↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
いつもの市バスは、異世界行き  作者: チーム エボンヌ
第一章 サバイバル編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
6/95

第6話 水と火

「私たちも何かできることないかな」

 声を上げたのは麗華だった。武田たちがバスを降りてから、自然と車内をまとめる役回りを担うようになっていた。クラス委員長としての性分がこんな状況でも顔を出しているのかもしれない。


「怪我人の確認をもう少し丁寧にしておいた方がいいと思います。それと、もし誰か持病があるなら、今のうちに教えてもらえると助かります」

 そう答えたのは看護師の川原さんだった。

「お願いします、川原さん」


 三浦さんが「実は私、透析を受けていて」と、申し訳なさそうに切り出した。

「次の透析の予定はいつですか」

「明後日です。正直、何日も受けられないとなると、ちょっと心配ですね」

 川原さんの表情が一瞬だけ曇ったが、すぐに穏やかな笑顔に戻した。

「分かりました。何かあればすぐ教えてください。無理だけはしないでくださいね」


 長田さんの様子も気にかけながら、大葉さんと何やら相談している。

 一橋さんは自分から「腰は痛いけど、もう年だから慣れたものよ」と笑って見せ、周りの空気を少しでも和らげようとしていた。

「一橋さんは元気そうで安心しました」

 川原さんが苦笑しながらそう返すと、一橋さんは「あらやだ、まだまだ若い子には負けないわよ」と笑い返した。その軽口が、車内のあちこちにわずかな笑い声を呼んだ。張り詰めていた空気が、ほんの少しだけ緩んだ。

 今泉さんもようやく落ち着きを取り戻したのか、隣の席の人と小声で何かを話している。


 長谷川さんは相変わらず目を瞑ったまま、誰とも口をきかなかった。

 普段から人付き合いに積極的なタイプではないらしいことがその様子から伝わってきた。

 桃矢は座席から静かにその様子を眺めていた。

 自分にできることは何だろう。力はないし、リーダーシップもない。武田のように人を引っ張っていく才能もない。けれど、何もしないでいるのは性に合わなかった。


「なあ、陽翔」

 桃矢は近くの席にいた陽翔に小声で声をかけた。気心の知れた相手にしか、こういうことはなかなか言い出せない。

「暗くなる前に寝る場所とか、火のことを考えといた方がいいと思うんだけど」

「火?」

「うん。今は暑いけど、夜になったら急に寒くなるかもしれないだろ。それに虫や動物除けにもなるし。さっき外を見たとき、枯れ枝っぽいのが結構落ちてたしね」

 桃矢は窓の外の地面に転がる木の枝らしきものを指さした。陽翔とのゲームで何度もやってきたことだ。日が落ちる前に火と寝床の準備をしておく。それだけのことだった。

「あー、それな」

 陽翔はすぐに頷いた。

 朽名を落ち着かせる役目が一段落して、ちょうど手持ち無沙汰になっていたところだったらしい。


「俺らがよくやっているサバゲーでは夜になる前に拠点固めるのは鉄則だな。あと湿った木より乾いた木の方が燃えやすいから、そこも見ておいた方がいいって、攻略サイトに書いてあったな」

「なるほど」

 桃矢が頷くと、陽翔は得意げに続けた。

「あとさ、寝る場所は地面より少し高いところがいいらしいぞ。虫とか水たまりを避けられるから。ゲームの知識だけど、現実でもつかえるよな。とにかく、この事はみんなに伝えた方がいいよな」

「いや、別に俺らが言うほどのことでも…」

 桃矢は急に気恥ずかしくなって言葉を濁した。たいした情報ではない。誰かが気づけばそれでいい。


 けれど、その小さなやり取りは思いがけない形でバスの中に広がっていった。すぐ近くの座席に座っていた生徒が2人の会話をしっかりと聞いていたのだ。

「ねえ、火と寝床のことなんだけど」

 その子が近くにいた数人にそれを伝える。さらにその数人が、また別の誰かに伝える。伝言ゲームのように広がっていき、いつの間にか「乾いた枝を集めておいた方がいい」「寝る場所は高いところがいい」という情報が車内のあちこちで囁かれるようになっていた。実際、何人かは誘い合って、バスの周りで手頃な枝を拾い始めていた。


 頭上にあった橙色の光が、いつの間にか西の空に大きく傾き、空を地球の夕日のような色に染め始めていた。

 茂みの向こうから人影が見えた。

「戻ったぞ!」

 武田の声に車内が一斉にざわめいた。無事に戻ってきたというだけで、車内には安堵の空気が広がった。

 武田、山崎、石原、山田さんの4人がバスに乗り込んでくると、すぐさま質問が飛び交った。


「どうでした? 何かありました?」

「水、見つかったんですか?」

 武田は息を整えながら、努めて落ち着いた声で答えた。

「見つかった。歩いて10分くらいのところに川があった」

 その一言に、車内から小さな歓声が上がった。誰かが「やった」と小さく拳を握る。

 長田玲子でさえ、ほっとしたように肩の力を抜いていた。

 それまで張り詰めていた空気が、目に見えて緩んでいく。

「水質までは分からないけど、煮沸すれば飲めると思う。魚も泳いでた」

 武田がそう続けると、山田さんが照れくさそうに頭をかいた。

「いや、まあ、魚影が見えただけで、実際捕れるかは分からないですけどね」

「いやいや、見つけてくれただけでも十分だよ」

 誰かがそう声をかけると、山田さんは少し驚いたような顔をした。これまでの人生で、こんなにも素直に感謝されたことは初めてだった。


「明日、もう1度川に行って水をくんでこようと思う。容器になりそうなものをバスの中で探してください」

 武田の指示に何人かがすぐに頷いた。ペットボトルや水筒を持っていた生徒たちが、それらを1か所に集め始めた。


「誰かもう薪を集めてくれてたのか」

 武田がバスの周りに積まれた枯れ枝の山を見て、少し驚いたように車内を見渡す。誰もはっきりとは答えなかった。

「誰かが枝を集めようと言ってたから」

 そんな曖昧な答えが返ってくる。武田は少し怪訝そうな顔をしたが、それ以上は深追いしなかった。

「まあいい。助かる。これなら今夜の火の準備も楽になりそうだ」

 桃矢は座席の隅でその様子を見ながら小さく息をついた。

 目立つことに興味はない。ただ、状況が少しでも良い方向に進めばそれでいい。


 ふと、視線を感じて顔を上げると、少し離れた席で麗華がこちらを見ていた。

「今の話、星野くんが言い出したんだよね」

 小さな声だった。聞こえるか聞こえないかくらいの。桃矢は驚いて、思わず固まってしまう。

「いや、その……」

「友達が星野くんが最初に言ってたって。すごいね、こんな時でもちゃんといろいろ考えてるんだ」

 麗華は微笑んですぐに友人の方へと視線を戻した。それだけの、ほんの数秒のやり取りだった。


 桃矢は、しばらく言葉が出てこなかった。心臓が、いつもとは違う速さで動いている。こんな状況だというのに、頭の片隅で、場違いなくらい浮かれている自分がいた。

 いや、今はそれどころじゃない。桃矢は軽く頭を振って気持ちを切り替えた。

 とはいえ、心臓の高鳴りはなかなか収まってくれなかった。これまで麗華とまともに言葉を交わしたことは一度もなかったのに、こんな状況で、まさか名前を覚えてもらっているなんて。不謹慎だと分かっていても、その小さな喜びだけは、桃矢の中で確かな熱を持っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。