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いつもの市バスは、異世界行き  作者: チーム エボンヌ
第一章 サバイバル編

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第5話 今後の方針

「みんな、聞いてください」

 武田が声をあげた。先ほどよりも落ち着いた、けれどよく通る声だった。車内の視線が自然と彼に集まる。

「まずはこれからどうするか、方針を決めませんか」

 誰も反論しなかった。先の見えない不安の中で、誰かが代わりに考えてくれることが、今は何よりもありがたかった。

「とりあえず、外の様子をもう少ししっかりと確かめる必要があります。さっき俺と山崎で少し見てきましたが、すぐ近くに危険な動物がいるような様子はなかったですが、油断はできません」


 武田は続けた。

「先ずは水と食料の確保が最優先です。スマホはたぶん、圏外だと思います」

 車内のあちこちで、確認するようにスマホを取り出す音がした。誰もが画面を見て肩を落とす。圏外だった。

「マジかよ」

 誰かが小さく舌打ちをした。今まで当たり前のように使えていたものが、使えなくなった。

「面接だったんだ。今日」と、スーツの青年がぽつりと言った。

「電波がないなら、誰かに見つけてもらうのも難しいってことか」

 そんな声が挙がる中、武田が「今は目の前のことに集中しよう」と努めて冷静にそう言った。その一言で、空気がわずかに引き締まる。


「それと、1つ提案がある」

 武田は自分のスマホを掲げて見せた。

「電波が入らない以上、今のままスマホを使い続けても電池を消耗するだけだ。充電できる保証もない。だから、今すぐ電源を切っておいてほしい。写真を撮るときなど、後で必要になる場面が来るかもしれない。バッテリーは温存しておくべきです」

 その提案に何人かが顔を見合わせた。スマホを手放すことへの抵抗感が表情ににじみ出ている者もいた。それでも、武田の言葉には筋が通っていた。

「まあ、確かにそうだな」

 誰かがそう呟いて、画面を消す。その動きに引きずられるように、車内のあちこちで電源を落とす音が小さく響いていった。桃矢も自分のスマホの電源ボタンを長押しして画面が暗くなるのを見届けてから、ポケットの奥に押し込んだ。


「それと」言いながら武田は車内を見回した。「お互いのことも知っておきましょう。この状況だし、みんなで力を合わせて行くためにも名前ぐらいは知っておきたい」

 麗華が立って最初に自己紹介をした。その後、順番に短い名乗りが続いた。

 桃矢は、頭の中で答え合わせをしていた。

 スマホの人は、長谷川さん。市役所勤めだと言った。パンの人は、今泉さん。銀行員という響きが以外だった。文庫本の人は、川原さん。「職業は看護師です」、その一言に桃矢は「よしっ!」と内心ガッツポーズをした。この状況で、これほど心強い職業もない。


 教科書の人は、大沢さん。医学部の2年生らしい。看護師さんに続いて、2人目の頼もしい人がいたと思った。

 車椅子の奥様は、長田さん。付き添いは大葉さん。ヘルパーさんらしい。世間話のお2人は、一橋さんと三浦さん。面接の練習をしていた青年は、山田さん。名乗る声が、少しだけ震えていた。運転手さんは、中嶋さん。「37年、事故は1度もない」と、それだけ言った。誰かが小さく笑い、少しだけ場が和んだ。


「とりあえず、近くに水場がないか、何人かで手分けして探しましょう。残りはこのままバスにいるか、出たとしてもバスの周りで待機していてください。ただ、あまりバスから離れないようにしてください」

 淡々とした口調だったが、その提案には筋が通っていた。桃矢は座席に座ったまま内心で感心していた。剣道の試合で培われたものなのか、生徒会での経験なのか、武田の判断の速さと、それを言葉にして手際よく人に伝える力は本物だった。


