↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
いつもの市バスは、異世界行き  作者: チーム エボンヌ
第三章 対立編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
66/95

第66話 大沢優斗

大沢優斗の役割は、水を汲み、薬草を選り分ける事だった。

水と薬草の管理。力も無く、医者の卵でまだ医学の知識も乏しい大沢に、武田は「お前は、それをやれ」とだけ言った。命令だった。けれど大沢は、その役割を内心ありがたく思っていた。

石原や田崎のように獣を狩りに行くことは、大沢にはできなかった。槍を握って生き物の命を奪うことが、どうしてもできなかった。だから水と薬草という地味な役目は、大沢にとってちょうどよかった。

大沢の家は、祖父の代から続く医者の家系だった。

祖父が開業した小さな医院を父が継いだ。だから1人息子の大沢がいずれ3代目になることは、生まれたときから決まっていた。

父はいつも忙しくて、家で顔を会わせる機会は少なかった。たまに食卓を囲めば、出てくるのは成績の話ばかりだった。母は母で、息子を医者にすることだけに人生を懸けているようなところがあった。

大沢はその期待に応えたくて一生懸命勉強した。そして何とか地元の医学部に滑り込むことができた。

大沢が医者を目指したのは、父や母の期待にこたえるためだけではなかった。

子供の頃、熱を出して苦しんでいた大沢を夜中に診てくれた、祖父の手の温かさを覚えていた。だから自分も、いつか誰か救えるようになりたい。苦しんでいる人を楽に指せてあげたい。それが大沢のもう1つの原動力だった。

大沢は、目立たない学生だった。

気が優しく、押しに弱い。人に頼まれると嫌と言えない。その「嫌と言えない」性格につけ込む者もいた。

大学の同級生の何人かが、いつからか大沢を便利に使うようになっていた。学食でいつも大沢に奢らせる。お金を借りたまま返さない。どれも小さなことで、断ればいいだけの話だった。でも大沢には、それができなかった。波風を立てるくらいなら、自分が少し損をする方が楽だった。

ある日の夕方、駅前のバス乗り場の脇で、大沢は同じ学年の3人に囲まれていた。立て替えた金を返してほしいと、消え入りそうな声で言った大沢に対して、相手は笑っていた。何のことだ、ととぼけていた。大沢はそれ以上、何も言えなかった。いつものように諦めようとしていた。

そこへ通りかかったのが、部活帰りにバスを待っていた、山崎翔太だった。

朝のバスで、時々見かける高校生だった。

山崎は立ち止まって、しばらくその様子を見ていた。それからまっすぐ、輪の中へ入ってきた。声を荒らげる訳でも、拳を振り上げる訳でもなかった。ただ相手の3人の前に立って、静かに言った。

「この人から金、借りたんだろ。なら返せよ。それだけの話だ」

体格のいい山崎がただ立っているだけで、空気が変わった。3人はばつの悪そうな顔をして、金を大沢に渡して去っていった。

後に残されたのは、助けられた大沢と、助けた山崎の2人だった。

大沢は自分がひどく惨めに感じた。年下の高校生に助けられて。顔から火が出そうだった。

「すみません……ありがとう」と、大沢はやっと、それだけ言った。

「謝ることじゃないっすよ」と山崎は言った。それから少しだけ笑った。「ああいうのは、止めれる奴が止めればいいんです。たまたま俺が通りかかっただけで」

大沢は、その言葉に胸を打たれた。

名前は、翌朝のバスで初めて知った。山崎翔太。それ以来、朝のバスで顔が合うと、大沢は自然とその近くに座るようになった。山崎という人間が、大沢にはまぶしかった。自分が持っていないものを山崎は持っていた。

だから、この星に放り出され、グループが二つに割れたとき、大沢は迷った。

本当は、麗華たちの方へ行きたかった。

武田のやり方は、大沢は好きではなかった。動ける者が、動ける分だけ動く。その言葉の奥にあるものが、大沢にはうっすらと見えてしまった。年寄りや弱い者を後回しにする論理。それは、大沢の考えとは正反対だった。麗華たちの助け合おうとする側に、自分の居場所があるような気がした。

