を捨てなさい!!」
銃口をリーダーに向けたまま左側の窓を開け、恵茉がそう叫んだ。
「…………」
しかし、あまりに突然の出来事に、ゲリラたちは呆然と立ち尽くし、誰も動かなかった。
「武器を捨てろって言ってるのよ!!」
そう叫ぶと、恵茉は引き金を引いた。
弾丸が一発、銃口から飛び出し、ゲリラのリーダーの頭のすぐ右側に着弾した。
「うわぁあああ、やめろ!! 撃つな!!」
「死にたくなかったら、手下たちに命令しなさい!! 次は右に10cmずらして撃つわよ!!」
「分かった! おい、全員、武器を捨てろ!!」
彼がそう叫ぶと、我に返ったゲリラたちが、慌てて足元に銃を捨てた。
「よし」
それを確認してから、恵茉は続けて命令した。
「皆の縄を切りなさい!!」
ツアー客たちのそばにいたゲリラたちは、驚きながらもナイフや鉈を手に取り、ツアー客やガイドのソム・チャイ、そしてマイクロバスの運転手の手を縛っていた縄を切っていく。
「ソム・チャイ!!」
「ヘッ?! ア、アナタハ、エマサン?!」
名前を呼ばれた彼は、ピックアップトラックを運転しているのが姫野恵茉だと気づき、喜んで日本語で叫んだ。
「皆をマイクロバスに乗せて脱出させて! あと、あなたは残って私のところに来て!!」
「分かりました!!」
現地語で恵茉が指示を出すと、彼は大きく頷き、すぐに行動に移した。
急がなければならない。
時間をかければ、ゲリラたちがリーダーを救出するために動き始めるだろう。
スナイパーがいれば、遠距離から恵茉を狙撃したり、マイクロバスで逃げられないようにタイヤをパンクさせたり、エンジンを破壊したりするかもしれない。
ソム・チャイは運転手とツアー客たちを連れてマイクロバスに乗り込ませると、自分は恵茉のもとへ小走りで戻ってきた。
頼りない男だが、律儀なのは間違いない。そうでなければ、自分もマイクロバスに乗って、そのまま遺跡から脱出していただろう。
そうなれば、一人取り残された恵茉には、ゲリラたちになぶり殺しにされる以外の道がなくなる。
「ありがとう、お嬢さん!!」
運転手が大きな声でそう言うと、マイクロバスが走り出した。
ほかのツアー客たちも、恵茉に向かって頭を下げたり、手を振ったりしている。
中には両手を合わせて拝んでいる者もいたが、縁起が悪いからやめてほしいと彼女は思った。
「エマさん?」
「ちょっとゴメン、これ持って」
そう言うと、恵茉は銃口をゲリラのリーダーに向けたまま運転席から降りた。
そして、代わりにソム・チャイにAK47を持たせ、運転席に座らせた。
「えっ、私が?」
「大丈夫だから。あと、その熊が動いたら、頭と心臓以外を撃つのよ。いい? 絶対に殺したら駄目よ。人質にならなくなるから」
それを聞いて、ゲリラのリーダーの顔が真っ青になる。
「わ、分かりました。で? あれ? エマさんはどこに行くんですか?」
驚いている彼を無視して、恵茉はピックアップトラックの荷台に乗ると、車体と遺跡に挟まれているゲリラのリーダーに近づこうとした。
そのとき、荷台にナイフが一本落ちていることに気づいた。
先ほどまで荷台に乗っていたゲリラたちの持ち物だろう。
ちょうどいいとばかりにそれを拾うと、ゲリラのリーダーの髪の毛をガシッと掴み、顔を強引に自分の方へ向かせた。そして、ナイフの先端をその鼻先に突きつける。
「一度しか聞かないわ。トイレはどこ?」
「な、何だと?」
「ト・イ・レはどこ?」
二度聞いた。
鬼のような形相の恵茉を見て、ゲリラのリーダーは恐怖でガタガタと震え始めた。
そして、目線で遺跡の本堂の隣に建っている粗末な小屋を示した。
遺跡前の広場に到着したとき、トイレは遺跡の外にしかないと聞いていた。しかし、ゲリラたちが自分たち用に新たに作っていたようだ。
「あれね?」
リーダーはウンウンと何度も頷いた。
