↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
いつもの市バスは、異世界行き  作者: チーム エボンヌ
第一章 サバイバル編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
7/96

第7話 果実

 水場が見つかったことで、車内にはホッとした空気が拡がっていた。

 絶望一色だった数時間前とは違う。まだ不安は消えていないが、「なんとかなるかもしれない」という、小さな希望の光がみんなの中に灯り始めていた。

 武田は空を見た。橙色の光はすでに大きく傾き、その濃さを増している。

青白い色の光は既にどこにも見当たらない。このまま橙の光が沈めば、暗闇が訪れることになる。

「次は食料だが」武田が集まった枯れ枝を眺めながら呟いた。

「このまま今の光が沈んだら、しばらく真っ暗になるかもしれない。見知らぬ場所でそれは避けたい。今日のところは、バスのすぐ近くだけを手早く見て回ろう。本格的に探すのは、明日、明るくなってからにしよう」

「水と火はなんとかなりそうだ。今日はそれで十分だと思う」

 誰かの腹が、小さく鳴った。その場にいた何人かが、思わず笑ってしまう。考えてみれば、転移してから誰も何も口にしていない。緊張と恐怖で気づかなかったが、実はみんな空腹だった。


「俺、ちょっとだけ見てきます。バスのすぐ周りなら」

 今度も真っ先に動いたのは、山田さんだった。とりあえず山崎と2人で木の実を探しに行くことになった。

「食べられるものかどうか、見分けはつくんですか?」

 武田が念のため確認すると、山田さんは自信なさげに頭をかいた。

「正直、完璧には無理かな。でも、いくつかセオリーはある。鳥や動物が食べてる実は、たぶん大丈夫。逆に、色が毒々しすぎるやつとか、苦い匂いがするやつは避けた方がいい」

「他には?」

「あとは、茎を折ったときに白い液が出るやつも危険なことが多い。植物の毒の知識なんて付け焼き刃だけどさ。それでも、何もないよりはマシだろ」

「分かりました。でも、暗くなる前に戻ってきてください。絶対に無理はしないでください」

 武田の言葉に山田さんは軽く頷いて歩き出した。


 桃矢はその様子を窓から眺めていた。山田さんの言っていることは、漠然とした自分の経験則に過ぎない。けれど、何もない状態よりはずっとましだった。

 バスの中に残った者たちは、それぞれのやり方で時間を過ごしていた。

 今泉さんは隣の席の川原さんと勤め先の話をしていた。日常の話題を口にすることで、少しでも普段の感覚を取り戻したいのかもしれない。

 一橋さんは、太田や鈴木、高橋といった若い女子たちに自分の若い頃の話を聞かせていた。

「なにせ、あなたたちの5倍近く生き来たのだから、経験だけはあるのよ」と笑わせていた。たわいもない世間話が、緊張をほぐすいい薬になっていた。


 しばらくして、山田さんと山崎が戻ってきた。

バスからそう離れていない場所で見つけたという、見たこともない果実をいくつか手にしている。

 本格的に探したわけではないので、量はそれほど多くない。それでも、何も持ち帰れなかった場合に比べれば、充分すぎる収穫だった。

 赤紫色をした丸い実だった。地球の桃のような形をしているが、表面には細かな産毛のようなものが生えていて、触るとひんやりと冷たい。

「鳥が食べているのを見つけた。とりあえず、これとこれ」

 山田さんがもう一種類、緑がかった細長い実も見せる。

「両方、虫も食べていたよ。毒があるなら、虫だって避けるはずだから」

「それ、絶対の保証にはならないのでは」

 武田が冷静に指摘すると、山田さんも苦笑いした。

「まあ、そうなんだけどさ。今は、これくらいしか判断材料がない」


 武田はしばらく考え込んでいたが、やがて口を開いた。

「試食は、最小限の人数でやる方がいい。万が一のことがあったら、被害を抑えられるように」

「それ、誰が?」

 山崎が尋ねると、武田は静かに答えた。

「俺がやる」

 その言葉に車内がざわついた。

「危ないですよ、武田くん」

 誰かがそう言うと、武田は小さく首を振った。

「誰かがやらなきゃいけない。なら、責任のある立場の人間がやるべきだ」

 車内の空気が一気に張り詰めた。誰も口を開かない。

 みんなは固唾を呑んで、武田の言葉の続きを待っていた。

 桃矢はその言葉を聞いて、複雑な気持ちになった。立派な考え方だと思う。同時に、どこか危うさも感じた。

 武田はいつも「自分がやらなければならない」と思い込んでいるように見える。それは強さでもあり、同時に、誰にも頼れない孤独でもあるのかもしれない。

 もし本当に毒があったら、どうするんだろう。桃矢はそんなことを考えながら、武田の表情を窺った。

 涼やかな顔の下に、わずかな緊張が滲んでいるのが見て取れた。それでも、武田は引く様子を見せなかった。


「待った」

 声を上げたのは、山田さんだった。

「取ってきたのは俺だし、俺がやるよ。君はここの責任者なんだから、何かあったときに動ける人間が必要だろ」

 武田は一瞬、驚いたような顔をした。それから、小さく頭を下げた。

「分かりました。お願いします」

 川原さんが心配そうな顔で口を挟んだ。

「もし何かあったら、すぐに教えてください。応急処置の準備、しておきますから」

「ありがとうございます。でも、たぶん大丈夫ですよ」

 山田さんは軽い調子でそう言ったが、その手はわずかに震えているようにも見えた。


 誰もが緊張した面持ちで見守る中、山田さんは赤紫色の実を手に取ると、表面に爪を立てて皮を引っ張ると、ツルンと皮がむけた。全ての皮を剥くと、真っ赤な果肉が現れた。

 少しためらっていたが、一息吐いてから果肉をほんの少しだけかじった。全員が固唾を呑んでその様子を見守る。

 数秒の沈黙が、やけに長く感じられた。

「……うん、いける。普通に甘い。ジューシーでプラムに近い味かな」

 その言葉に、車内から小さな歓声が上がった。山田さんはもう少し大きく一口かじり、満足げに頷いた。

「渋みとか、変な後味もない。たぶん、大丈夫だと思う」

 念のため、しばらく様子を見ることになった。

 10分、20分と時間が経っても、山田さんの体に変化はなかった。腹痛も、吐き気も、発疹も起きない。

「よし。これなら食料になる」

 武田の声にようやく安堵の空気が車内に広がった。誰かが小さく拍手をし、それが車内全体に広がっていく。

 たった1つの果実が安全だと分かっただけで、これほどまでに人の心が軽くなるものかと、桃矢は少し意外に思った。


 暗くなる前に、火を起こす作業が始まった。中嶋さんがバスの工具箱から見つけたライターと集めておいた枯れ枝を使い、山田さんが手慣れた様子で火をおこす。

「お、ついた」

 小さな火がついた瞬間、車内から拍手が起こった。たったそれだけのことが、今の彼らにとっては、大きな成功体験だった。

 果実は23人で分けるには到底足りない量だったが、それでも「食べられるものがある」という事実だけで、心の余裕がまるで違った。

 武田の指示で、まずは高齢者、体調の優れない人から優先的に分けることになった。

 長田さんは最初こそ「こんな得体の知れないもの」と渋っていたが、大葉さんに説得され、小さく一口だけ口にしていた。

 桃矢はその火を眺めながら、ふと思った。

 まだ、入り口に立ったに過ぎない。けれど、最初の数歩は順調に進んでいる。水、食料、火。

 生きるための最低限の条件が少しずつ揃い始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。