第94話 光の都市
当たり一面、光に包まれていた。
桃矢は周囲の光景に、しばらく呆然としていた。
たどり着く先は、暗くて冷たい地の底だろうと思っていた。
だが、目の前に広がっていたのは、想像を絶するものだった。柔らかな光の中に独特の形をした建物が建ち並ぶ都市。街ではない。まさに都市と言うべき威容だった。
それが、桃矢の目の前に広がっていた。
上の方を見ても太陽らしきものは見あたらない。上空は青白い光に満ちていて、天井が光っているのか、空自体が光っているのか、見当もつかない。
建物は丸みを帯びたドアやまど、丸みを帯びたもの、塔の様なものなど様々だった。
建物自体も淡い光を放っており、その光の色も白、水色、黄色、ピンクなど建物ごとに異なっていて、それがこの幻想的な光景に拍車をかけていた。
「うわ……」
桃矢の口から、間の抜けた声が漏れた。
「きれい……」
隣で半身を起こした麗華も周りの光景に見とれていた。
2人がいる場所は広場の様な所で、所々に細い管が何本も立っていて、その先から白い湯気がゆらゆらと静かに立ちのぼっている。
広場からは街路が四方八方に区画整理されたかのように整然と伸びていた。
エボンヌの街も暗くなると壁が光って美しかった。だが、ここは美しいという言葉では足りなかった。昔読んだSF小説に出てくる未来都市はきっとこんな感じだったんだろうなと、場違いにも桃矢の頭をよぎっていた。
ここはどこだ。本当に地の底なのか。
気を取り直して、改めて周囲を注意深く観察した。
建物はどれも高く、何層にも積み重なっていた。
大木の建物は橋のようなものでつながっている。その橋の上を移動する黒いものも見えた。
広場の中央には、円形の泉があり、中央から水柱が立っていた。その水柱は不思議な動きをしていた。水が螺旋状にゆっくりと上に上がっていき、頂上で弾けて泉の水面へと降り注ぐ。その繰り返し。水がらせん状に上昇するための水路があるわけでは無い。水そのものが、何かの力でらせん状にくみ上げられているかのような動きだった。
桃矢は床についていた手の感触に違和感を覚えた。
石畳の様に見える床が暖かいのだ。しかも弾力がある。見た目は硬くて冷たい石畳だ。だが指で押すと、堅めのクッションの様に少しし沈んで、じんわりと気持ちの良い温もりを返してくる。
「石、なのに……あったかい」
こんなもの、地球にもエボンヌの街にもなかった。
麗華もそっと床を撫でて目を丸くしていた。
「ほんとに……石じゃ、ないみたい」
「ねぇ、桃矢くん。あれ……」
麗華が指さした先には、ポヨンヌの様な体つきをした生き物がいた。
体は真っ黒で耳も少し尖っていて大きい。
そんな黒い個体が所々を歩いていた。
少し離れた広場の隅で、桃矢は奇妙な光景を見た。
2体の黒い個体が向かい合う形で立っていた。2体の間の少し上の空間に、黄色い光の線が走り、図形のような、もしかしたら文字かもしれないものが現れた。すると、直ぐ近くに緑色の光の線が走り、また図形のようなものを形作った。
黄色い光の図形が消え、新たな図形が描かれる。緑の光の図形が消えて、新たな図形が描かれる。それが繰り返されていた。
桃矢は、呆然とそれを見つめていた。
「……あれは何だ……」
まるで議論でもしているかのように、2体の個体の間で延々と描かれ続ける光の模様。
レーザーポインターの様な器具を使っているわけでは無い。ただ、2体は無言で空中を見つめているだけだ。
もしかしたら、思考で空中に図形のようなものを描いているのかもしれない。
とんでもないところへ来てしまった。そんな思いが桃矢の中を駆け巡っていた。
「ねえ、桃矢くん。気づいた?」
「え?」
「誰もしゃべってない」
言われて、桃矢も気がついた。見えるだけでも何十体もの黒い存在がいるのに、あたりは、しんと静まりかえっていた。物音は、湯気の立つかすかな音くらいだ。
誰の声も、聞こえない。
行き交う者たちは時おり足を止め、向かい合うと、先ほどの2体と同じように空中に光をきらめかせていた。
声を使わずに言葉を交わす。
そんなことが、あるのだろうか。
ただ向かい合う者たちを見ていると、そうとしか思えないのだ。
ただ静けさだけが、都市を満たしていた。
それだけではなかった。
行き交う者たちは、すれ違うたびにそっと道を譲り合っている。誰かを押しのける者も、先を急いで割り込む者もいない。
桃矢にはそれがなんだか不思議でならなかった。
これだけの者がいて、どうしてこんなに穏やかなんだろう。
2人が、周りを見回してして立ち尽くしていた時、いちばん近くにいた個体が2人の方を向いた。
