第71話 やさしさの証
3人が戻ってきたことを、みんな心から喜んでいた。ただ、武田たちが自分たちを「邪魔者」と見ているという事実が、みんなの心に影を落としていた。この先、向こうが何をしてくるのか。見えない不安が渦巻いていた。
そんな不安がもっと大きな心配に変わったのは、アカが地平に傾きかけた頃だった。
高橋が麗華の所にやってきて「大葉さんが、帰ってこないの。出かけてからだいぶ時間が経ってる」と心配そうに告げた。
大葉さんは汁物に使う葉を摘んでくると言って、1人で拠点を出ていた。
マジ暗が近い。本当の闇に包まれるまで、あまり時間がなかった。短いとはいえ、あの闇の中で、大葉さんが1人取り残されたら。
「みんな、闇が来る前に手分けして捜そう。でも、ばらばらに散らばらないで。組になって探す」
桃矢は麗華の側で捜す先を絞っていた。やみくもに歩き回っても時間を食うだけだ。大葉さんの通い慣れた道、足を休めそうな木陰。思い当たる場所を頭の中で並べていく。「大葉さんが葉を摘むのは、たいてい川の上手の茂みです。そこからの帰り道に、寄りそうな場所もいくつか」と桃矢は言った。
山崎が前に出て「俺も行く。体力には自信があし、暗くても走れる」
大沢も頷いた「僕も。怪我をしてたら手当てがいる。すぐに診られたほうがいい」
合流したばかりの3人も迷わず捜索に加わった。
麗華が組分けを手早く決めていく。ボルンがいない山崎と大沢さんを別の組に分けた。麗華自身は拠点に残り、火と明かりを絶やさない役を担う。桃矢と川原さん。陽翔と山崎。山田さんと大沢さんと小林。それぞれが、別の方角へ散っていく。
アカの日差しは見る間に薄れていく。シロも地平線の彼方に沈もうとしていた。
桃矢は川原さんと組んで、川の上流へ向かった。
茂みを分けながら、大葉さんの名を呼ぶ。返事はない。
2人はさらに茂みを分けて進んだ。少し離れた草原の向こうからは、ほかの組が大葉さんの名を呼ぶ声が聞こえてくる。どの組も、暗くなりかけた中を必死に歩き回っていた。
陽翔と山崎の組は、川下の斜面のほうを当たっていた。ボルンがいない山崎は、陽翔のボルンの光を頼りに、「俺が見てくる」と言って、暗がりの斜面をくまなく探した。少しでも大葉さんが足を滑らせそうな場所を、片端から確かめていく。別の一帯を探している山田さん、大沢さん、小林の組では、大沢さんがいつでも手当てができるように布や添え木になりそうな枝を抱えていた。
なかなか大葉さんが見つからない。アカもう沈む寸前だった。残された時間は少なかった。
ついにマジ暗となった。マジ暗の時間は短い。でも、この暗さの中で、人1人を見つけ出すのは、容易ではなかった。
そのとき、闇の向こうから、光が近づいてきた。山田さんの組だ。そして、その横にはルウもいた。こちらの状況を感じ取って、駆けつけてくれたのだ。
ルウは闇の中でも、ためらわずに進んだ。やがて、川下の斜面のほうをまっすぐに指し示した。
『あちらにいる』
桃矢はその示す方へ迷わず走った。山崎たちが何度も上り下りした、あの斜面だ。暗さに阻まれて、さっきは見落としていたのかもしれない。
ボルンが1つ、空中で円を描いて飛んでいた。その下の岩陰のひときわ暗い窪みの中に大葉さんがうずくまっていた。
葉を摘んだ帰り道、暗くなりかけた斜面で足を滑らせ、足首をひねって動けなくなっていたのだ。痛みと心細さで、声を出す力も残っていなかったらしい。桃矢がボルンを近づけると、青白い顔が、闇の中に浮かび上がった。
「大葉さん!」
桃矢が駆け寄ると、大葉さんは震える声で、ようやく言った。
「……来て、くれたの、ね」
「当たり前です。迎えに来ました」
その声を聞きつけて、近くを捜していたほかの組も駆けつけてきた。
「ルウ、ありがとう。君が来てくれなかったら、見つけられなかった」
桃矢が言うと、胸のハラシロがふわりと温かく光った。
大沢さんがすぐに大葉さんの足首を診た。「折れてはいない。ひねっただけです。でも、歩かせるのは無理だ」
山崎が迷わず、大葉さんの前にしゃがんだ。「俺の背中におぶさってください」
がっしりとした背に大葉さんを負って、山崎が立ち上がる。2人の少し先をルウが歩く。闇の中でも迷いのない足取りが、心強かった。ゆっくりと拠点へ戻っていく。
拠点に戻ると、火のそばで待っていた皆がいっせいに駆け寄ってきた。
大葉さんは高橋から渡された温かい汁物を口にして、ようやく人心地ついた。「心配かけて、ごめんなさいね」と何度も言う大葉さんに、高橋が「無事でよかった」と大葉さんに抱きついた。
そのときだった。
火のそばに座る山崎の肩に、ふわりとひとつの光が舞い降りた。
ボルンだった。山崎ははっと身を硬くして、その光を見た。光は、逃げも消えもせず、山崎の肩の上で、ゆっくりと呼吸するように明滅している。
そして、ほとんど同じ頃。大沢さんの肩にも、ボルンがそっと止まった。大沢さんが信じられないという顔で、その光を見つめていた。
「これ……」と山崎が掠れた声で言った。
「その光の玉はボルンといいます」と桃矢が説明した。
小林は自分の肩を見て「ボルン。名前があったのね」と微笑んだ。
「ボルンは、やさしさを認めた人にしかとまらない。ボルンは山崎と大沢さんの中にやさしさを見た。だから2人を選んだのだと思う」
山崎はしばらくボルンを見つめていた。
「俺は……まだ、誰かを守れるのかな」と山崎がぽつりと言った。
「守ったよ」と桃矢は言った。「今日、大葉さんを背負って、ここまで連れて帰った。それは、山崎さんがやったことだ」
山崎は何も言わずに、ボルンをそっと手のひらで包むようにした。ボルンは逃げなかった。
大沢もボルンにおそるおそる指先を近づけた。ボルンは、やはり逃げなかった。むしろ、嬉しそうにふわりと明るくなる。
「……あったかい」と大沢が小さく言った。その声は、少しだけ震えていた。
みんなは2人のボルンを見て、自分のことのように顔をほころばせた。高橋が「よかったね」と笑い、長田さんが「賑やかになるわね」と目を細める。
やがて、ルウがすっと立ち上がった。村へ帰るらしい。
「もう帰っちゃうの」と高橋が名残惜しそうに言うと、ルウのハラシロがほんのりと光った。
大葉さんが山崎の手を借りて体を起こして、ルウの丸い手を両手でそっと包んだ。
「ありがとう。あなたが来てくれて助かったわ」
ルウのハラシロの光が強くなった。
『無事でよかった』
ルウはマジ暗の中へ歩き出した。
その小さな背中が見えなくなるまで、みんなは火のそばから見送った。




