第60話 報告
半月以上の旅を終えて、桃矢たちが拠点に戻ってきた。留守番をしていた者たちは、心から安堵した様子だった。
高橋が真っ先に駆け寄ってきた。
「おかえりなさい! 無事でよかった……!」
高橋の後ろから、一橋さん、三浦さん、大葉さんが続いた。長田さんは、いつものように車椅子に座ったまま、少し離れたところで腕を組んでいたが、その表情はどこか柔らかかった。
「心配したのよ」と長田さんは、ぶっきらぼうに言った。「無事なら、いいけど」
桃矢はその言葉に、正直驚いた。最初の頃、誰にも心を開かなかった長田さんが、今はこうして帰りを案じてくれている。
「ただいま帰りました」と桃矢は言った。「いろいろ、分かったことがあります。みんなに聞いてほしいんです」
その夜、全員が焚き火を囲んだ。
桃矢は、2度目の遺跡で見たことを、順を追って話した。
壁の下に描かれていた、横長の絵のこと。昔のポヨンヌが、争い、傷つけ合っていたこと。そこへ光を放つ者たちが現れ、光を降らせてポヨンヌから争う心を抜き取ったらしいこと。そして、今の穏やかなポヨンヌは、その結果として、ここにいるのかもしれないということ。
話を聞き終えて、しばらく、誰も口を開かなかった。
「……信じられない」と、最初に声を出したのは、高橋だった。「ポヨンヌさんたちが、昔、争っていたなんて。あんなに優しいのに」
「俺も、最初は信じられなかった。でも、絵には、はっきりそう描かれていた」
高橋は膝の上に置いた、編みかけのマフラーをそっと撫でた。ポヨンヌ達の為に編んでいるマフラーだった。
「ルウも……昔のルウだったら、誰かを傷つけたりしたのかな」と小さな声で言った。「今のルウは、私が編んだマフラーを宝物みたいに大事にしてくれてる。あんなに優しいのに。そんなの、想像できない」
「今のルウは、今のルウだ」と桃矢は言った。「昔、どうだったとしても。高橋が知ってるルウは、優しいルウだ。それは、変わらない」
高橋は、こくりと頷いた。それでも、その目には戸惑いが残っていた。
「光を放つ者たち、というのは」と一橋さんがゆっくりと聞いた。「何なのかしら」
川原さんが答えた。
「ポヨンヌでもエボンヌでもない、別の姿でした。輪郭がわざとぼかしてあって、体から光が伸びているように描かれていました。トルコの神殿でも、ああいう特別な描き方をされるのは、神様か王様、とにかく、上の存在だったの。だから、ただの生き物じゃなくて、何か特別な存在だと思います。でも、普通は1体だけなの。神様や王様が複数描かれていた例はないの。複数の神様がいても別々の神として描かれる。でもあそこは同じ姿の者が複数あった。だから今はまだその正体は分からないわ」
「あの精巧な石組みを造ったのも、おそらく、その者たちだ」と中嶋さんが続けた。「今のポヨンヌやエボンヌには、あんなものは造れん。遺跡を遺した張本人、というわけだな」
三浦さんが腕を組んで唸った。「遠い昔に、そんな大それたことをした連中がいたってことか。今はどこにいるんだ」
「それが、分からんのだ」と中嶋さんは言った。「遺跡はほとんどが廃墟だった。だから、とっくにいなくなった、と考えるのが自然だろう。だが、確かなことは、何も言えん。そもそも、文字がほとんど読めなかったんだ。絵から、なんとか筋を追っただけでな。私たちの読み取ったことが、本当に正しいのかすら、まだ、確かとは言えん」
話が一段落したところで、麗華が口を開いた。
「1つ、気になってることがあって」と麗華は言った。「武田くんたちも、遺跡に行ったでしょう。マナさんに案内されて。そこで何かを得たらしい。……でも、私たちが遺跡で見つけたのは、ポヨンヌの昔の話だった。生活の知恵でも、何かの力でもなかった。武田くんたちはあの遺跡で、何を見つけたんだろう」
その問いに、誰も答えられなかった。
言われてみれば、不思議だった。自分たちが遺跡で得たのは、ポヨンヌの遠い昔の物語。それを見ても、自分たちは何も変わらない。なのに武田たちは、遺跡から戻ってから、生活が大きく変わり始めた。
「それ、遺跡ごとに、違うんじゃないですか」と、口を開いたのは陽翔だった。「あのゲームでも、ダンジョンごとに置いてある宝も、書いてある古文書も、全然違った。この星の遺跡も、同じとは限らない。場所が違えば、中にあるものも、違うのかもしれない」
「ありえる話だ」と中嶋さんが頷いた。「私たちが行った遺跡には、ポヨンヌの昔が刻まれていた。だが、別の遺跡には、別のことが、それこそ、道具や技術のことが、刻まれているのかもしれん。遺跡は12か所もあるんだ。1つひとつ、役割が違っても、おかしくない」
「そういえば」と川原さんが言った。「あの地図に、1つだけ、他と違う印があったでしょう。中に、記号が書き込まれた印。あれだけ、特別扱いされてた。あの遺跡には、他とは違う、特別な何かが、あるのかもしれないわね」
桃矢はその言葉にあの地図を思い浮かべた。1つだけ違う、特別な印。武田たちが行ったのが、もし、あの遺跡だったとしたら。
「だったら」と、朽名がぱっと顔を上げた。「武田さんたちと、教え合えばいいんじゃないですか? 私たちが見つけたことと、武田さんたちが見つけたこと。持ち寄れば、もっと、いろいろ分かるかもしれない。だって、同じ星から来た、仲間なんだから」
その言葉に、何人かが、はっとした顔をした。
桃矢も内心で、ひやりとした。いつのまにか、武田たちのことを、自分たちとは別の遠い存在のように考えていた自分に気づいた。でも、同じ人間だ。協力できないわけが、ない。
「……できれば、私も、そうしたい」と麗華が、ゆっくり言った。「でも」
「でも?」と朽名が聞いた。
「武田くんたち、この前、すぐ近くまで来てたでしょう。なのに、声もかけずに、帰っていった」と麗華は言った。「困ってるなら、力になりたい。教え合えるなら、教え合いたい。それは、本当よ。……ただ、今の武田くんが、何を考えてるのか、私には、まだ分からないの。会いに行って、どう受け取られるのか。それが、読めなくて」
ネイが伝えた、マナの言葉が、桃矢の頭をよぎった。あの群れは、変わってしまうかもしれない。
「焦らなくて、いいと思う」と麗華は続けた。「でも、いつか、ちゃんと話せたら、そう思ってる。少なくとも、私たちの方から壁を作る必要はないもの」
桃矢はその言葉に、深く頷いた。
壁を作る必要はない。その通りだった。武田たちは敵ではない。ただ、今は、お互いのことが、よく見えていないだけだ。見えるようになれば、きっと、また話せる。そう思いたかった。
それでも、桃矢の胸の奥には、小さな不安が残っていた。武田たちが、自分たちの知らないどこかで、自分たちの知らない何かに、向かっている。その気配だけが、伝わってくる。何に向かっているのかは、見えないまま。