「それと、もう1つ」

 武田は、少し言いにくそうに、それでも実務的な口調を崩さずに続けた。

「トイレのことですが、バスにはありません。だから、場所を決めておきたい」

 車内にわずかな気まずさが漂う。けれど、誰もが内心では避けて通れない問題だと分かっていた。

「あっちの茂みを、女性用にしよう。少し離れた、こっちの方を男性用に。お互い、近づかないようにする」

 武田が指し示した2つの方向に、何人かが小さく頷いた。

「紙とか、そういうのは?」

 誰かが、おずおずと尋ねる。大葉がすかさず口を挟んだ。

「広い葉っぱを使うしかないでしょうね。柔らかそうなものを選んで」

 介護の現場で培った経験からなのか、大葉の口調にはためらいが無かった。その落ち着いた様子に、車内の気まずさが少しだけ和らいだ。


「山崎、石原、一緒に水場を探しに行くぞ。あと、誰か」

 武田が言いかけたところで、「あの、俺、キャンプとかわりと詳しいから行くよ」

 声を上げたのは、山田さんだった。

 武田が視線を向けると、山田さんは少し気まずそうに頭をかく。

「フリーターやりながら、サバイバル系のYouTubeとかよく見ててさ。火の起こし方とか、水のある場所の見分け方とか、ちょっとは役に立てると思うんだよね」

 武田は一瞬、値踏みするような目で山田さんを見たが、すぐに頷いた。

「助かります。一緒に来てください」


 山田さんは少しほっとしたような、それでいてどこか誇らしげな表情で立ち上がった。これまで後輩たちに頼られることは1度もなかった。だが、今この瞬間だけは、就職活動でずっと感じてきた「自分には何もない」という焦りが、少しだけ軽くなった気がした。

「中嶋さん。バスに残る人たちのことをお願いできますか」

 武田が運転手に声をかける。中嶋は深く頷いた。

「ええ、任せてください」

「助かります」

 武田の言葉には、年長者への礼儀もきちんと含まれていた。桃矢は、そのあたりも素直に評価していた。ただ偉そうに命令しているだけではない。


 4人が密林の中へと姿を消していくのを、車内の全員が窓越しに見送った。木々の向こうに4人の背中が見えなくなると、車内にはこれまでとは違う種類の静けさが訪れた。誰かが頼りにできる人間が一時的にいなくなる。それだけで、残された者たちの間にまた新しい不安が芽生え始めていた。


 密林の中を歩きながら、山田は内心、自分でも驚くほど落ち着いていることに気づいていた。

 就職活動に何度も失敗し続けてきたこの数ヶ月、自分には何の価値もないのではないかとずっと思っていた。けれど今、武田や山崎という高校生たちと並んで歩きながら、自分が知っていることが誰かの役に立つかもしれないという実感が不思議と力を与えてくれていた。歳が5つも下の子たちに教えるなんて柄じゃないと思っていたが、いざとなれば案外自然と言葉が出てくるものらしい。


「このあたり、地面が湿ってきてるな」

 山田が足元を指さしながら言うと山崎が頷いた。

「ほんとだ。土の色が違う」

「水場が近いかもしれない。あとさ、こういう時は風の匂いも嗅いでおいた方がいいぞ。水気を含んだ空気って、独特の匂いがするから」


 山田は歩きながら気負った様子もなく、若い3人に向けて自然と知識を語っていく。決して威張っているわけではない。ただ、自分が知っていることを当たり前のように分け与えているだけだった。

 武田は何も言わずに、先頭を歩いていた。リーダーとして常に冷静でいなければならないという緊張感がその背中からも伝わってくる。

 けれど、その内心では小さな苛立ちにも似た感情が芽生えていた。さっきから、山田が次々と的確な指示を出している。誰も「指示」だとは思っていないだろう。ただの情報共有のつもりなのだろう。だが武田にとっては、それは紛れもなく、自分が握っていたはずの主導権が少しずつ手のひらから零れ落ちていく感覚だった。

 俺がリーダーだ。誰よりも先に動き、誰よりも的確に判断する。それが、ここでの自分の役割のはずだった。なのに、年上とはいえ、ただのフリーターに道案内されているような状況に武田は内心、苛立ちを覚えずにはいられなかった。

 もちろん、それを表に出すつもりはない。表情にも出さず、ただ黙って前を歩き続けた。


 しばらく歩き、茂みをかき分けると、視界が開けた。

「あった!」

 石原が思わず声を上げる。緩やかな谷状になった地形の底に澄んだ水が流れる小さな川があった。地球の川とは少し違う、淡い青緑色をした水面が二つの太陽の光を反射してきらきらと輝いている。

 川岸の岩には地球では見たことのない、半透明の殻を持つ巻貝のようなものがいくつも張り付いていた。殻の内側がほのかに発光しているように見える。山田が興味深そうにそれを覗き込んだ。

「これ、夜になったら光るかも。なんか、ファンタジーっぽいっなぁ」

「この水が飲めるかどうかは分からないけど、とりあえず見つかっただけでも大きい」

 武田がそう言うと、山田が水辺にしゃがみ込んだ。

「煮沸すれば、たぶん大丈夫だと思うよ。あと、魚影も見えるな。食料にもなるかもしれない。火さえ起こせればなんとかなりそうだ」


 水中を泳ぐ魚影は、ゆったりと水中を漂っていた。体の色は、淡い紫がかった銀色をしていた。

「よし、この場所を覚えておこう。戻ったらみんなに伝える」

 武田の声にわずかながら安堵の色が滲んでいた。第一の課題はなんとかクリアできそうだった。


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