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いつもの市バスは、異世界行き  作者: チーム エボンヌ
第三章 対立編

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第77話 武田たちの影

 どれほど飛んだころだろう。眼下の景色が、少しずつ、変わり始めた。

 行く手に山々が立ちはだかった。灰色の岩肌をむき出しにした険しい絶壁の連なり。山の頂には、白い雪のようなものが積もっている。ひと目で、素人の足では越えられないと分かる天然の壁だった。歩きだと遠く迂回するかしかない。

「あれを、越えるのか」と山田さんが、息を呑んだ。

 トアは火起こし石を操作して、気球の高度を上げていった。籠の中の空気が、ひやりと冷たくなった。息が白くなる。みんなは籠の真ん中の火起こし石の周りに集まった。気球は、稜線のはるか上を悠々と滑っていった。眼下を、鋭い岩肌が次々と流れ去っていく。徒歩の者に絶望しか与えない山脈を、気球は、悠々と越えていった。

「……これが、空を行くってことなんだな」と山崎が、低くつぶやいた。武田たちは、この山をどうやって越えたのだろう。あの大きな川を渡り、この山脈を越え、荒野を歩いて、あの遺跡を目指している。その執念を思うと、山崎の胸は痛んだ。


 山脈を越えると、その先に再び草原が拡がっていた。

 草原とはいっても、木々はまばらで、所々には大きな岩も転がってとてもいる。人や動物が住める環境では無かった。もちろんポヨンヌの村やエボンヌの街も、こんなところにはない。誰も踏み入らず、踏み入ろうともしない土地。あの遺跡へ近づいているのだと、景色そのものが告げていた。

 その時、霞んだ地平線の彼方に、1つの大きな影が見えてきた。

 あの遺跡だ。

 近づくにつれ、その遺跡の全貌が見えてきた。これまで訪ねた遺跡とは規模が違った。今までの遺跡は空から見ると小さな四角い灰色の塊だった。しかし、目の先に見えてきたものはこれだけ離れているにもかかわらず構造物であることが分かる。空の上から見てさえ、その大きさが分かる。正に大遺跡だった。

 「あれが……」と中嶋さんが掠れた声で言った。「特別な、遺跡」

 地図のなかにあった、1つだけ違う特別な印。武田が目指している、50日はかかるはるか彼方の場所。それが、ついに目の前に現れた。

 誰もがその威容に、顔をこわばらせていた。楽しげだった朽名でさえ、隣の籠で陽翔の腕にしがみついていた。


『ここまでだ』とトアは言って、火起こし石を止め、上部の排気口を少しだけ開けて暖かい空気を少しずつ抜き始めた。

『すまないが、これより先へは行けない。体の奥が、重くなってきた。私たちエボンヌが、決して近づかない場所。その気配が、強くここまで届いている。これ以上進めば、私は力を出せなくなる』

 2つの気球は、大遺跡のはるか手前の草原へ、ゆっくりと降りていった。

 降下の途中、桃矢たちは、地上に人影のようなものを見つけた。

 大遺跡へ向かう、なだらかな草原。そこを、点のような人影の列が、ゆっくりと動いていた。

 いくつもの小さな影。桃矢は目を凝らして、その数を数えようとしたが、はっきりとは分からなかった。この場所には、ポヨンヌやエボンヌは近づかない。いるとしたら、答えは1つだった。

「あれは武田たちだ」と山崎が、食い入るように、その列を見つめた。「間違いない。あいつらだ。まだ、遺跡に着いてない」

 追いついた。ついに追いついたのだ。2つを隔てていた膨大な距離が、こうして、目に見える近さにまで縮まっていた。

 桃矢は、拳を握った。あの列の中に、武田がいる。俺たちを邪魔者と呼び、訳の分からない声に導かれて、特別な遺跡を目指す、かつての仲間が。あの背中に追いつかなくてはならない。倒すためではない。もう一度、1つに、仲間に戻るために。

 山崎の目は、列の先頭あたりにじっと注がれていた。あそこに、武田がいる。小学生のころから隣にいた男。唯一、親友と呼べた友。その遠い姿を、山崎は何とも言えない目で見つめていた。


 気球が地面に降りると、みんなは急いで籠から出た。

 トアとフウが籠から荷物を下ろすのを手伝ってくれた。ここから先は、自分たちの足で進むしかない。だが、気球のお陰で、大遺跡は歩いて行けるところにあった。

『私はここで待てない。この気配の中では、長くいられない。街へ戻る。だが、覚えておいてくれ。あんたたちが、無事にここまで戻ってくれば、その気配を頼りに迎えに来る』

「ありがとうございました」と桃矢たちは全員、深く頭を下げた。ネイが送り出し、そのネイの友が、ここまで運んでくれた。エボンヌたちのやさしさが、身に染みた。桃矢たちにとっての彼らのやさしさは、何ものにも変えがたい最高の力となった。

 トアとフウのハラシロが淡く光った。やさしさが籠もった温かい光だった。

 2つの気球は、静かに昇っていった。桃矢たちは、それらが小さくなるまで、見送った。

 振り返ると、目の前には、大遺跡の黒い建造物がそびえていた。そして、その手前を武田たちの列が進んでいく。

 麗華が皆を見渡した。「ここからは、私たちだけ。慎重に行こう。無理はしない。必ず、全員で帰る。それが、いちばん大事なこと」

 みんな深く頷いた。怖さはある。でも、できる準備は全て行った。退き時も決めた。後は前へと進むだけだ。

「行きましょう。先ずは武田に追いつ来ましょう。倒すためじゃなく、連れ戻すために」

 桃矢たちは大遺跡へ向かって、最初の1歩を踏み出した。

 かつての仲間に追いつくために。


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