第58話 昔のポヨンヌ
今回も遺跡に行くのは、前と同じ7人だった。桃矢、麗華、陽翔、朽名、山田さん、川原さん、中嶋さん。高橋は今度も「ポヨンヌたちのマフラーを作りながら待ってます」と言って、拠点に残った。
前回との違いは荷物だった。今回は沢山の写しを持ち帰るため、布をありったけ持った。中嶋さんは「今度は、奥の奥まで見てくる」と言って、いつもの布のメモ帳を何冊分も用意していた。
ルウとミウがまた半日手前まで送ってくれた。前と同じ草原の端で、ルウは足を止めた。
『気をつけて。何があっても、急がない』
「はい」と桃矢は答えた。
岩山が近づいても、桃矢たちは特に何もは感じなかったが、肩のボルンたちは、震えるように、光の強弱を繰り返していた。
その日は、遺跡の前で野営の準備をして終わった。中に入るのは翌日からだ。中は想像していたより広い。中途半端な時間に入るより、朝からタップリと時間をかけて中を探索した方が良いことを前回の探索で学んでいた。
マジ暗の中、焚き火を囲んでいた。
「7つ目の記号が、光で正解だといいんだがな」と中嶋さんが言った。
「明日、確かめましょう」と桃矢は言った。
みんな明日からの遺跡探索に思いを馳せていた。
翌日、7人は遺跡に入った。
入口をくぐると、すぐに暗くなった。7人の肩や頭の上で、ボルンたちの淡い光だけが、ぼんやりと灯っている。
通路を進むと、前回も来た中央の広間に出た。4方に通路が伸びている。前回、桃矢たちが入ったのは、一番右の通路、あの地図の壁画があった部屋だ。
「どうする?」と川嶋さんの声に中嶋さんが「まずあの部屋に戻りましょう。実際の壁画を再度、光記号を確かめた方が良い」
一同は右の通路を進み、壁画の部屋に着いた。
大陸の地図。そして、絵のそばに彫られた、小さな記号。
桃矢は肩のボルンを、2つの太陽の絵のそばに近づけた。身を寄せて、照らす。大きい円と小さい円、それぞれの直ぐ横には、それぞれを表す記号がある。そして、その近くには、もう1つ、繰り返し出てくる記号があった。バスの中で、光ではないかと推測した、あの記号だ。
「中嶋さん。やっぱり、太陽の文字のそばに、この記号がいつもあります」
中嶋さんは布のメモと見比べていた。長いこと、じっと見ていた。
「断定は出来ん。太陽に関係する言葉、というところまでしか言えん。光、かもしれんし、昼、かもしれん。暖かい、かもしれん。今はそれを確かめる手立てがない」
「確かめる手立てか」と山田さんが言った。
「同じ記号が、太陽以外の意味の分かる絵のそばにも出てくれば」と中嶋さんは言った。「その2つに共通する意味を探せる。でも、今はまだ、太陽のそばでしか見ていない。1か所だけでは、判断できん」
桃矢は、唇を噛んだ。
たった1つの文字の意味を確かめるのにも、これだけの慎重さがいる。素人の自分たちには、辞書も、先生も、答え合わせをしてくれる相手もいない。ただ、目の前の壁に刻まれたものだけが頼りだった。
壁画の部屋の奥には、さらに通路が続いていた。
前回は、ここで引き返した。今回は、その先へ進む。
通路は、途中で1度、崩れていた。天井の石が落ち、瓦礫が道を半分ほど塞いでいる。陽翔と山田さんが、手で石をどかした。何千年もそこにあった石は、見た目より重く、なかなか動かなかった。汗をかきながら、少しずつ、人が通れるだけの隙間を空けた。
「ゲームなら、ここでスイッチを探すんだけどな」と陽翔が、息を切らしながら言った。
「現実は、地道に石をどかすしかないんだよ」と山田さんが言い返した。
瓦礫を越えると、空気が変わった。冷たくなった。ボルンの光が、いっそう小さくなった。
その先にも部屋があった。
これまでの部屋より、ずっと広かった。肩のボルンの光だけでは、壁の端まで届かない。しかも、弱った光では、散らばればますます心もとなくなる。だから7人は、できるだけ身を寄せ合い、肩のボルンたちを一か所に集めるようにして、壁に近づいていった。
