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いつもの市バスは、異世界行き  作者: チーム エボンヌ
第三章 対立編

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第87話 2人で背負う

 ポヨンヌの村の朝は静かだった。

 アカが先に東の丘から昇り、村をやわらかく照らしていた。村のあちこちで、ポヨンヌたちがのんびりと動きはじめ出していた。

 一夜を過ごした家から出ると、みんなも起きだしていた。その顔は桃矢同様、寝不足のようだった。桃矢はみんなに声をかけ、ポヨンヌ達の広場に向かった。

 広場には既に沢山のポヨンヌたちがいて、各食事を取っていた。ルウが近づいてきて、籠に盛られている木の実の方を指した。

 正直、食欲はない。でも、桃矢はルウにうなずくと、みんなにも声をかけ、木の実を取りに行った。


 食事をして落ち着いたところで、桃矢は麗華に目で合図した。麗華はうなずくとみんなに集まるよう呼びかけた。

「川原さん、拠点を護ってくれてありがとうございました。今から、私たちが今回の旅で経験したことを話します」

 麗華は、エボンヌの街のこと、エボンヌのトアの協力で気球に乗って武田たちを追いかけたこと、あの1つだけ違う記号の遺跡に入ったこと、武田たちとの遭遇、そして、朽名と石原の死、2つの声のこと、自分ちがこの惑星に連れてこられた理由について順を追って話した。

「最後に、もう1つ、とても重たい話をします」そう言って、麗華はみんなを見回した。

「この惑星を管理している存在が、この惑星の獣の肉にウイルスを仕込み、その肉を食べた武田さんたちはそのウイルスに感染してしまった。それは、ここにいる3人、斉藤さん、太田さん、鈴木さんもです」

 川原さんは驚いた顔をして3人の方を見た。3人は不安で眠れなかったのか、やつれた顔をしていた。

「これからやらなければならないことは多いけど、最優先は、3人の治療法を探すこと。私たちを助けてくれてる声によると、答えはこの星にあるらしい。でも、今はそれがどこにあるか分からない」

 川原さんは立ち上がると、3人の元に歩み寄り声をかけた。

「心配しなくてもいのよ。ここには、私と大沢君がいるから。きっと治療法を見つけてあげる」

 その声に3人は小さくうなずきながら嗚咽を漏らしていた。


 早速、川原さんは斉藤たち3人の様子を診てまわった。

「熱はないわね。……うん、今のところは、変わりない」。

 脈をとり、顔色を確かめ、笑顔で頷く。

 3人は少しほっとした顔をしていた。医療関係者が気にかけてくれている。それだけで、抱えた不安がいくらか和らぐようだった。


 簡単な診察のあと、3人はみんなと一緒に村の仕事を手伝いはじめた。

 最初は、みんなとどう接していいか分からずぎこちなかった。それでも、木の実を取ったり、一緒に籠に入れて運んだりしているうちに、他愛ない会話が交わされるようになっていた。


 2つの太陽が西の空で寄り添うように傾きはじめた頃、桃矢は朽名の眠る丘にいた。

 小さな石の墓標が、ダブりの光を浴びて静かに佇んでいる。桃矢はその前にしゃがみ、しばらく黙っていた。守れなかった。その悔いは、消えない。あのとき、力ずくででも石原を止めていれば。何度も繰り返した問いが、また、こみ上げてくる。

「ここにいたんだ」

 振り返ると、麗華が丘を登ってくるところだった。

「川嶋さん」

「探したよ」と麗華は言って、桃矢の隣にそっと腰を下ろした。

「1人で抜け出すんだもの。どうせまた、1人で考えこんでいたんでしょう」

 図星だった。桃矢は小さく笑ってうつむいた。

「……分かりますか」

「分かるよ。これまで桃矢くんのこと、ずっと見てきたから。」

 2人はしばらくの間、朽名の墓標を見ていた。


 やがて、桃矢が口を開いた。

「川嶋さん。俺、ずっと考えてるんです。あのとき、どうすればよかったのか。石原倒すつもりで止めていれば。……朽名さんは、死なずにすんだのかもしれない」

 麗華は桃矢の横顔を黙って見ていた。

「やさしさだけではダメなのかも知れないと思うんです」と桃矢は続けた。

「守りたいだけじゃ、守れない。力がなきゃ、大事なものは、守れない。俺のやり方は、ただのきれいごとなのかもしれない」

 そこで言葉が途切れた。

 桃矢は下を向いたまま押し黙った。

「そんなこと、ない」

 麗華の声は静かだったが、強い意志が籠もっていた。

 桃矢は顔を上げた。

「桃矢くんのやさしさは、きれいごとなんかじゃない」

 麗華はまっすぐに桃矢を見つめて言った。

「思い出して。分裂したとき、わたしは、みんなを連れて武田くんと決別した。でも、あの後、沢山の年配の人がいる中で、私のような若輩者がリーダーでいいのか。何度も迷った。そのたびに支えてくれたのは、桃矢くんだよ」

 麗華の目に、これまでの日々が映っているようだった。

「桃矢君はいつも、さり気なくみんなを見ていてくれた。増水の時もそう。大葉さんが遭難した時も。桃矢くんは、いつも、誰も見捨てなかった。弱い人を、困っている人をいつも守ろうとしていた。それは、損得じゃ無くて、やさしさがあるから出来る事だと私は思う」