その目が桃矢と麗華を捉えた、次の瞬間。
《見て》《見たことのない者がいる》《何だあれは》
驚きの声が、いっせいに、桃矢の頭に流れ込んできた。
あちこちで足を止めた者たちが、こちらを振り返る。
1人、また1人。沢山の黒い姿をしたものたちが2人の方に近づいてきた。
あっという間に、桃矢と麗華は数え切れないほど多くの黒い個体に囲まれていた。
桃矢は間近に迫ったその姿を見て、改めて似てる、と思った。
ポヨンヌに似ているのだ。近くで見ると、その類似性がよく分かる。
頭と胴が一つになったような、四角ばったずんぐりした体つき。
短い手足。菱語り目と細長い鼻の穴。ハート型の口。
それらは、ルウたちポヨンヌの見た目と似ていた。
だが、似ているのはそこまでだった。
体の色は真っ黒だ。しかもどの個体も同じように黒い。ポヨンヌの様に個体ごとに体色が異なることは無い。
体毛は無く、ツルツルとした深い漆黒の体。その体の所々には、星のような光の粒と淡い紫の模様が浮かんでいる。
ポヨンヌの短い三角の耳は、この者たちは、長く、尖っていた。
手も違った。短い手の先には、エボンヌのように細い指が生えていたのだ。
そして、最大の違い。
ポヨンヌ胸からお腹にかけて広がるハラシロ。感情を反映して暖かく光るあのハラシロ。
それが、この者たちにはなかった。
麗華が桃矢の腕を掴んだ。彼らの見た目はまさに悪魔のようだった。
周りを囲まれ、2人に緊張が走った。
だが。
《うわあ、近くで見ると、へんな色!》《やわらかそう》《この、頭の上のものは何?》
《ねえ、どこから来たの?》《名前はある?》《体を被っているものは何?》
桃矢たちの頭の中は、無邪気な思考であふれ返った。
珍しいものを見つけた子どもみたいに、質問が止まらない。
桃矢たち肩から力が抜けた。
なんだ。この者たちは。ただ、俺たちのことが、珍しくてしかたないんだ。
見た目は怖いが、中身は無邪気な好奇心の塊だった。
「こんにちは」
桃矢は、思い切って声をかけてみた。
その、たった一言に、喜びの感情がどっと桃矢の胸に流れ込んできた。
質問はその後も止まらなかった。
桃矢と麗華は、たじたじになりながらも笑ってしまった。
この歓迎の仕方は、なんだか、村の子どもたちに囲まれたときとそっくりだった。
しばらくして、わいわいと集まった者たちを、後ろからかき分けるようにして、1つの個体が前へ進み出てきた。
ほかの者たちよりも少し小柄だった。
だが、その心は誰よりも強く、真っ直ぐに桃矢と麗華へと向けられていた。
ほかの者が放つ無邪気な好奇心とは違った。
その小柄な者は、桃矢の前に立った。
《私はリド。あなたたちに聞きたいことが沢山ある》
《あなたたちは地上から来たのか?》
「俺は星野桃矢。こちらは川嶋麗華」
「俺たちは、地上から来た。……正確には、この星からずっと離れた、遠い星から来たんだ」
《ずっと遠い、星》
リドの思考が震えるのが伝わってきた。その震えは周りの者たちにも広がっていく。
《星の外から!》《ああ、聞きたいことが、また増えた》
「1つ聞いてもいいですか。リド、あなたたちは地上のポヨンヌと似ている。でも違う。あなたたちは誰ですか」
《私たちはノイラ。遙か昔からここで暮らしている》
《私は歴史を学んでいる。私たちがどこから来たのか。どのように進化してきたか。地上には私たちと違う考えの者がいるのか》
《ずっと議論してきた。そのヒントとなる存在、あなたたちが今、私の前にいる》
リドの思考には、他の者たちと違って、真剣な響きがが宿っていた。
桃矢はリドの直向きさに好感をもった。難問に挑むときの自分を見ているようだった。
桃矢は思わず、笑ってしまった。麗華も隣で笑っていた。
その時、リドがそっと手をかざした。
すると2人の目の前に、光が走り、椅子の様な形になったかと思うと、白い椅子となった。空中に作られた椅子は、ふわりと2人の目の前に降りた。
座れ、ということらしい。桃矢と麗華は、顔を見合わせ、恐る恐る腰を下ろした。
白いプラスチックの様な見た目に反して、クッションの様に柔らかかった。しかも、ほんのりと暖かい。
地上から来た2人を、精いっぱいもてなそうとしているのだ。
このもてなしに、桃矢は、ノイラの本質を見た気がした。ああ、この人たちは、きっとやさしいんだ。
桃矢たちの周りにいた沢山のノイラが少しずつそれぞれの向かう場所へと移動し始めた。
周りの光が、少しずつ弱まりはじめていた。
一日の終わり。
この都市は夜を迎えようとしていた。
やがて、リド以外のノイラはいなくなった。




