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いつもの市バスは、異世界行き  作者: チーム エボンヌ
第三章 対立編

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第62話 2つの声

 武田はその日以来、1人で考え込む事が多くなった。

 食事の時も、皆が火を囲む中、武田だけは少し離れた場所に座った。誰かが話しかけても、上の空で返す。食事時間以外は1人で草原の外れで長い時間過ごしていた。

 皆、それに気づいていた。気づいていても、誰も何も言えなかった。このグループのまとめ役だった武田が、日に日に、遠くなっていく。誰も、その理由を知らなかった。

 武田だけが知っていた。自分が誰と話しているのかを。

 拠点のから少し離れた誰も来ない場所。そこに立って、武田は、頭の中の声を待っていた。

「考えておく」と答えてから、武田はずっと同じことを考え続けていた。地の底に滅ぼすべきものがいる。声はそう言った。だが、それが何なのか、武田は知らなかった。

 知らないものを滅ぼせと言われても、頷けるはずがなかった。武田はそういう人間だった。決断する前に、まず、対象を知る。地球にいた頃からの武田のやり方だった。

「教えてくれ」と武田は、声に向かって、頭の中で言った。「地の底にいる者たちのことを。もっと詳しく」

 しばらく、間があった。

 《よい心がけだ。敵を知ろうとするのは、賢明な者の証だ》

 声は満足げだった。

 《では、話そう。あの者たちがどういう存在か》

 《あの者たちは、力こそがすべてだと考えている》

 声は、ゆっくりと語り始めた。

 《強い者が弱い者を支配する。それが当然のことだと。弱い者は淘汰されるべきだと。彼らの世界には、助け合いも思いやりもない。あるのは、力の序列だけだ》

「力の序列」と武田は繰り返した。

 《そうだ。彼らは、慈悲を弱さと呼ぶ。誰かを哀れむ心、誰かを許す心。そういったものを、彼らは嘲笑う。それは、淘汰されるべき劣った者の言い訳に過ぎない》

 武田の頭に、ある光景が浮かんだ。

 地球の教室。武田が、正しいと思うことを言うたびに、向けられた冷たい視線。あいつは、冷たい。あいつには、優しさがない。そう言われ続けた、あの日々。

 その武田から見ても、声の語る者たちは、異質だった。武田は力を重んじる。だが、力で誰かを支配したいわけではなかった。淘汰だの、序列だの、考えたこともない。

 《彼らは、地上のポヨンヌたちを見下している》

 声が続けた。

 《あの穏やかな者たちを、退化した哀れな存在だと。争うことをやめ、牙を捨てて、ただ優しく寄り添うだけの暮らし。それを、彼らは生きることを放棄した者の姿だと嘲るのだ》

 武田は眉をひそめた。

 ポヨンヌ。武田はまだ見たことはなかった。マナからその存在は聞いていた。そして、報告では、麗華たちが親しくしているという存在。

 それを退化した哀れな存在だと、嘲笑う。

 武田の中に、わずかな不快感が生まれた。

 《彼らの世界では、生まれた子さえ、力を示せねば顧みられない。弱く生まれた者は、誰にも守られず、ただ淘汰される。親が子を慈しむという、あなたたちには当たり前のことさえ、彼らにはない》

「……むごいな」と武田は思わず漏らした。

 《むごい、と感じるか。それは、あなたが彼らとは違うという証だ》

 声はどこか満足げだった。

 確かに、声の語る者たちはむごい。けれど、武田は別のことも考えていた。

 力を示せねば顧みられない。弱い者は淘汰される。それは、これまで自分が行ってきたことと同じではないか。

 だが、すぐに思いを打ち消した。違う。自分は、弱い者を切り捨てたいわけではない。ただ、全員が生き残るために、優先順位をつけようとしただけだ。あの者たちとは、違う。

 違う、はずだった。

「1つ聞きたい。その者たちは、ただ、争っているだけなのか。地の底で、どうやって暮らしている」

 少し、間があった。

 《彼らは、優れた、技術を、持っている》

 ゆっくりと、言葉を選んでいるかのような答えだった。

 《地の底の中で、彼らは、独自の技術を築いてきた。あなたたちが見れば、目を疑うようなものを、作り上げている。地上のどんな道具も、エボンヌの技術も、遠く及ばない》

「そんなものを作れる者たちが、ただ、争うためだけに、それを使っているのか」

 《そうだ。彼らにとって、技術も、知恵も、すべては、より強くあるための手段に過ぎない》

 武田は、黙った。

 優れた技術を持ち、目を疑うものを作り上げる。それほどの者たちが、ただ支配と淘汰のためだけに生きている。これまで声は間違ったことを言わなかった。この話はにわかには信じがたい話だが、本当なのだろう。

 《もし、あの者たちが地上に出てくれば》

 声は、声の調子を少しだけ強めた。

 《この星の穏やかさは終わる。ポヨンヌは蹂躙され、エボンヌは滅ぼされ、あなたたち人間も虐殺される。彼らの持つ力は、あなたの想像をはるかに超えている》

「力、というのは」と武田は聞いた。「具体的には、何だ。どれほどのものだ」

 《それは……あなたには、まだ、想像もつかないだろう》

 声は、そこで、言葉を濁した。

 《とにかく、桁違いだ。あなたたちが地球で知っていた、どんな力よりも》

 武田は、その言葉に引っかかりを覚えた。

 声は、これまで、いつも具体的だった。狩りの方法も、道具の作り方も、事細かく教えてくれた。なのに、敵の力のことになると、急に曖昧になった。桁違いだ、としか言わない。