「わたしね」麗華は、少し声を落とした。

「昔は、武田くんみたいな人がリーダーの見本なんだって思ってた。強くて、みんなを引っ張って、迷わない人が」

「でも、違った。本当リーダーは、桃矢くん、あなたのほうだった」

 桃矢は驚いた顔をして麗華を見ていた。

「力で人を従わせるのは、簡単なのかもしれない。でも、桃矢くんは、誰も強制すること無く、ここまでみんなを連れてきた。武田くんにできなかったことを、あなたはしてきたの」

「それは、弱さじゃない。私の中では世界で1番だよ」

 夕の光の中で、麗華の頬がほんのりと赤らんでいた。

 桃矢は、麗華の言葉心が熱くなった。

 でも、今は「……ありがとう、ございます」と掠れた声で言うのが、精いっぱいだった。

 麗華はニコッとすると、体を桃矢の方に向け、しっかりと目を見た。

「だからね、桃矢くん。これからは1人で背負わないで。私もいる」

「これから、もっと大変なことばかりだと思う。武田くんを止めなきゃいけない。地の底の人たちも、守らなきゃいけない。斉藤さんたちの体のこと。どれも、桃矢くん1人じゃ、抱えきれない」

 麗華は、桃矢に手を差し出した。

「わたしも一緒に背負う。ううん、2人で背負うの。わたしと桃矢くんで。これまでみたいに、わたしが引っ張って、桃矢くんが支えるんじゃなくて。2人で並んで、みんなを守るの。……だめ、かな?」

 桃矢は、差し出された手と麗華の顔を交互に見た。

 差し出された手が、アカの光の中で、少し緊張しているように震えていた。

 胸の鼓動が激しさを増していた。この人が隣にいてくれる。2人でみんなを守ろうと言ってくれている。そう思うと、あれほど重かった気持ちが、ふっと軽くなる気がした。

「はい」と桃矢は、その手をしっかりと握り返した。

「川嶋さんが、隣にいてくれるなら。俺、もっと、もっと頑張れます。2人でみんなを守りましょう」

 麗華の顔がぱっと明るくなった。握った手に力がこもる。

 アカが丘の上の2人を、また朽名の墓標を柔らかな光で照らしていた。まるで朽名もそばで微笑んでいるかのように。

 握り返された手のぬくもりに、麗華の胸も高鳴っていた。


 いつからだろう、と麗華は思う。この人の隣にいると、こんなにも心が満たされるのは。分裂したあの日から、ずっと支えられてきた。

 困難を迎えるたびに、いつの間にか桃矢の背中を目で追っていた。

 強さとは何か、やさしさとは何かを、この人が教えてくれた。

 賞賛や信頼。最初は、そういう感情だった。

 けれど、今は違った。

 握った手から伝わる熱に、胸がこんなにも騒ぐのはなぜ。桃矢が、落ち込んでいると、自分のことのように苦しくなるのはなぜ。

 それは、もう、分かりきった事だった。

 この人の事が好きなんだ。麗華は、今、はっきりと確信した。

 桃矢という、この、どこまでもやさしい人が、好きなんだ。


 自覚すると、頬がじわりと熱くなった。けれど、麗華は自分の気持ちを口にはしなかった。

 今は、その時ではない。

 抱えた重荷を、2人で背負っていこうと決めた。まだ、これから2人は沢山の困難に立ち向かっていかなければならない。

 この想いは、今は、胸の奥にしまっておく。いつか、すべてが終わったら。その時に。

 麗華は、密かに心を決めた。


 2人が丘から戻ってくると、みんなは村の広場にいた。

 桃矢と麗華は並んで、明日からのことを話しはじめた。

 先ず、エボンヌの街へ行って、毒に詳しい者を探すこと。

 武田たちが向かった先へ、自分たちも行くこと。

 2人は代わる代わる、説明していった。2人は交代で話すものの、1つの方針としてブレること無く、かつ互いにフォローしながら語る姿を、みんなは静かに聞いていた。

「……なんか」と山田さんがぽつりと言った。

「2人はすっかり、正副リーダーって感じだな」

「正副じゃねえだろ」と山崎がにやりと笑った。

「2人とも、リーダーだよ。なあ、いつのまにか、俺たち、モモのグループになってたんだな」

 誰かが笑った。張りつめていた空気が少しだけ緩む。

 モモのグループ。

 その響きは不思議としっくりときた。いつのまにか、みんなの中で桃矢は、麗華と並ぶもう1人の頼れる存在となっていた。


 陽翔だけは、黙って炎を見つめていた。みんなの緊張がほぐれ、和やかな雰囲気に包まれる中、独りだけ浮いていた。遠くを見つめるかのようなその横顔は、まだ強ばっていた。桃矢はその事に気がついていた。いつか必ず、陽翔の秘めた決意と向き合わねばならない。でも、今はまだ、そっとしておくことにした。


 麗華が、隣の桃矢を見た。桃矢も麗華を見る。目が合って、どちらからともなく、小さく頷いた。

 言葉は要らなかった。

 2人で背負っていく。

 もう、1人ではない。

 桃矢はもう悩まなかった。麗華と共に、どんな困難でも立ち向かってみせる、そんな決意を密かにしていた。

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