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いつもの市バスは、異世界行き  作者: チーム エボンヌ
第三章 対立編

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第70話 戻ってきた3人

 その人影に最初に気づいたのは、採集から戻る途中の桃矢たちだった。

 嵐で傷んだ蓄えを補うため、その日は、いつもの採集場よりも川下の林まで足を延ばしていた。シロの青白い光が雲の切れ間から、まだらに草原を照らしていた。その光の向こうから、いくつかの人影がこちらへ近づいてくるのが見えた。

 桃矢の足が止まった。

「……人だ」と山田さんが低く言った。「3人。こっちに向かってる」

 草原を歩いてくる者など、心当たりはひとつしかなかった。分裂のあと、別の道を選び新天地を求めて去っていった、武田たち。

「陽翔、川嶋さんに知らせてきてくれ」山田さんの声に陽翔はかけだした。

 3人はゆっくりと近づいてくる。歩みは重かった。長く歩き続けて、疲れきった様子だった。

 やがて輪郭がはっきりと見えてきた。

 1人は体格からすぐ分かった。空手部の山崎だった。その隣は、医学部生の大沢さん。そして小柄な人影。小林だった。その肩には淡い光が輝いていた。

 知らせを聞いて、麗華たちが拠点から駆けつけてきた。

 他のみんなも集まってくる。武田グループとの再会は、あの分裂以来だった。同じバスに乗り合わせ、見知らぬ星に放り出され、途中で進む道を変えた者たち。その彼らが今、目の前にいる。懐かしさと訝しさとが、皆の中で複雑に入り混じっていた。

 麗華が皆を背にして1歩前へ出た。リーダーとして、まず自分が向き合う。その背中には迷いはなかった。

「山崎くん、大沢さん、小林さん」1人ずつ、しっかりと相手の目を見ながら麗華は相手を確認するように名前を呼んだ。「……どうして、ここに」

 山崎は深く息を吐くと「武田のところを出てきた」低く掠れた声だった。「俺と大沢さんと小林の三人で。……来た道をずっと戻ってきた。お前たちのいる場所を目指して」

 ざわめきが起きた。武田グループを抜けてきた。その言葉の重さに、誰もが言葉を失った。

 桃矢は3人の様子を見ていた。山崎の革袋は擦り切れ、大沢の頬はこけ、小林にいたってはフラフラだった。3人とも限界まで歩いてきたのだ。

 桃矢はそっと麗華のそばへ寄った。

「川嶋さん。事情は座って聞きませんか。3人とも歩続けて、もう限界です。まず水と何か食べるものを。話はそれからでも」

 麗華は桃矢を見て、すぐに頷いた。

「そうね」と麗華は言った。それから皆のほうを振り返った。「みんな、落ち着いて。3人を火のそばへ。大葉さん、水をお願い。葵ちゃん、果実を分けてあげて」

 張りつめていた空気が、麗華の声で緩んでいった。

 3人は水と果実を口にして、ようやく一息をつけたようだった。

 山崎がしんみりと語り始めた。

「武田が変わっちまった。あいつは昔から強引な奴だった。でも、理屈だけは通す男だったんだ。なのに、今のあいつは違う。何を聞いても『間違いない』『導かれている』それしか言わない。理屈がないんだ。何かに、俺たちには見えない何かに、操られているみたいに」

『導かれている』その言葉に、桃矢は嫌な予感がした。

「……何度か見たんだ」山崎は声を落とした。「武田が草原の外れで誰もいない方を向いてに立ってるのを。まるで、そこに誰かがいて、その声に聞き入ってるみたいだった。声をかけても、しばらく気づきもしない。あんなあいつ、見たことがなかった」

 誰もいない方を向いて、何かに聞き入る。その姿を思い浮かべて、火を囲む皆の間にぞくりとしたものが走った。

「そして」と山崎が続けた。

「武田は50日もかけて遠いところへみんなを連れて行くと言い出した。昔のあいつなら、絶対に言い出さないことだ」

 50日、武田は一体どこへ行こうとしているのだろう。もしかしたら、あの遺跡かもしれないと桃矢は思った。

「石原と田崎はもっと分かりやすい」と山崎は続けた。「あいつらは肉を食うようになってから、目に見えて短気になり、荒々しくなった。……実は、俺も最初は肉を食ってた。そのうち、わけもなく苛々する自分に気づいて、ぞっとして、止めた。止めたら、頭の中の嫌な感じが無くなった。大沢さんも同じだ」

 大沢さんが隣で、青ざめた顔のまま頷いた。

「僕は医者生として少しは医学の知識があるつもりだった。でも、あの苛立ちは説明がつかなかった。ただの気のせいじゃない。食べるものが、心を変えていく。……あんなものは、もう口にしたくない」

 桃矢は黙って聞いていた。食べるものが人の心を変える。そんなことが本当にあるのか。にわかには信じがたい話だった。けれど、肉をやめたという2人の青ざめた真剣な顔が、それが気のせいなどではないことを物語っていた。武田たちの間で、そんなことが起きていたのか。桃矢は静かに息を呑んだ。

「それでな」と山崎の声がさらに低くなった。「武田がお前たちのことを『邪魔者』だと言い出した」

 火を囲む皆が息を呑んだ。

「それを聞いた石原たちは、麗華たちなどいつでも潰せる、こっちには力がある、向こうは年寄りと弱い奴ばかりだ……そんなことを笑いながら話してた。俺は止めた。でも、何を言ってもあいつらには届かなかった」