壁一面に、文様が刻まれていた。
さっきの部屋の文様より、さらに密度が高い。隙間なく、上から下まで、記号が刻み込まれている。
「これは……すごい量だ」と中嶋さんが、声を落として言った。「ここが、本当の本文かもしれん。さっきの部屋が表紙だとしたら、ここが、中身だ」
無数の記号。その中に、知っている文字がいくつか混じっているのが見えた。ポヨンヌの文字。エボンヌの文字。アカとシロの文字。そして、あの光かもしれない記号。
でも、それ以外は、まったく読めなかった。
読めない文字の海の中に、知っている小島が、ぽつり、ぽつりと浮かんでいる。その島と島の間に、何が書かれているのか。桃矢には、見当もつかなかった。
「写しましょう」と川原さんが言った。「とにかく、全部写して、考えるのは後」
それから、3日間写し続けた。
たった一面の壁の文様を写すだけで、3日もかかった。元々ボルンの光は弱く、長く中にいると、ボルンの光はさらに弱くなる。だから、1日に中にいられる時間は、限られていた。アカが昇っている間に入り、ボルンが弱る前に出る。その繰り返しだった。
外に出ると、全員、目が疲れていた。暗い中で、細かい記号を見続けたせいだった。
写した布が大量にあった。野営地に並べると、壁一面の文様が少しずつ、地面の上に再現されていった。
「ゲームの古代文字解読は、もっと簡単だったな」と陽翔が、ぽつりと言った。「翻訳アイテムがなくても、何回か試行錯誤すれば、ヒントが出た」
「現実には、ヒントを出してくれる人がいないからな」と中嶋さんが言った。「自分で、ヒントを見つけるしかない」
「見つかりますかね」と山田さん。
「分からん」と中嶋さんは正直に言った。「でも、地球で古代文字を解読した学者たちも、最初は、こうやって途方に暮れたはずだ。何年も、何十年もかけて、少しずつ解読した。私たちには、そんな時間はないが……それでも、やるしかない」
桃矢は写しを見つめていた。
教室で解いてきた問題なら、どんなに難しくても、必ず答えがある。解けないだけで、答えはある。でも、これは違った。答えがあるのかどうかすら、分からない。読めるという保証がどこにもない。
手がかりは、思いがけないところにあった。
4日目、川原さんが本文の部屋のまだ写していない壁を見ていたときのことだった。
それまで、文字ばかりに気を取られていた壁の下の方。川原さんが身をかがめ、肩のボルンごと足下の壁に顔を寄せると、そこにも絵があった。
情景を描いた絵だった。壁画の部屋の地図とは違う。何かの場面を描いた絵が、足下の壁に横長にずっと続いていた。
「これ……物語みたいになってる」と川原さんが言った。「トルコの神殿でも、こういうのを見たわ。壁にずっと絵が続いていて、右から左へ、順番に話が進んでいくの。神話とか王様の業績とか」
桃矢は肩のボルンとともに壁づたいにかがみながら移動して、その絵を端から順に見ていった。
最初の絵には、ポヨンヌがいた。ずんぐりとした、四角い頭の姿。何体ものポヨンヌが描かれていた。
でも、様子がおかしかった。
ポヨンヌたちが、互いに手を上げていた。1本しかない指で、相手を突くように。あるいは組み合うように。何体かは倒れていた。倒れたポヨンヌの上に、別のポヨンヌが乗っている。
「……なに、これ」と朽名が、隣で小さな声を出した。「ポヨンヌさんが……ケンカしてる?」
桃矢はその絵を何度も見直した。
見間違いであってほしかった。でも、何度見ても同じだった。
ポヨンヌが、ポヨンヌを、傷つけている。
桃矢の知っているポヨンヌは争いを知らない。そういう概念すら、持っていない。誰かが困っていれば支え、悲しいことがあれば寄り添う。怒ることも、恨むこともない。それが、ポヨンヌだった。
