第56話 偵察
武田たちの活動範囲は、日に日に広がっていた。
声の指示だった。
《この大陸をもっと知る必要がある。地形を。遺跡の位置を。そして、もう1つのグループの動きを》
「もう1つのグループ」
武田はその言葉に、引っかかりを覚えた。
《あなたたちと同じ、空から来た者たちがいる。彼らも遺跡を探っている》
武田はそれが誰のことか、すぐに分かった。
麗華たちだ。
武田は自分の仲間のことを冷静に分析していた。
9人の仲間。だが、戦力として数えられるのは、限られていた。
石原と田崎。この2人は、武田に忠実で、武器を扱うことを厭わなかった。声から得た知識で作った槍を、すでに使いこなし始めていた。
斉藤、太田、鈴木。この3人は、まだ高校生の女子だった。食料の管理や拠点の整備はこなすが、争いごとには使えない。
大沢。医学部生で知識はあるが、気が優しすぎた。自分のやり方に、最近では少し不満そうな様子を見せていた。
そして、小林。マナが死んで以来、ずっと塞ぎ込んでいる。みんなと話そうともしない。
山崎。親友と言ってもいい存在だが、最近は自分のやり方に疑問を持っている様だ。ことある毎に止めようとしている。
実際に武田の手足となって動けるのは、石原と田崎の2人だけ。それが、今の現実だった。
しかし、武田は焦らなかった。人数の少なさを、知恵と道具と、声の力で補うつもりだった。
《数は問題ではない》
声が言った。
《時が来れば、もっと根本的な力をあなたに与えることもできる》
武田はその言葉を疑わなかった。声が言うなら、それは本当なのだろうと思った。これまで、声の言うことはすべて正しかった。
その時、この声は麗華とも接触しているのではないかと思った。
「麗華達にも声をかけているのか」
《あなただけだ。私が必要としている力を持っているのはあなただけ。優しさしか待たない者は必要ない》
武田は、しばらく黙っていた。
麗華たちは、武田のやり方を決して受け入れない。もし、武田の「仕事」が、麗華たちの理想と相容れないものだったら。
その時、麗華たちは、邪魔になる。
武田は拠点に戻ると、石原と田崎を呼んだ。
「バスのところに行って、麗華たちの様子を探ってこい」
「人数。食料の状況。武器を持っているか。エボンヌと接触しているか。できるだけ詳しく見てこい。ただし、気づかれるな」
石原と田崎は、顔を見合わせたが、2人は直ぐに出かけた。武田の言うことは絶対だった。
山崎が武田のところに来た。
「武田。石原と田崎を、どこに行かせた」
「偵察だ」
「どこの」
武田は、少し間を置いてから答えた。
「麗華たちのところだ」
山崎の表情が変わった。
「なんで、麗華たちを偵察するんだ」
「確認しておきたいことがある」
「確認って、何を」
武田は答えなかった。
山崎は武田の顔をじっと見ていた。それから、低い声で言った。
「武田。お前、まさかとは思うが、麗華たちを敵だと思ってるのか」
武田はすぐには答えなかった。
「まだ、分からない」と武田は言った。「だから、確認する」
「それは、敵かもしれないと思ってるってことだろ」
武田は山崎を見た。山崎は怒っていた。
「山崎」と武田は言った。「俺は、みんなを地球に帰す方法を見つけた。そのために、やらなきゃいけないことがある。もし、麗華たちがその邪魔になるなら」
「邪魔になるなら、どうするんだ」
武田は答えなかった。
山崎はしばらく武田を見ていた。それから、絞り出すように言った。
「武田。俺たちは小学校からの友達だ。お前のことは、誰よりも知ってるつもりだ。お前が強い人間だってことも、決断できる人間だってことも。でも、これだけは言わせてくれ」
山崎は一歩、武田に近づいた。
「麗華たちは、敵じゃない。同じ星に放り出された、同じ人間だ。地球に帰りたいのも、同じだ。それを、敵だなんて思うな。頼む」
武田は、山崎の言葉を黙って聞いていた。
「考えておく」と武田は言った。
それは答えではなかった。山崎にもそれが分かっていた。
山崎が立ち去った後、武田の頭の中に、また声が響いた。
《あの男は、やはり邪魔になる》
「山崎は、俺の友人だ」
《友人だからこそ、厄介だ。彼は、これからもあなたを止めようとするだろう。あなたが進もうとするたびに》
武田は答えなかった。
《正しさは、時に目的の妨げになる。あなたはそれを知っているはずだ》
麗華の言葉が、また、頭の中で響いた。やさしさを捨てた瞬間に、人間じゃなくなる。
武田はその言葉を振り払った。
数日後、石原と田崎が戻ってきた。
「見てきました」と石原が言った。「あいつら、まだあのバスを拠点にしていました」
「人数は」と武田が聞いた。
石原は少し言いにくそうにした。
「それが……俺たちが別れた時より、1人、減ってるみたいでした」
武田の眉がわずかに動いた。
「減ってる?」
「ええ。あの銀行員の女の人、たしか今泉さんでしたっけ。あの人の姿が、見当たらなくて。他のメンバーは、全員いたんですが」
武田はしばらく黙っていた。
今泉。麗華の側に残った、大食漢の女性。あの女がいない。死んだのだろうか。あれだけ「全員を守る」と理想を掲げた麗華のグループでも、犠牲は出ていた。麗華の理想も完璧ではなかった。やはり、きれいごとだけでは、この星を生き延びる事は出来ない。
武田は「やはりな」と独り言のように呟くと「他には」と聞いた。
「食料は、豊富そうでした。ポヨンヌ。たぶんあれがポヨンヌだと思いますが、そいつらとかなり親しくしてるみたいで。武器は……見当たりませんでした。あいつら、のんびり暮らしてる、そんな感じでした」
武器を持っていない。のんびり暮らしている。
武田は、その情報を頭の中に刻んだ。
「ポヨンヌはどんな感じだった」
「マナと違って服はきてないし、体の横幅は大きくて、なんだか野生動物が立って歩いてるみたいな感じでした」
「ポヨンヌは脅威になりそうか」
「動きは遅いし、トロそうな感じでした。あんなの俺たちなら簡単に仕留められる」
武田は頷いた。
「分かった。ご苦労だった」
石原と田崎が下がった後、武田は1人佇んでいた。
麗華たちは武器を持たず、ポヨンヌと親しくし、平和に暮らしている。今泉という犠牲を出しながらも、まだ理想を掲げて生きている。
今の麗華たちなら、これからする「仕事」の障害になることはないだろう。仮に麗華がまた立ち塞がったとしても、みんなを地球に帰すため、前へ進むつもりだった。




