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いつもの市バスは、異世界行き  作者: チーム エボンヌ
第三章 対立編

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第57話 6つの単語

 バスの中は布だらけになっていた。

 窓や車体の壁に、遺跡で写してきた布切れがぎっしりと貼られていた。外の石柱の文様。奥の部屋にあった、びっしりと刻まれた文様。そして、あの壁画、大陸を俯瞰した地図と点在する12の四角い印。

 桃矢たちは、バスを「解読の部屋」と呼ぶようになっていた。

 遺跡から戻って、もう何日も経っていた。中嶋さんと川原さんが中心になって、毎日のように布とにらめっこをしている。桃矢も、村に通う合間にできるだけここに顔を出すようにしていた。

 武田たちは遺跡で何を見て、何を得たのか。武田たちが得たものが分からない以上、今は、この文様と壁画の意味を解くしか無い。でも、文様は、いつまで経ってもただの文様だった。

「お手上げだ」と山田さんが、布の前で大の字になった。「いくら眺めても、ただの模様にしか見えん」

「気持ちは分かる」と中嶋さんが、苦笑しながら言った。「だが、これは文字だ。文字である以上、必ず意味がある。読めないのは、こちらに鍵がないからだ」

「鍵、ですか」と桃矢は聞いた。

「地球で、未知の古代文字が解読された時の話だがな」と中嶋さんは、布にメモを取りながら言った。「エジプトの象形文字も、長いこと誰も読めなかった。それが読めるようになったのは、ある石が見つかったからだ。同じ文章が、エジプト文字と、すでに読めるギリシャ文字の、両方で書かれていた石だ」

「ロゼッタストーンですね」

「両方の文字で同じ事が書かれていたから、突き合わせて読めたんですね」と麗華が言った。

「そうだ。片方が読めれば、もう片方も読める。意味の分かっているものと、分からないものを、並べる。それが鍵になる」

 中嶋さんは、布の海を見渡した。

「だが、私たちにはその鍵がない。この文様に対応する、意味の分かる文章が、どこにもないからな」

 意味の分かっているものと、分からないものを、並べる。

 桃矢は貼られた布を、1枚ずつ、ゆっくりと見て回った。

 外の石柱の文様。奥の部屋の文様。そして、壁画の地図。

 桃矢は、地図の前で足を止めた。

 大陸が俯瞰で描かれている。草原。森。川。山。2つの太陽、アカとシロ。ずんぐりとしたポヨンヌたち。そして、その中にはエボンヌらしき姿もある。

 この絵は読める。山の絵は、山だと分かる。川の絵は、川だと分かる。太陽の絵は、太陽だ。絵の意味は分かる。

 なら、これが、鍵になるんじゃないか。

 桃矢は地図の写しに、顔を近づけた。山の絵のすぐそばに、小さな記号が添えられているのに気づいた。川の絵のそばにも、別の記号がある。太陽の絵のそばにも。

 それぞれ絵には、違う記号が付けられている。

 桃矢の鼓動が、少し速くなった。

「中嶋さん」と桃矢は言った。「ここ、絵のそばに、記号が書いてあります」

 中嶋さんが布の前に来た。川原さんも寄ってきた。

「本当だ」と中嶋さんが言った。「気づかなかった。地図に気を取られて、こんな細かいところまで見ていなかった」

「絵が何を指しているか、分かりますよね」と桃矢は言った。「山の絵。川の絵。太陽の絵。だったら、そのそばの記号は」

「その絵の名前かもしれない」と川原さんが、息を呑むように言った。「『山』っていう絵のそばに、『山』っていう文字が書いてある。そういうことかもしれない」

「これが、鍵だ」と中嶋さんが、低い声で言った。

 そこからは、早かった。

 桃矢たちは、地図の絵と、そのそばの記号を、1つずつ突き合わせていった。

 山の絵のそばの記号。これは、たぶん「山」。

 川の絵のそばの記号。これは、たぶん「川」。

 2つの太陽の絵のそばには、2つの記号が並んでいた。大きい円のそばに1つ、小さい円のそばに1つ。アカとシロ。2つの太陽を表す、2つの文字。

 ポヨンヌの群れのそばにも、記号があった。ずんぐりとした、四角い頭の姿。見間違えようがない。ポヨンヌだ。この記号は、たぶん「ポヨンヌ」だ。

 そして、ポヨンヌの群れの中に混じった、細長い姿のそばにも記号があった。ポヨンヌのものとは、違う記号だった。その記号は「エボンヌ」だろう。

「これで、いくつかの文字の意味が分かったことになる」と中嶋さんが言った。「山、川、アカ、シロ、ポヨンヌ、エボンヌの6つだ」

「たった6つ、ですけどね」と山田さんが言った。

「6つも、だ」と中嶋さんが、首を振った。「0が6になった。これは大きい」

 陽翔が奥の部屋の文様の写しを、引っ張り出してきた。

「だったら、こっちだ」と陽翔が言った。「奥の部屋の文様。あれは『本文』だって、中嶋さんが言ってただろ。さっき分かった6つの文字が、本文の中にも出てくるかもしれない」