なのに、この絵の中のポヨンヌは違った。表情までは簡略な絵では分からない。でも、その姿勢が、動きが明らかに争っている事を表していた。
「待ってください」と山田さんが言った。「これ、本当にポヨンヌですか。似てるだけで、別の何かかもしれない」
「確かめよう」と中嶋さんが言った。「絵のそばにポヨンヌの文字があるか」
全員でその絵の周りに集まった。ボルンたちの光が寄り集まって、その一画をぼんやりと照らし出す。
あった。倒れたポヨンヌたちの上の方に、小さな記号が刻まれている。
ポヨンヌの文字だった。前回確定した、あの記号。
間違いなかった。この絵に描かれているのは、ポヨンヌだ。
「ポヨンヌが……」と麗華が言葉を探すように言った。「昔は争っていた……?」
「そう読める」と桃矢は言った。自分の声が少し掠れていた。
絵は続いていた。
争うポヨンヌたちの場面のその右側。みんなは、膝をついたまま、ゆっくりと壁づたいに移動した。
次の場面では、空の情景が描かれていた。
アカとシロがある。そして、空から地上のポヨンヌたちへ向かって、無数の細い線が降り注いでいた。
光だ、と桃矢は思った。
その光を浴びたポヨンヌたちの場面は、さらに続いていた。
争っていたポヨンヌたちが、光の下で変わっていた。手を上げる姿は、もうなかった。倒れる者もいなかった。ポヨンヌたちは、寄り添うように並んで立っていた。穏やかに。今のポヨンヌのように。
桃矢は、その絵の前で動けなくなった。
争うポヨンヌ。降り注ぐ光。穏やかなポヨンヌ。三つの場面が、順に並んでいた。
まるで、こう言っているようだった。昔、ポヨンヌは争っていた。そこに、光が降った。そして、ポヨンヌは穏やかになった。
「光が……ポヨンヌを変えたっていうの?」と川原さんが呆然と言った。
以前、バスの中であの本文を読み解こうとしたとき見た、あの文字の並び。ポヨンヌ、光、読めない文字、読めない文字。あれは、これのことだったのかもしれない。光が、ポヨンヌに、何かをした。そしてポヨンヌが変わった。
この情報を元に、その絵のそばの文字を、桃矢たちは必死に解読しようとした。
でも、だめだった。
ポヨンヌの文字。光らしき文字。その2つは、確かに、絵のそばの文章の中にあった。でも、その間を埋める文字が、まったく読めない。光が、ポヨンヌを「変えた」のか、「鎮めた」のか、「分けた」のか、「奪った」のか。動きを表す言葉が、1つも読めなかった。
いちばん肝心なところが、読めなかった。
「もどかしいな」と陽翔が、壁を見上げて言った。「絵を見れば何が起きたかは、なんとなく分かる。でも、詳しいことは文字が読めないと、分からない」
「自然に、そうなったのか」と中嶋さんが、低い声で言った。「それとも、誰かが、そうしたのか。それすら、分からん」
その夜、桃矢は1人で考えていた。
あの絵を思い出していた。喧嘩しているようなポヨンヌ。倒れたポヨンヌ。
ポヨンヌは、生まれつき優しいのだと桃矢は思っていた。争いを知らない、穏やかな種族なのだと。でも、もしかしたら違うのかもしれなかった。昔のポヨンヌは争っていた。傷つけ合っていた。今の穏やかさは、生まれつきのものではなく、光を浴びて変わった結果なのかもしれない。
桃矢は、ふと、自分たちのことを思った。
地球では、喧嘩、争い、戦争、互いに傷つけ合うことは日常茶飯事だ。日常社会でも争いは常にある。受験、商売など、常に人は争っている。
昔のポヨンヌと自分たち人間。重なって見えた。
もし、ポヨンヌが争いを忘れて穏やかさを掴んだのなら、人間も同じ事が出来るのだろうか。武田たちも。あるいは、自分たちも。
ただ、分からないことが多すぎた。光が何をしたのか。誰かが、それをしたのか。ポヨンヌは、本当に変わったのか。
読まなければならない、と思った。この続きを。誰が、何のために、ポヨンヌを変えたのか。その答えが、まだ読めていない文字のどこかにあるはずだった。