 重い沈黙が拡がった。自分たちが「潰す」対象として語られている。その事実がみんなの心を冷たい物が包み込んだ。

 麗華は火を見つめたまま、唇をかんでいた。転移してきたあの日、誰よりも頼もしく皆を導いたのは武田だった。一時は、その背中をまぶしく見ていた時期もあった。けれど、今はその武田が皆を「邪魔者」と呼んでいる。その隔たりの深さに、麗華は胸の奥が冷えるのを感じた。

「でも」と麗華が静かに口を開いた。「あなたたちは、それを私たちに知らせに来てくれた」

「……知らせる、というか」と山崎は目を伏せた。「俺はもう、あそこにはいられなかった。力ってのは、守るために使うもんだ。弱い奴が踏みにじられるのを、黙って見ていられない。それが、俺のたった1つの矜持なんだ。あそこに留まったら、俺はその逆のことに加担することになる。だから、出た」

 山崎は武田を置いていくことの苦しさも隠さなかった。

「情けない話だ」と山崎は自嘲するように言った。「幼なじみ1人、止められなかった」

 ずっと黙っていた小林が、肩の光をそっと見た。

「この子は」と小林は消え入りそうな声で言った。「怒っている人や、誰かを傷つけたい人のそばには、近づこうとしないんです。だから、石原くんや田崎くんには、ずっと寄りつかなかった。……武田くんにも、最近は、もう」

 ボルンが小林を慰めるかのようにふわりと揺れた。

 その話を聞いた桃矢は、自分の肩のボルンを見た。ボルンはやさしさを認めた相手にだけ寄り添う。ボルンが武田に近寄らなくなったのなら、武田の中で何かが決定的に変わってしまったということだ。

「小林ちゃん」と、果実を配っていた高橋が声をかけた。「あの……芽依ちゃんは。鈴木芽依ちゃんは、一緒じゃないの?」

 小林の顔が、わずかに曇った。

「芽依ちゃんは……残った。武田くんたちのことを怖がってた。でも、誰かを置いていけないって。葵ちゃんに会いたがってたよ、本当は」

 高橋はぎゅっと唇を結んだ。

「マナがいなくなってから……私、ずっと、誰ともちゃんと話せてなかった」

 マナの名前を聞いた桃矢たちは顔を見合わせた。その死は、桃矢たちも村のネイから聞いて知っていた。遺跡へ武田たちを案内し、そして帰らなかった。

 ネイは言っていた。マナは空から来た者たちを古い遺跡へ案内し、そこで死んだ。エボンヌにとってもポヨンヌにとっても、遺跡は近づかない場所。それなのに、武田たちと共にはそこへ行った。そして今も、武田は止まっていない。

「山崎」と桃矢は口を開いた。「武田は今、どこへ行こうとしてるんだ」

 山崎は桃矢を見た。

「特別な遺跡らしい。途中には大きな川があって渡れるかどうかも分からない。それなのに武田は、絶対に行くと言って聞かない。『あそこに答えがある』とだけ言って」

「マナが死んだ遺跡とは別の場所?」と桃矢は聞いた。

「ああ、もっと遠い、特別な場所らしい。武田は前の遺跡で何かを見つけた。それからだ、あいつがおかしくなったのは。何かに取り憑かれたみたいに」

 桃矢は背筋が寒くなった。

 遺跡で武田が何かを見つけた。そして変わった。見えない何かに駆られるようになった。その「何か」の正体は分からない。けれど、遺跡には武田を変えた何かがあったことだけは確かだった。

「桃矢くん」と隣で聞いていた中嶋さんが低く言った。「遺跡には、わしらの知らない何かが眠っているのかもしれん。それが武田くんを動かしている。……だとすれば、それを確かめないことには、武田くんを止める手立ても見つからんだろうな」

 山崎の話を聞けば聞くほど、武田もまた、見えない何かに飲まれ、苦しんでいるように思えてならなかった。かつて、誰よりも皆を守ろうとした、あの武田が。

 武田を止めるということは、打ち負かすことではないはずだ。武田を変えてしまった何かを突き止めて、武田を元に戻す。それができれば、仲間同士で争わずに済む。それがいちばんいい。たとえ難しくても、そっちを探したい。桃矢にとって、武田たちは今でも仲間だった。

 火が、ぱちりと爆ぜた。

 話が一段落すると、桃矢は皆を見回して言った。

「とにかく、今日はここまでにしましょう。3人は、疲れ切ってます。続きは、休んで落ち着いてから、また聞けばいい。それでいいですよね、川嶋さん」

 麗華は桃矢を見て、深く頷いた。

「うん。よく無事で来てくれた」と麗華は3人に向かって言った。「ここには、敵も味方もない。あなたたちも含めてみんな仲間よ」

 その言葉に山崎たちはホッとした表情を浮かべた。小林の肩では、ボルンが嬉しそうに光を強めた。

 高橋が小林のそばに、そっと寄り添った。

「萌ちゃん」と高橋は小さな声で言った。「あのね。私、ここでポヨンヌのみんなにマフラーや帽子を編んでるの。今度、萌ちゃんにも何か編むね。それから、いつか、芽依ちゃんにも渡せたらいいな」

 小林の目に、じわりと涙が滲んだ。

「うん」と小林は震える声で頷いた。「芽依ちゃん、きっと喜ぶ」

 こうして心を許せる相手と並んで座れる。小林にとって、それはずいぶんと久しぶりのことだった。

 大葉さんが新しい寝床の支度を始める。山田さんが「大沢、お前、医療の知識あったよな。こっちには川原さんもいる。2人いてくれと心強い」とぎこちなく肩を叩いていた。大沢さんは嬉しそうだった。

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