第82話 大広間での邂逅
道の勾配も無くなり、平坦になってきた。
やがて道が終わり広い空間にでた。灯火具を高く掲げても、天井や奥の壁には光が届かない。桃矢たちが足を踏み入れた先は、これまでのどの広間よりも、はるかに大きな空間だった。
足元は平ら地面が拡がっており、床には太い柱が等間隔で立ち並んでいた。柱はれ大人が何人も腕をまわしてやっと届くほどの太さ。その表面には、これまで見たことがない模様がびっしりと彫り込まれていた。
この部屋が何の為にあるのか分からない。ただ、何本もの柱があるだけの広い空間だった。
「桃矢くん」と麗華がささやいた。「あの音……近いわ」
石を踏む、何人もの足音。壁の反響ではない。すぐそこから響いてくる。
どうやらこの広間へと続く別の通路があるようだった。
桃矢は灯りを音が聞こえる方へと向けた。
暗闇の奥から、いくつもの影が現れた。
武田たちだった。
正面の道を進んできた一団が、広間の中ほどで、桃矢たちと真正面から向き合う形になった。
避けたかった鉢合わせだった。
桃矢の体がこわばった。
石原と田崎が、桃矢たちに気づいて足を止めた。荒んだ目が、ぎらりと光っていた。
「……また、こいつらか」と石原が低くうなった。声に、隠しようのない敵意がにじんでいる。「しつこいな。どこまで、ついてくる気だ」
山崎がとっさに皆をかばおうと桃矢の隣に立った。灯火具を握る手に力がこもる。
武田たちの列の後ろのほうには、女子高生達のうつむいた顔があった。桃矢たちと目を合わせようとしない。
全員が石原のように、心まで荒みきったわけではない。武田に従うまま、ここまで来てしまっただけの者もいた。
まだ間に合う。桃矢は、そう思いたかった。
列の中ほどから、武田がゆっくりと進み出てきた。
「なぜ、ここにいる」平坦な声だった。
「別の道から入ってきたのか。やはり、邪魔をしに来たわけだ」
「違う」と桃矢はまっすぐに武田を見た。
「邪魔をするためじゃない。武田。俺たちは、確かめてきた。あんたを導いてる声が何を隠してるのか。だから、もう一度だ、聞いてほしい」
武田の眉がわずかに動いた。
桃矢は続けた。
「この遺跡は、俺たちが思ってたような、大昔の尊い者たちの遺物なんかじゃない。ここを築いたのは、あんたを導いてる、あの声だ。壁の絵の通り、ポヨンヌから争う心が抜き取られたのは、本当にあったことだ。でも、それをやったのは、尊い『光を放つ者たち』なんかじゃない。あの声が、やったんだ。あの声は、自分のしたことを隠すため、何万年も昔の尊い者たちの物語に仕立て上げた」
武田は黙って聞いていた。
「それだけじゃない」と桃矢は続けた。「この先にいる、あんたが討とうとしてる相手。あれは恐ろしいけだものじゃない。地の底で静かに暮らしてるだけの、無害な者たちだ。地上には、出てくることもできない。なのに、あの声はそれを滅ぼそうとしてる。自分の大昔の過ちを隠すために」
張りつめていた広間の空気が少し和らいだ気がした。
うつむいていた何人かが、そっと顔を上げて桃矢のほうを見た。その目には、迷いとすがるような色があった。
心の底では、今の状況を恐れている。桃矢にはそう見えた。
届いている。少なくとも、あの後ろの者たちには。
その手応えが、桃矢に、もう一歩踏み込ませた。
「そして、いちばん聞いてほしいのは、これだ」と桃矢は声を落とした。
「武田。あんたはあの声に利用されてるだけだ。あの声が自分の過ちを消すための手駒にしたいだけなんだ」
「黙れ」と武田が強い声で遮った。
「適当な事を言うな。お前のいつものやり方だ。適当な言葉で、人の心を惑わす」
「全て本当の事だ」
山崎は武田の目を真っ直ぐ見据えていた。
「武田。俺は嘘は言わん。それはお前がいちばん知ってるだろ。桃矢の言ってることは本当だ。俺もこの耳で聞いた。お前はあの声にいいように使われてるんだよ」
武田は山崎を見た。旧友のまっすぐな目。その視線に武田の表情が、ほんの一瞬、崩れかけた。
「……山崎」
武田の口が小さく動いた。
「武田くん」
麗華も呼びかけた。
「戻ってきて。あなた、こんなことをする人じゃない。わたしは、それを知ってる」
武田の視線が麗華に注がれた。
同学年で、たがいの力を認め合っていた頃の遠い記憶。その目には迷いが見えた。
あと、ほんの少しだ。桃矢には、そう思えた。あと少しで、武田の中の凍りついた何かが、溶けだしそうだった。
その時だった。
《惑わされるな》
声は、武田の心を引き戻そうとしていた。
《この者たちは、お前からすべてを奪う。力も、誇りも、帰る道も。やさしさという名の、甘い毒で。お前は、選ばれた者だ。為すべきことを、為せ。ここで退けば、お前は、ただ、何者でもない者に戻るだけだ》
武田の顔付きがまた平坦なものに戻った。
「為すべきこを」
武田が口走った。
「武田!」と山崎が叫んだ。「そいつの声を、聞くな! そいつが、お前を、こんなふうにしたんだ!」
だが、武田はもう山崎を見ていなかった。
目を閉じたまま、声を聞いていた。
あと少しだったのに。あの声が、また武田、闇へ引きずり戻していく。
桃矢は唇を噛んだ。言葉ではあの声の力には勝てない。ならば、どうすればいい。
答えを探すより先に、事態が動いた。
「武田さん」と石原がしびれを切らしたように声を張った。
「こんな連中の話、聞くだけ無駄だ。嘘に決まってる」
石原は荒んだ目で桃矢をにらんだ。
「やっぱり、あのときに始末しておけばよかったんだ」
石原は、腰から刀のようなものを抜き出した。この星で削り出した、粗い刃。
それを握る手に、力がこもっていく。
田崎も、それに倣うように身構えた。
2人の体からは、抑えようのない敵意が伝わってきた。
「待て、石原」と山崎の鋭い声が飛んだ。
両手をゆっくりと挙げて見せる。武器も、敵意もないと。
「俺たちは争うために来たんじゃない」
「うるさい!」と石原が吐き捨てた。
すでにその荒んだ心には、言葉は届かない。
肉に蝕まれ、怒りだけに突き動かされていた。
「お前らが、いなけりゃ! 武田さんは、迷わなかった! 全部、お前らのせいだ!」
空気が、限界まで張りつめた。
桃矢は、朽名と陽翔の位置を素早く確認した。
朽名は、後ろの方で陽翔の腕をきつく掴んでいる。その手が、細かく震えていた。
「大丈夫だ、結菜」と陽翔が朽名だけに聞こえる声でささやいた。
自分の体をそっと朽名の前へ移動した。
「俺がそばにいる。何があっても」
朽名は、震えながら頷いた。
広間は沢山の柱で入り組み、逃げ場は多くない。
ボルンの明滅が、これまでにないほど激しくなった。危ういいますぐ。
ボルンは悲鳴をあげるかのように明滅していた。
石原がこちらに向かってきた。
桃矢はとっさに駆け出した。石原を止めなければ。その手が振り下ろされる前に。止めなければ誰かが傷つく。この身を犠牲にしてでも、間に割って入るしかない。
「やめろ!」
桃矢の叫び、暗い広間に反響した。
そのとき全てのボルンが、目もくらむほどの強い光を放った。




