第50話 分かる
武田たちが拠点に戻ったのは、遺跡を出てから3日後のことだった。
帰り道、武田は一言も口をきかなかった。帰り道のあいだ中、あの部屋で何があったのかを聞きたがる視線は武田に集まり続けたが、武田は無視したまま歩き続けた。
拠点は、6日前に発った時のままの姿で、9人を迎えた。誰もが疲れ切っていた。武田の変化、マナの死、この6日間の間に起こったことで精神的にも疲れ切っていた。
その夜、武田は山崎を呼んだ。2人だけになれる場所だった。
「遺跡で、何があったんだ」と山崎が聞いた。
武田はしばらく黙ってから言った。
「この星に俺たちを呼んだものがいる」
「呼んだ……?」
「俺たちは、偶然ここに来たんじゃない。呼ばれた。あの遺跡の奥にいたものに」
山崎は武田の顔を見た。冗談を言っている顔ではなかった。
「それは、何なんだ」
「分からない」と武田は言った。「姿は見えなかった。声も聞こえなかった。ただ、意味だけが頭の中に直接届いた。あれが何なのかは、俺にも分からない。ただ、力を持っている。それは確かだ」
「何を言われたんだ」
武田は少し間を置いた。
「この星で、俺たちにしかできない仕事があると」
「仕事?」
「詳しくは、まだ言えない」と武田は言った。「俺もまだ、全部を理解したわけじゃない。ただ、1つ確かなことがある」
「何だ」
「協力すれば、地球に帰れる」
山崎は黙った。
地球に帰れる。その言葉の重さは、誰よりも分かっていた。みんなが帰りたがっている。家族がいる。生活がある。帰れるなら、帰りたい。それは当然のことだった。
でも、山崎の中には何か引っかかるものがあった。
「武田」と山崎は言った。「その『仕事』が何なのか、ちゃんと確かめてからの方がいいんじゃないか。地球に帰れるという言葉だけで動くのは、危険な気がする」
武田は山崎を見た。その目に、これまでとは少し違うものがあった。
「お前の言うことは分かる」と武田は言った。「だが、俺はもう決めた」
「何を、だ」
「やる、ということだ」
山崎は、それ以上何も言えなかった。
翌日から、武田は「分かる」が始まった。
最初は、狩りの場面だった。
武田たちは肉を食べるために獣を狩る必要がある。これまでは石原や田崎が罠を仕掛けたり、追い込んだりしていたが、効率が悪く、何日も獲物が取れないこともあった。
その日、武田が突然、これまでとは違う方法を指示した。
「川の上流に、獣道がある。そこに落とし穴を掘れ。深さはこれくらい、幅はこれくらいだ。底に尖った杭を立てろ。獣は決まった時間に水を飲みに来る。アカが傾き始めた頃だ。その前に隠れて待て」
石原が「なんでそんなこと分かるんですか」と聞いた。
武田は一瞬、答えに詰まった。
「いいから、言った通りにやれ」とだけ言った。突き放すような口調だった。なぜ分かるのか、武田自身にも説明できなかった。ただ、頭の中に方法が浮かんでいた。最初からそこにあったかのように。
その日の夕方、武田の指示通りの場所に落とし穴を掘り、指示通りの時間に待っていると、本当に獣が水を飲みに来た。落とし穴に落ちた。これまで何日もかけて1頭取れるかどうかだったのが、1日で仕留められた。
石原と田崎は喜んだ。「武田さん、すげえ」と石原が言った。
武田は喜ばなかった。ただ、獲物を見ていた。
山崎は少し離れたところから、その様子を見ていた。武田が「言った通りにやれ」と部下を突き放した時の、あの一瞬の戸惑い。あれは、自分でもなぜ分かるのか分かっていない顔だった。
武田の「分かる」は、その後も続いた。
雨が降る前に、空気の匂いで察知した。食べられる植物と、そうでない植物を、見ただけで区別した。道具の作り方を、誰に習ったわけでもないのに知っていた。木を削り、蔓を編み、これまで武田グループになかった道具を次々と作り出した。
グループの空気が変わっていった。
武田はもともとリーダーシップのある人間だった。しかし今は、それ以上の何かがあった。武田が言えば、獲物が取れる。武田が言えば、生活が便利になる。武田についていけば、間違いない。そういう空気が、グループの中に広がっていった。
斉藤が「やっぱり武田くんは特別なんです」と言った。太田が頷いた。石原と田崎は、武田への忠誠をさらに深めた。
ただ、全員がそうではなかった。
