第55話 不安
桃矢たちは、相変わらず穏やかな日々を過ごしていた。
写してきた地図の解読は、少しずつ進んでいた。中嶋さんと川原さんが中心になって、点在する印の位置関係を整理し、地形との対応を考えていた。
桃矢は毎日、ポヨンヌの村に通っていた。
ルウと過ごす時間は、桃矢にとって、心が落ち着くひとときだった。ルウは穏やかで、急がず、一緒にいるだけで、桃矢の心は安らいだ。
高橋は相変わらずマフラーを編んでいた。多くのポヨンヌが順番を待っていた。
朽名はハナやユウと笑い合っていた。陽翔は、そんな朽名を少し離れたところから見ていた。
平和だった。
しかし、ある時、その平和な日々に影が差した。
数日後、ネイが村に来た。
以前、高橋に布の端切れを贈ってくれたエボンヌだった。桃矢たちが村に行くと、ネイが先に来ていて、ルウと何かを話していた。
桃矢たちに気づくと、ネイはゆっくりと近づいてきた。そのハラシロは、いつもと違って光らなかった。
「ネイ、久しぶりです」と桃矢が言った。「何かあったんですか。元気がないみたいだけど」
ネイは、しばらく桃矢を見ていた。それから、静かに言った。
『私の仲間が死んだ』
「仲間……」
『マナという。私と同じエボンヌの行商人だった。長い付き合いだった』
ネイが悲しんでいるのが、伝わってきた。
「どうして、亡くなったんですか」
ネイは少し間を置いてから話し始めた。
『マナは空から来た者たちと、商売をしていた。あなたたちとは違う、別の群れと』
桃矢の胸が、ざわついた。別の群れ。武田たちのことだ。
『その者たちとマナは、昔の建物に行ったようだ。私たちエボンヌは、ポヨンヌよりも昔の建物に耐性があり、近くまではいける。でも中には入らない。昔、1人のエボンヌが中に入ったが、出て来なかった。だからエボンヌは古い建物を禁忌の場所としてそれ以来、近づかない。でも、マナは行った』
「そこで、何があったんですか」
『分からない。ただ、マナは2度と戻ってこなかった。後になって、古い建物の近くに、石を積んで葬られているのが見つかった。空から来た者たちが、そうしたのだと思う』
桃矢は、言葉を失った。
武田も遺跡に行った。しかもマナの案内で。そして、マナはその遺跡で死んだ。
桃矢たちが行ったのとは、別の遺跡だろう。でも、同じ遺跡群。
武田たちは、あの遺跡の中で何を見たのか。何があったのか。何を得たのか。
そして、桃矢の頭に嫌な考えがよぎった。マナの死に、武田たちが関わっているのではないか。禁忌の場所に無理やり連れ込んだのではないか。あるいは、用が済んだから、口を封じられたのではないか。
桃矢は、その考えをすぐに打ち消そうとした。証拠は何もない。マナは別の理由で命を落としたのかもしれない。武田たちは、ただ亡骸を弔っただけかもしれない。決めつけてはいけない。
でも、麗華の言葉が頭の中で響いていた。武田は、目的のためなら非情になれる。
桃矢の中で、点と点がつながり始めていた。つなげたくない点と点が。
麗華がネイに聞いた。
「彼らは、遺跡で何を見つけたか、分かりますか」
『分からない』とネイは答えた。『遺跡で何があったかは、マナ本人にしか分からない。ただ、遺跡へ発つ前、マナは私に1つだけ言っていた』
「何を」
『「あの群れには、何か嫌な色を感じる。肉を食べているからかもしれない」と』
桃矢と麗華は、顔を見合わせた。
嫌な色。マナは遺跡に向かう前から、武田たちの変化を感じ取っていたのかもしれなかった。そして、その予感を遺したまま、戻らぬ人となった。
「ネイ」と桃矢は言った。「マナさんのこと、残念です。あなたの大切な仲間だったんですね」
ネイのハラシロが、ふわりと光った。弱い光だったが、確かに温かかった。
『そう。マナは、いいやつだった』
しばらく、誰も何も言わなかった。
ルウのハラシロが、静かに光っていた。ポヨンヌは争いを知らない。死を悼むことはあっても、誰かを恨むことはない。ただ、失われたものを、静かに悲しむ。その悲しみが、その場に静かに満ちていた。
帰り道、桃矢は陽翔と並んで歩いた。
「なあ、モモ」と陽翔が言った。「武田たちは、遺跡で何を見つけたのかなぁ。それは、俺たちと同じものなのかな」
「分からんな。でも、何か嫌な予感がする」
「俺も」
陽翔は少し黙ってから言った。
「ゲームでこういう展開、よくあるよな。古代遺跡の力を得たプレイヤーが、だんだん変わっていく。最初はいいやつだったのに、力に飲まれて、敵になる」
「ゲームの話だぞ」
「分かってる。でも、フィクションって、案外、本質を突いてることがある」と陽翔は言った。「力を得た人間が、どう変わるか。それは、ゲームでも現実でも、そんなに変わらないんじゃないか」
桃矢は、その言葉を否定できなかった。
武田はもともと強い人間だった。決断力があって、迷わない。そして、目的のためなら非情にもなれる。その武田が遺跡で力を得たとしたら。
もし、その力が武田の非情さを後押しするものだったら。
桃矢の胸の奥が、また、ざわついた。
その夜、桃矢は一人で写してきた地図を眺めていた。
大陸に点在する遺跡の印。1つだけ違う、特別な印。
桃矢たちは遺跡に行った。そして、地図を得た。
武田たちもどこかの遺跡に行った。彼らは何を得たのだろう。
桃矢は麗華の言葉を思い出した。武田は目的のためなら非情になれる。
もし、武田の目的と桃矢たちの目的がぶつかったら。
その時、何が起きるのか。
桃矢には、まだ分からなかった。実は何の心配も要らないのかもしれない。ただの杞憂だと思いたかった。




