第61話 目的
同じ頃。
大陸の別の場所で。
武田は1人、拠点の外れに立っていた。
マジ暗が近かった。2つの太陽は低く傾いている。武田の周りには、誰もいなかった。最近、武田は、1人になる時間が増えていた。
頭の中に声が響くのは、いつも、こういう時だった。
《進み具合は、どうだ》
声はいつものように、武田の頭の中に直接届いた。最初は不気味だったが、もう慣れていた。
「順調だ」と、武田は声に出さずに、頭の中で答えた。「石原と田崎は、槍を使いこなすようになった。狩りの効率も上がった。お前の教えた知識のおかげだ」
《結構。だが、それは、まだ準備に過ぎない》
「準備?」
《そうだ。あなたに力を与え、知識を与えてきたのは、すべて、ある目的のためだ。そろそろ、それを話す時が来た》
武田は夜空を見上げた。
「目的、というのは」
《この星の地の底には、滅ぼすべきものが、いる》
武田はその言葉を、すぐには飲み込めなかった。
「地の底?」
《そうだ。この大地のはるか深く。光の届かない場所に、邪悪な者たちが棲んでいる。古くから、ずっと》
「邪悪な者たち」と武田は繰り返した。「それは、何だ。ポヨンヌか。エボンヌか」
《違う。あの穏やかな者たちとは、まったく異なる存在だ。残虐で、力を好み、他者を顧みない。地の底で、闇とともに、長い時を生きてきた》
《その者たちは、放っておけば、いずれ地上に出てくる。そうなれば、この星の穏やかさは、終わる。ポヨンヌも、エボンヌも、あなたたち人間も、ただでは済まない》
武田は眉をひそめた。
「そんなものがいるなら、なぜ、今まで放置していた」
《私には、出来ないことだ》
「だから、代わりに俺に滅ぼせ、と」
《そうだ。そのために、あなたを選んだ》
武田の胸の奥が、ざわついた。
あなたを選んだ。その言葉が、武田の中に、深く刺さった。
《地球から、力を持つ者を。争うことを知り、決断のできる者を。この星の穏やかな者たちには、決してできないことを、為せる者を。それが、あなただ、武田》
武田は、答えなかった。
地球にいた頃、武田は、孤独だった。決断のできる人間は、煙たがられた。正しいことを言っても、冷たいと言われた。優しさが足りない、と。
この星に来てからも、同じだった。麗華に、人間じゃなくなる、と言われた。山崎にも、止められ続けている。
武田の選んできた道は、いつも、否定されてきた。
なのに、この声だけは、武田を肯定した。お前の力が必要だと。お前にしかできないと。
その言葉は、甘い毒のように、武田の中に染み込んでいった。
《もちろん、無理にとは言わない。これは、あなたが決めることだ》
声は最後に、そう付け加えた。
《だが、考えてみてほしい。あなたには、力がある。決断する力が。それを、正しく使える機会が目の前にある。地球では、誰も、あなたのその力を認めなかった。だが、この星でなら、あなたは、皆を救う者になれる》
「皆を、救う」
《そうだ。ポヨンヌも、エボンヌも、あなたの仲間たちも。あなたは、守る者に。あなたは、英雄になれる》
武田は長いこと、夜空を見上げていた。
声が、何かを、はぐらかしている気がした。その邪悪な者たちを、声自身が滅ぼせない理由。なぜ、わざわざ、地球から人間を呼んだのか。聞きたいことは、いくつもあった。
だが、武田は聞けなかった。
聞けば、この甘い肯定が崩れてしまう気がした。お前が必要だ、という言葉を、失いたくなかった。
武田は、自分でもそれに気づいていた。気づいていて、目を瞑った。
「考えておく」と武田は言った。
《よい返事を、待っている》
声は、それきり、静かになった。
武田が拠点に戻ると、山崎が火のそばに座っていた。
「遅かったな」と山崎が言った。「また、1人でどこに行ってたんだ」
「少し、考え事だ」と武田は言った。
山崎は、武田の顔をじっと見ていた。最近の武田が、時々、1人で誰もいない方を向いて、何かを考え込んでいることに山崎は気づいていた。まるで、誰かと話しをしているかのように。
「武田」と山崎は言った。「お前、最近変だぞ」
「変?」
「何か、隠してるだろ。俺たちに」
武田は、答えなかった。
山崎はため息をついた。それから、火に枝をくべながら、ぽつりと言った。
「俺、肉、やめたんだ」
武田は山崎を見た。
「以前、肉を食べていた時に、やたら苛立つことに気づいてさ」と山崎は言った。「些細なことで、カッとなる。前は、こんなじゃなかった。それで、ふと思ったんだ。肉を食うようになってから、おかしくなった気がするって。だから、やめた。そうしたら、少し、苛立つことはなくなった」
武田は、黙って聞いていた。
「お前も、やめた方がいい」と山崎は言った。「なんか、この星の肉、よくない気がする。みんな、ピリピリしすぎてる」
「考えておく」と武田は言った。
また、その言葉だった。
その時、闇の向こうから、もう1人、火のそばに近づいてきた。大沢だった。
「山崎の言う通りだと思う」と大沢は遠慮がちに言った。医師の家系に育ち、医学部で学ぶ大沢は、グループの中で、唯一、体のことに詳しかった。「僕も、最近、みんなの様子を見てて思うんだ。石原や田崎が、前より、ずっと短気になってる。怒りっぽくて、些細なことですぐ言い争う。あれは……普通じゃない。何か、体に影響が出てる気がする」
「お前も、肉のせいだと思うのか」と武田が聞いた。
「断言は、できないけど」と大沢は言った。「でも、無関係とは、思えない。武田。僕は、医者になりたかった。人を傷つけるためじゃなくて、治すために、この知識を使いたかったんだ。最近のこのグループの空気は……正直、怖い」
武田は、大沢の言葉を黙って聞いていた。
大沢はそれ以上は言わず、火のそばに、静かに腰を下ろした。気の優しい男だった。武田のやり方に、はっきり逆らうことはない。ただ、戸惑いだけを隠さずに言った。
山崎と大沢。二人は、武田が正しい道に戻ってきてくれるのでないかと、期待するかのように武田を見ていた。
しかし、武田は、目を閉じたまま無言だった。
武田の頭の中には、まだ、声の言葉が残っていた。あなたは、英雄になれる。皆を、救う者に。