大沢さんが、山崎にこっそり言った。
「武田、遺跡から戻ってから変わったよね」
「そうですね」
「便利になるは、いいことなんでけど……なんか、怖い。何で武田が何でも分かるようになったのか」
「俺も同じことを感じています」と山崎は言った。
「なんか、心配というか、不安だよ」
山崎は、すぐには答えられなかった。
「分からない」と山崎は言った。「ただ、しばらく様子を見ましょう。武田がどこに向かおうとしているのか、見極めるまでは」
小林は、別のところにいた。
武田たちが活気づいていく中で、小林だけが、どこか上の空だった。マナのことが、頭から離れなかった。
最後の言葉を、覚えていた。
「よかった。ここまで連れてこれた」。「あなたに会えてよかった」。あの言葉を言って、マナは死んだ。なぜ死んだのか、分からなかった。遺跡の中で何かが起きた。それだけは確かだった。でも、それが何なのか、小林には分からなかった。
小林の肩には、まだ光の玉がいた。光の玉は遺跡を出てから、ずっと元気がなかった。光が弱い。小林が話しかけても、反応が薄い。
「ねえ」と小林は光の玉に話しかけた。「マナさん、なんで死んじゃったのかな」
光の玉は、ふわりと1度だけ光った。それだけだった。
小林は、武田グループの空気についていけなくなりつつあった。武田が力を得て、みんなが喜んでいる。便利になって、食料も増えて、生活が楽になっている。それは分かる。でも、その輪の中に小林は入れなかった。
マナが死んだことを、誰も悲しんでいないように見えた。武田も、石原も、田崎も。マナは自分たちを助けてくれた。遺跡まで案内してくれた。命を落としてまで。それなのに、誰も悲しんでいない。
小林だけが、悲しんでいた。
それが、小林をますます孤独にした。
同じ頃、桃矢たちは穏やかな日々を過ごしていた。
遺跡から戻った7人は、写してきた地図のことを少しずつ調べていた。中嶋さんが布に写した大地の絵を並べ、点在する印の位置関係を整理した。川原さんが地球の古代地図と比較しながら、縮尺の見当をつけようとした。陽翔と山田さんは、1つだけ違う印、中に記号が書き込まれた他より大きな印についてゲームの知識で議論していた。
「ゲームではこの印の所でラスボスと対決するんだ」と陽翔が言うと、「まあ、ラスボスはいないと思うけど、行ってみるしかないんじゃないか」と山田さんが答えた。
「ルウたちに聞いてみたら?」と朽名が言った。「この大地の絵、ルウたちなら何か知ってるかもしれない」
「それは思った」と桃矢が言った。「でも、遺跡は禁忌の場所だから。地図を見せたら、ルウたちが嫌がるかもしれない」
「確かに」と朽名が言った。
慎重に進めよう、ということになった。急ぐ理由はなかった。この星での時間は、ゆっくり流れていた。
桃矢は村に行き、ルウと過ごした。ルウは相変わらず穏やかだった。高橋が編んだマフラーは、普段は大切にしまわれていて、特別な日にだけ身につけるのだとルウは言っていた。それでも、マフラーがルウにとって大切なものであることは、話しぶりから伝わってきた。ポヨンヌたちは、桃矢たちを変わらず温かく迎えてくれていた。
平和だった。
ある日、桃矢はルウと並んで川辺に座っていた。
『最近、少し考えていることがある』とルウが言った。
「何ですか」
『この星に、あなたたちが来たことには、意味があるのかもしれない』
桃矢はルウを見た。
「どういう意味ですか」
『分からない。ただ、あなたたちが来てから、何かが変わり始めている気がする。いいことも、そうでないことも』
桃矢はその言葉を聞いて、自分の中の漠然とした不安が、少しだけ形を持った気がした。
「ルウも、そう感じますか」
『感じる。ハラシロが、時々ざわつく。穏やかではない何かが、遠くで動いている。そういう時、ハラシロは少しだけ、冷たくなる』
桃矢は、ルウのハラシロを見た。いつもは温かく光るその部分が、今は静かだった。
「何が起きているんでしょうね」
『分からない』とルウは言った。『でも、あなたがいる。それは、心強い』
桃矢は何も言わなかった。
遠いどこかで、何かが動いている。
その何かが、いつか自分たちも関わることになる。桃矢には、なぜかそう思えた。
桃矢は、その何かに備えなければならないと思った。何に備えるのかは、まだ分からなかったが。




