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いつもの市バスは、異世界行き  作者: チーム エボンヌ
第三章 対立編

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第91話 星を管理する者

 あの男が転送装置に近づいていく。

 私はそれを見ている。いや、見ているという言葉は正しくない。私はこの星の全てを同時に把握している。雲の動き、川の流れ、地表の生きものたち、その全てが私のなかにある。

 だが今、私の意識のほとんどは、たった1人の男に注がれていた。

 武田。

 異星から連れて来た、私の手駒だ。


 私はこの星を管理する者として、遥か昔からこの星を見守ってきた。

 太陽のエネルギーが私の糧だ。太陽の輝きがある限り、数百年も数千年も、私にとっては瞬きほどの違いでしかなかった。

 私の務めはただ1つ、この星を正しく静かに保つことだ。地表の生物の進化をそっと見守る。それが私の役目だ。


 だから、あれは消さねばならない。

 地の底のあの者たち。それは、私が犯したたった1つの過ちの、成れの果てだった。

 随分と昔のことだ。この星に生まれた者たちは、かつて、争ってばかりいた。奪い合い、憎み合い、傷つけ合う。

 せっかくの美しい星が、あの者たちの流す血で、来る日も来る日も汚されていく。

 私はそれを、ただ見せられ続けた。

 私は争いが嫌いなわけでは無い。ただ、耐え難かったのだ。私の管理する星が汚され続けられていることが。

 だからある時、私は思ってしまった。あの生き物の心から、争いの概念を抜き取ってしまえば、この星は完全になるのではないか。


 だが、それは、規則違反だった。自らが管理する星に生まれた生き物に干渉してはならない。生物の進化への不干渉。それは、私に課された何よりも重い大原則だ。

 だが当時の私は、その一線を踏み越えた。

 全ての生き物から争いの概念を抜き取ることは、管理者にとってさえ、途方もないエネルギーを要する作業だった。

 星のすべての生き物から抜き終えたとき、私のエネルギーは、ほとんど涸れ果てていた。

 そして、そこで初めて気づいたのだ。抜き取った負のエネルギーを消滅させるだけのエネルギーが、もう残っていないことに。

 負のエネルギーを放置すれば、地表のものを蝕んでしまう。

 私はやむなく、それを地の底の奥深くへと封じ込め、私は私の代わりに気象等をコントロールする分身を造り、エネルギーを充填するために眠りについた。


 私が眠りについている間に、負のエネルギーはやがて自我を持ち、少しずつ進化し始めた。やがて、元の体を参考にした肉体を造り、増殖し、独自の文明を築き上げていった。

 私が目覚めたときには、既に手遅れだった。あの者たちは出自の関係か、思考が発達し、思考であらゆるものを作り出していた。私があの者たちと正面からぶつかれば大きなエネルギーの揺らぎが発生する。そうなれば管理機構のものに気づかれてしまう。


 もし機構が、あの者たちの存在か存在する理由を知れば、私がかつて大原則を破ったことに気がつくだろう。そうなれば、私は終わりだ。

 それだけは、断じてあってはならない。ゆえに、証拠は消さねばならないのだ。

 あの者たちが消え失せれば、私の過ちが発覚することはない。


 最初は、この星のものを使って始末をつけようとした。

 つまり、再び私は、原則を破った。過去の原則破りと比べれば、今回の原則破りは些細な事だった。

 この星の現住生物の一部を密かに造り変えたのだ。闘う生物兵器として、地の底のあの者たちを討ち滅ぼさせるために。

 だが、それは失敗に終わった。どれほど造り変えてみても、その根にある穏やかさだけは、どうしても変わらなかった。考えてみれば、当然の帰結だった。

 いまさら争いの心を入れようとしても、それを受け入れる器ではなくなっていた。

 彼らはついに戦士とはならず、ただやさしいまま、私の手を離れていった。

 私が築いた戦いのための拠点は、1度も使われることのないまま朽ちて、今では大陸の各地に廃墟として残されている。


 この星の生まれた者では、解決する手立てはない。

 そう悟ったとき、私は考えを改めた。ならば、別の星から連れてくればよい。

 大原則は、この星に生まれた者にしか及ばない。別の星から連れて来た者になら、私はいくらでも手を下すことができる。

 そこで、私は遠い星から乗り物ごと、いくつもの生命体をこの星に転移させた。

 そのなかに、この男がいた。

 武田。

 虚栄心を胸に抱え、力に飢えた、実に操り易い男だった。

 私はこの男の耳もとで囁いてやった。おまえは特別だ。おまえに力を与えよう。

 甘い言葉は、この男の心に、面白いほど容易く染み込んでいく。この男は、私をすっかり信じ切った。

 自分が何のために選ばれ、何をさせられようとしているかなど、知ら無いまま。


 《よくやった。あと少しだ》

 私は男の頭の中へ、労うようにそっと声を送り届ける。

 褒美の1つも与えておけば、駒はよく働く。

 あとは、この駒を送り込むだけでいい。そのためだけに遺されたリングで。

 あの男が、地の底に立つ。ただ、それだけでいいのだ。

 あの静かな都は、全ての思考が消えていく。私が犯した過ちの証拠は、跡形もなく消える。そうして私は、何の不安も抱えることなく、管理者としての業務に専念できる。


 ときおり、私を不安にさせる意識の流れを感じる。

 管理機構の者が、あの異星の者たちと接触しているのを私は感じ取っていた。

 あの者は、いったい何を企んでいるのか。なぜ、あの異星の者たちに接触するのか。

 だが、私はすぐに不安を打ち消す。もしあの者が、私の過ちにすでに気づいているのなら、とうの昔に、私は消されているはずではないか。処分は、瞬時に終わる。

 だが、私は今もこうしてここにいる。この星を管理し続けている。

 ならば、導かれる答えはただ一つだ。

 あの者は、何も知らない。

 あの異星の者たちに、あの者が接触している理由はどうでもいいことだ。私には関係ない。


 リングの光が脈打つように明るさを増していく。いよいよだ。

 武田がその手前で足を止めた。ためらっているのか。愚かな男だ。

 あと1歩だ。あと1歩踏み出せば、長く長く続いた私の過ちの証拠は、全て無くなるのだ。

 私は冷たく、手駒に語りかけた。

「進め。そうすれば地球に帰る方法を教えよう」

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