「探してみよう」と桃矢は言った。

 全員で、奥の部屋の文様を目で追った。

 が、直ぐに陽翔が根を上げた。無理だよこれ。記号が多すぎる。

 川原さんが、1人づつ、担当の記号を決めて探すことにしましょう。その方が探しやすいし、集中できる。桃矢は「アカ」、陽翔が「川」、山田さんが「山」、麗華が「シロ」、朽名が「ポヨンヌ」、川原さんが「エボンヌ」を担当することにした。

 最初に見つけたのは、朽名だった。

「あ、これ!」と朽名が布を指さした。「この記号!さっきの、ポヨンヌの記号と同じ形!」

 桃矢が覗き込むと、確かに、同じ形だった。ポヨンヌを表す記号が、密度の高い文様の中に混じっていた。

「本当だ」と桃矢は言った。「ここにポヨンヌがある」

 そこからは、宝探しのようだった。

 山の文字。川の文字。2つの太陽の文字。ポヨンヌの文字。みんなで分担したことで、効率よく本文の中から、文字を探し出していった。見つけるたびに、誰かが声を上げた。朽名がいちばんよく見つけた。「あった!」「ここにも!」という朽名の声が、バスの中に何度も響いた。

 その明るい声を、陽翔は布から顔を上げて見ていた。少しだけ、笑っていた。

 マジ暗が近づく頃には、本文のあちこちに、知っている文字が点々と、印を付けられていた。

 桃矢はその印の散らばり方をじっと見た。

 夜空に星座を探すときと、同じ目だった。ばらばらの点の並びから、隠れた形を読む。点と点の間にある、線を読む。

「同じ文字が固まってる場所がある」と桃矢は言った。

「どういうことだ」と山田さんが聞いた。

「ここ」と桃矢は本文の一角を指した。「ポヨンヌの文字とエボンヌの文字が近くにある。ポヨンヌとエボンヌのことが、まとめて書かれている場所なんだと思う」

 全員がその一角を見た。

 ポヨンヌを表す文字と、エボンヌを表す文字。この2つが何度も、近くに現れている。その間には、まだ読めない文字がたくさん挟まっている。

「ここには、ポヨンヌとエボンヌのことが書かれてる」

「この古い文明は、二つの種族のことをわざわざ記録に残したんだ。何を書き残したのかは、まだ分からないけど」

 その晩、桃矢たちは読めた文字だけを使って、本文の一部をたどってみることにした。

 無謀な試みだった。分かっている文字は、たった6つ。間を埋める言葉は全く読めない。それでも、点と点を結べば何かが見えるかもしれなかった。

 桃矢が読めた文字を、順に拾っていった。

 ポヨンヌ(読めない)(読めない)エボンヌ(読めない)

 そこまでで、桃矢は止めた。

 その時、見覚えのある記号が目に留まった。さっき、アカの文字を探していたときに何度か見た記号だった。アカそのものではない。アカの文字のすぐそばに、いつもあった、この記号。

「中嶋さん」と桃矢は言った。「この記号をアカの文字の近くで何度も見ました。これも、何か意味があるんじゃないですか」

 中嶋さんが写しを見比べた。

「確かに、アカの文字とよく一緒に出てくる。アカに関係する言葉……光とか。あくまで、推測だが」

「光」と桃矢は繰り返した。

 もし、それが光だとしたら。

 桃矢は本文のポヨンヌとエボンヌのことが書かれた一角をもう一度見た。

 その光らしき文字が、そこにもあった。ポヨンヌの文字のすぐ近くに。

 ポヨンヌ、光、(読めない)(読めない)

 桃矢はその並びをじっと考えた。

 ポヨンヌと光。

 ポヨンヌは、複合光と共に生きている。複合光で体が癒える。ポヨンヌの友達のボルンも、元は複合光だ。ポヨンヌと光が近くに書かれているのは、不思議ではない。

 でも、その先に続く、読めない文字が、桃矢は気になった。

 まるで、何かを説明しているような並び方だった。昔、ポヨンヌは光とこうだった。あるいは、ポヨンヌに光がこうした。そういう、文章の形に見えた。

 でもこれは推測に過ぎなかった。と言うより今の段階では想像にすぎない。

「これ以上は、無理。分かる文字が少なすぎる」

「でも、ここまで来ただけすごいよ」と麗華が言った。「読める文字が見つかっただけでも」

 桃矢は頷いた。

 7人は一度バスを出た。記号と格闘した後の外の空気は美味かった。火を囲んで今日の成果をみんなで共有した。

 川原さんが「今ある写しだけではもう限界かもしれない」と空を見上げながら言った。

 確かに遺跡で写してきたのは、本文のほんの一部だった。ボルンの光だけを頼りに、限られた時間で写したものだ。写しきれなかった部分が、まだたくさんある。

 解読を進めるには、もう1度、あの遺跡に行くしかない。

 桃矢は、みんなの顔を見回してから提案した。

「もう1度、あの遺跡に行きませんか?」

 中嶋さんが「そうだな。前回は遺跡の一部しか見てなかったからな」といって麗華を見た。麗華もうなずいた。「行くしかないわね」

 こうして、もう1度、あの遺跡に行くことが決まった。


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