「ありがとう」
恵茉はそう礼を言うと、ピックアップトラックの荷台から飛び降り、そのトイレに駆け込んでいった。
異様な静寂が遺跡を支配した。
誰もが息を呑み、ゲリラたちもお互いの顔を見合わせるだけで戸惑っていた。
ジャングルでは鳥がけたたましく鳴き、バサバサと羽音を立てて飛び去っていった。
このとき、一番混乱していたのはソム・チャイだったかもしれない。
死んだかもしれないと思っていた姫野恵茉が突然乱入してきたかと思ったら、ゲリラのリーダーを脅し、自分はトイレに行ってしまったのだ。
「エマさぁ~ん、これからどうするんですかぁ~?」
すると、トイレのドアがバンッと開き、そこから、まるで妖精か天使のような笑顔の彼女が出てきた。
頬を赤らめながら両手を広げて、
「あ~、ライフ・イズ・ビューティフル」
と言う。
人生最大の危機(現段階における)を脱した恵茉が、ハッとなった。
それは、まさに正気に戻ったというべきだろう。
そして、冷静に周囲を見回すと、武装した数十人のゲリラたちが彼女を睨みつけている。
さらに、ピックアップトラックと遺跡の壁に挟まれたゲリラのリーダーと、彼に銃を突きつけながら泣きそうな顔で恵茉を見つめているソム・チャイの姿が目に入った。
そのとき、恵茉の頭の中に猪頭曹長の声が聞こえてきた。
『いいか、やられたらやり返せ。相手が逃げても地の果てまで追いかけて、キンタマを蹴り上げてやるんだ』
あ~、何で今この言葉を思い出すかなぁ~。
現在の状況から判断するに、地の果てまで追いかけられて股を蹴り上げられるのは、彼女の方なのだ。
恵茉は、まるで基本教練をする新隊員のようにぎこちない動きでピックアップトラックへと近づいていった。
そして、ソム・チャイを助手席に移動させると、運転席に乗り込んだ。
「エマさぁ~ん」
「大丈夫、何とかなる」
何とかならなかったら、間違いなく命はない。
恵茉は助手席のソム・チャイ越しに、車体と壁に挟まれているゲリラのリーダーに笑顔で挨拶をした。
「えっと、それでは私たちもこれで失礼します。色々ありましたが、お互いさまということで水に流しましょう」
そう言うと、スターターキーに手を伸ばした。
エンジンは、ピックアップトラックをドリフトさせてこの位置に停めたときに切れていた。
キーを捻ると、エンジンが一発でかかった。
「さすがは世界のトヨタ」
かなり古い車両で、おそらく自分よりも確実に年上のはずだが、祖国が世界に誇る自動車メーカーが製造した車両は快調そのものだ。
ギアを2速に入れると、クラッチを緩めながらゆっくりとアクセルを踏み込む。
この状態でエンストなどしたら、どうなるか分からない。
「それじゃあ、お邪魔しました」
ハンドルを左に切り、ゆっくりとゲリラのリーダーから離れた。
すると、やっと解放された彼が、
「撃ち殺せぇえええええ!!」
と、遺跡中に響き渡るような声で怒鳴った。
それと同時に、恵茉も、
「大人げないわよ、あんた!!」
と叫びながらアクセルを踏み込んだ。
ピックアップトラックが後輪で土を巻き上げながら急発進する。
その助手席では、ソム・チャイが、
「こ、こんな仕事、聞いてないですよ!! ギャラアップ、絶対ギャラアップしてもらいますからね!!」
などと、頭を抱えて叫んでいる。
後ろから次々と銃声が聞こえてきた。
その数はどんどん増えていった。
恵茉はアクセルをベタ踏みしたまま遺跡から飛び出し、そのままジャングルの道へとハンドルを切る。
後ろの荷台に次々と銃弾が命中し、甲高い音を立てた。
後ろを確認するためにサイドミラーに目を向けると、そこに銃弾が直撃し、吹き飛んでしまった。
「さあ、逃げるわよ!!」
「死ぬ、絶対に死ぬ! エマさんのせいだ!!」
「死ぬ死ぬうるさい! 絶対に生きて帰るんだから!!」