 なぜだ、と武田は思った。

 だが、武田はその問いを口にしなかった。

 《あなたなら、分かるはずだ》

 声は、武田の迷いを見透かしたように言った。

 《力を持つことの意味を。力を正しく使うことの意味を。地球の者たちは、あなたのその力を恐れ、遠ざけた。だが、私は違う。あなたの力こそが、この星を救うのだと知っている》

 その言葉が、また、武田の中に、染み込んできた。

 あなたの力こそが。

 地球では、誰もそうは言わなかった。生徒会長として皆の上に立ってはいても、武田の内にある冷徹さ、必要とあらば切り捨てる強さは、煙たがられ、冷たいと退けられてきた。並び立つと認められた麗華でさえ、その強さを目の当たりにして、武田に背を向けた。その力を必要だと言ってくれる。ただ1つの存在が、声だった。

 武田はその声に抗えなかった。抗いたくなかった。

 《あの残虐な者たちを放ってはおけない。彼らが目覚め、地上に這い出てくる前に。手を打たねばならない。あなたにしか、できないことだ》

 本来の武田なら、ここで立ち止まったはずだった。

 相手の力は、桁違いだという。なのに、自分たちが手にした力など、まだ、わずかなものだ。槍を覚えた石原と田崎。少しばかり増えた狩りの収穫。それだけだ。そんな手勢で、想像もつかないほどの力を持つ相手に、どう立ち向かえというのか、冷静な武田なら、真っ先に、そう問い返したはずだった。敵うわけがない。無謀だ。

 だが、その疑問は、武田の頭には浮かんでこなかった。

 いつからか、武田の、あの冷静で正確な計算が消えていた。損か得か、勝てるか勝てないか、退くべきか進むべきか、かつての武田を誰よりも武田らしくしていた慎重さ。それが、最近、ひどく鈍くなっていた。石原や田崎が些細なことで激昂するようになったのと、同じ原因だったのかもしれない。

 だが、武田は自分の変化にだけは、なぜか、気づけなかった。気づかぬまま、ただ、必要とされる心地よさだけが、武田を前へ前へと押していた。

「……分かっている」と武田は言った。声に向かって、というより、自分自身に言い聞かせるように。

 《よい。準備が整えば、あなたをその場所へ導こう》

「その場所?」

 《いずれ、話す。今は、力を蓄えておくことだ》

 それだけ言って、声は聞こえなくなった。

 武田は、夜空を見上げた。敵の輪郭が少しだけ見えた。力こそすべて。慈悲を嘲る者たち。

 だが、敵の力はどれほどのものなのか、どうやって強大な敵に立ち向かえば良いのか、まだ分からないことが多かった。

 武田は、その疑問を考えないことにした。今はとにかく進むしかない。そう思うことにした。

 拠点に戻ると、石原と田崎が、火のそばで、何か言い争っていた。

 石原も田崎も、声のことは知らない。武田が、地の底の敵のことを考えていることも知らない。ただ、武田の指示に従い、狩りをし、武器を作り、力をつけている。そして、いつのまにか攻撃的になっていた。

 武田はその二人を見て、さっきの声の話を思い出していた。

 力こそすべて。弱い者は淘汰される。慈悲は弱さ。

 それが、目の前の石原と田崎の姿に重なって見えた気がした。

 武田はその考えをすぐに振り払った。

 その夜、武田が眠ろうとした時、山崎が隣に来て腰を下ろした。

「石原と田崎、またやり合ってたな」

「ああ」と武田は言った。

「なあ、武田。俺、ちょっと、怖いんだ」

 武田は山崎を見た。

「石原や田崎は、以前はあんなに尖ってなかった。なのに、今は目つきが違う。何かを狩ること楽しんでるみたいに見える時すらある」

 武田は答えなかった。

「俺たちは生き残るために力をつけようと頑張ってきた」と山崎は言った。「それは、間違ってないと思ってた。今も少しは、そう思ってる。でも、最近、分からなくなってきたんだ。俺たちは、何のために強くなろうとしてるんだ?」

 何のために。

 武田は、その答えを既に声から聞いていた

 声は言った。皆を救うため。

 でも、山崎はその武田の「皆を救う」を知らなかった。地の底の敵のことも知らない。だから、ただ、強くなっていく仲間たちを見て、怖いと言っている。

 武田は、山崎にすべてを話したい衝動に駆られた。地の底の敵のこと。声のこと。自分が、皆を守るために決断しようとしていることを。

 だが、話せなかった。

 話せば、山崎は間違いなく止めるだろう。麗華と同じように。

「……心配するな」と武田はそれだけ言った。

 山崎は、しばらく武田の横顔を見ていた。それから、小さく、息を吐いた。

「お前がそう言うなら。でも、武田。1つだけ、覚えておいてくれ。お前が、どこに行こうとしてるのか知らないけど。俺は、お前の友達だ。それは、ずっと、変わらない」

 武田は何も言えなかった。

 山崎はそれ以上は何も言わず、自分の寝床に戻っていった。

 武田は、1人、火を見つめていた。

 お前の友達だ。その言葉が、声の言葉とは違う温かさで、武田の中に響いていた

 2つの声。あなたの力が必要だ、と言う声。お前の友達だ、と言う声。

 どちらも、武田には嬉しかった。どちらの声に従えばいいのか。今の武田には、まだ、答えを出せなかった。


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