第51話 また来ようね
朽名結菜は、人と仲良くなるのが得意だった。
初対面でも、すぐに打ち解けた。相手がどんな人でも、いいところを見つけるのが上手かった。怖そうに見える人も、話してみると優しかったりする。無口な人も、よく見ると面白い表情をしていたりする。結菜は、そういう発見が好きだった。
幼稚園の頃から、結菜の周りにはいつも人がいた。誰かが泣いていると、結菜は自然とそばに行った。何を言うわけでもなく、ただ隣に座った。それだけで、泣いていた子が落ち着くことがあった。結菜は、人の気持ちが、なんとなく分かった。今この子は寂しいんだな、今この子は怒っているんだな、と。
そして、その気持ちを言葉にするのも得意だった。
誰かが「なんかモヤモヤする」と言うと、結菜は「それって、本当は悔しいんじゃない?」と言ったりした。すると相手は「あ、そうかも」と気づいたりした。人が自分でも分からなかった感情を、結菜が言葉にして教えてあげる。そういうことが、よくあった。
結菜は、それを特別なことだとは思っていなかった。みんな、これくらいできるものだと思っていた。
陽翔と出会ったのは、高校の通学バスだった。
同じバス停から乗る、無口な男の子。最初の印象は薄かった。でも、なんとなく気にはなっていた。陽翔は、いつも窓の外を見ていた。何を考えているのか分からない、でも、考えていないわけではない。そういう顔をしていた。
ある日、結菜が本を落とした時に陽翔が拾ってくれた。「ありがとう」と言うと、陽翔は「ん」とだけ言った。それだけだった。でも、結菜は、その「ん」の中に、優しさを感じた。
それから、少しずつ話すようになった。
陽翔は、感情を表現することが上手くなかった。でも、結菜には分かっていた。陽翔は、感じていないわけじゃない。むしろ、たくさん感じている。ただ、それを言葉にするのが苦手なだけだった。
結菜は、それが愛おしかった。
陽翔が「うまく言えないけど」と言うと、結菜は「こういうこと?」と言葉にしてあげた。陽翔は「ああ、それだ」とほっとした顔をした。その顔を見るのが、結菜は好きだった。
高一の秋、陽翔から告白された。たどたどしくて、何を言っているのかよく分からない告白だった。でも、結菜には伝わった。陽翔が、自分のことを好きでいてくれること。うまく言葉にできないけれど、本気だということ。
「うん」と結菜は答えた。「私も好き」
それから、半年が経った。
バスが転移した日のことを、結菜は覚えている。
その日も陽翔と待ち合わせ、一緒にバスに乗った。窓の外を眺めている陽翔の横顔を、結菜は見ていた。何を考えているんだろう、と思いながら。
そして、光が来た。
知らない星に放り出されて、最初はみんな混乱した。怖かった。でも、結菜はこういう時こそ、いつも通りでいようと思った。怖がってばかりいても、何も良くならない。それより、誰かのそばにいて、その人を少しでも安心させたかった。
結菜はいつものように人の輪を作った。
不安そうにしている人に声をかけた。落ち込んでいる人の隣に座った。それは、結菜が地球でずっとやってきたことだった。場所が変わっても、結菜のすることは変わらなかった。
ポヨンヌたちと出会った時、結菜は心から嬉しかった。
ポヨンヌは結菜と似ていた。人見知りをしない。初対面でもすぐに打ち解ける。誰かのそばに、自然に寄り添う。結菜が地球でやってきたことを、ポヨンヌたちは当たり前のようにやっていた。
結菜はポヨンヌたちといると、自分が自分のままでいられた。
特に、ハナという桃色のポヨンヌと結菜は深く通じ合った。
ハナも受け取り上手だった。結菜が話すことを、ゆっくりと丁寧に受け止めてくれた。地球では、結菜はいつも誰かの気持ちを受け止める側だった。でも、ハナといる時は、結菜が受け止めてもらう側になれた。それが、こんなにも心地いいことだと、結菜は初めて知った。
『あなたは、誰かのそばにいることが好き』とハナは言った。
「うん」と結菜は答えた。「好きだよ」
『でも、自分のことは、後回しにする』
結菜は少し驚いた。ハナの言葉が、結菜の中の何かを、ぴたりと言い当てていた。
「……そうかも」
『たまには、自分を、いちばんにしてもいい』
結菜はその言葉を忘れられなかった。
いつも、結菜は人の気持ちを言葉にしてきた。でも、自分の気持ちを言葉にしてもらうのは、初めてだった。ハナは結菜がしてきたことを、結菜に返してくれた。
ユウという、黄緑色の小さなポヨンヌも結菜によく懐いた。
ユウは体が小さかった。ポヨンヌの中でも、特に小さい個体だった。結菜は、ユウが可愛くて仕方なかった。ユウは結菜の髪を引っ張ったり、結菜の頬に近づいたりした。結菜はそのたびに笑った。
結菜は、ユウと一緒にいる時間が大好きだった。何も特別なことはしない。ただ、一緒に座って、一緒に笑う。それだけで、結菜の心は満たされた。
ある日、結菜は陽翔と一緒に村からの帰り道を歩いていた。
アカが沈みかけて、空が橙色に染まっていた。
「ねえ、陽翔」と結菜は言った。「私、この星、好きだな」
「そうか」
「うん。なんか、ここにいると、自分が自分のままでいられる気がするの」
陽翔はしばらく黙ってから言った。
「結菜は地球でも、結菜のままだったと思うけど」
結菜は少し驚いた。陽翔がこういうことを言うのは珍しかった。
「そうかな」
「ああ。お前は、どこにいても、お前だ」
結菜は笑った。陽翔の不器用な優しさが、嬉しかった。
「ありがとう」と結菜は言った。
それから、結菜は村の方を振り返った。木々の間に、ポヨンヌたちのハラシロの光がいくつも揺れていた。
「また来ようね」と結菜は言った。「何度でも」
「ああ」と陽翔は答えた。
結菜はその約束を本気で言った。何度でも、この村に来たかった。ハナに会いたかった。ユウに会いたかった。ポヨンヌたちと、いつまでも一緒にいたかった。
その時の結菜は、知らなかった。
その約束が、果たされない日が来ることを。
マジ暗が近づいていた。
結菜は、拠点に戻る前にもう一度だけ村の方を見た。
ボルンがふわりと光った。結菜はその光を見て、微笑んだ。
「ねえ」と結菜はボルンに話しかけた。「私、幸せだなあ」
ボルンが結菜の頬に近づいた。小さな光が頬に触れた。温かかった。
結菜は目を閉じた。
地球には家族がいる。友達もいる。会いたい人はたくさんいる。早く帰りたい、という気持ちも、もちろんあった。
でも、今、この瞬間も結菜は幸せだった。
陽翔がいて、ポヨンヌたちがいて、ボルンがいる。みんな、結菜の大切な存在だった。
結菜は目を開けて、もう一度、村の光を見た。
その光景を結菜は、心に焼き付けた。なぜそうしたのか、結菜にも分からなかった。ただ、この景色をずっと覚えておきたいと思った。
また来よう、と結菜は思った。何度でも。
マジ暗の闇が、静かに辺りを包んでいった。結菜は陽翔の隣を歩きながら、その温もりを感じていた。
幸せな夜だった。
ただ、幸せだった。