けれど、山崎が武田の隣に残ると決めた。

武田を1人にできない。山崎はそういう男だった。そして大沢は、その山崎を1人にできなかった。だから大沢は、慎重派へは行かず、山崎を追って武田たちとともに行動することを選んだ。

武田は、大沢のことを歯牙にもかけなかった。

罵声を浴びせられたわけではない。武田は、年上の大沢への口調だけは、崩さなかった。

「大沢さんは、無理をしなくていいです。ただ、足を引っ張らないでいてくださいね」

一度だけ、そう言われた。丁寧な言葉の形をした、いてもいなくても変わらないという通告だった。

実際、大沢はこのグループで、何の役にも立っていなかった。狩りもできない。武器も作れない。石原や田崎には軽んじられ、いない者のように扱われた。

大沢の居場所は、いつも山崎のすこし後ろだった。山崎の陰に隠れて、息を潜めて、目立たないように過ごす。地球の教室と何も変わらなかった。

目立たない者には、目立たない者にしか見えない景色がある。

輪の中心にいないからこそ、輪の端にいる者たちの姿がよく見えた。

鈴木。高校一年生のおとなしい子だった。武田に拠点の整備を任されて、寝床の手入れや火の番を、文句一つ言わず黙々とこなしていた。斉藤や太田のように声高に武田を讃えるでもなく、ただ与えられたことを静かにやる。大沢と少し似たところのある子だった。

その鈴木が時々、草原の彼方、麗華たちがいるはずの方角をじっと見ていることに、大沢は気づいていた。

大沢は知っていた。鈴木には仲のいい友達がいた。高橋という、同じ一年生の子だ。けれど高橋は、グループが割れたとき、麗華たちの側に残った。どういう経緯で2人が別々のグループになってしまったのか、大沢は詳しくは知らない。高橋に会いたいのだろう、と大沢は思った。けれど、グループが分かれてしまった今、それは簡単なことではなかった。鈴木はそれを誰にも言わず、ただ黙って、草原の彼方を見ていた。

もう一人気になるのが小林だった。肩に光の球が降りてからマナと会話をすることが出来るようになった。でもあの遺跡でマナがなくなってから、小林は誰とも話さず、いつも1人でさみしそうにしている。誰かが話しかけてもいつも上の空だった。

誰も気に留めない、輪の端の2人。けれど大沢には、その2人が見えていた。遠くの友を想う1人とマナの死を悲しむ1人。

大沢は思った。このグループがどこへ向かうにしても、あの2人を置き去りにはできない。誰かが見ていてあげなくては。けれど、その「誰か」になれるほどの力を、大沢は持っていなかった。それがもどかしかった。

肉を断ったのは、山崎に促されてからだった。

山崎がある日、ぽつりと、肉をやめたと言った。自分肉を止めてから、自分の変化に驚いた。確かに、頭の中のもやもやとしたものが無くなっていった。気のせいではない、と思った。医者の家に育った大沢には、それがただの気分の問題ではなく、体に何か実際の変化が起きているのだと、感覚的に分かった。

最近、麗華たちのグループのことを考えることが多くなった。向こうでは、お年寄りも体の弱い人も、一緒にいると聞いた。助け合って暮らしていると。遠くの友を見つめる芽依のように、大沢もまた、自分の知らない「あちら側」を、心のどこかで見つめていた。あちらに、本当の自分の居場所があるような気がした。

すぐに、大沢は、その考えを打ち消した。山崎を置いてはいけない。山崎が武田の隣にいる限り、自分もここにいる。それが、大沢のたった1つの筋だった。

けれど、もし、山崎が自分と同じことを考えているのだとしたら。

いつか麗華たちの所に行く日が来るのかもしれない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。