第48話 マナと遺跡へ
3日の道のりは、最初から一筋縄ではいかなかった。
マナを先頭に武田たちが続いた。武田、小林、山崎、石原、大沢、田崎、斉藤、太田、鈴木の9人。出発から半日ほどは草原と低木の間を進んでいたが、アカが中天を過ぎた頃、マナが密林の中へ踏み込もうとした。
「そっちには入れない」と武田が小林を通して止めた。「密林の中には猛獣がいる。俺たちはここに来てからずっと、密林には踏み込まない方針でやってきた。対策なしで入るつもりはない」
マナが振り返り、腰に下げていた袋の中から小さな石のようなものを取り出した。拳の半分ほどの大きさで、くすんだ深緑色の表面には細かい模様が刻まれている。
『これがあれば、獣は近づかない』とマナは言った。
「それは何だ」
『光宿り石。ボルンが好んで近づく石だ。獣はボルンの気配のある場所を避ける。だから、これを持つ者にも近づかない』
「使い方を聞いておけ」と武田が小林に言った。
『持っているだけでいい。手の中に握っておけば、獣は寄ってこない』
「山崎、お前はどう思う」
「マナも一緒だし大丈夫だろう」と山崎は答えた。「使えるなら、使った方がいい」
「行くぞ」と武田は言って、石を握ったまま歩き始めた。
マナは武田が石を握るのを見て、また前を向いた。
この石が本当は何なのか、マナは知らなかった。誰かがマナのために用意し、マナの記憶の中にそっと置いた道具だということも、知らなかった。知る術もなかった。ただ、当たり前のように持っていた。当たり前のように、差し出した。
5分経っても、10分経っても、獣は現れなかった。密林の奥へ進むにつれ、この星に来た当初に感じた本能的な恐怖感が薄れていった。「本当に来ない」「これは助かる」と石原達は驚きの声を上げていた。
武田は石を握り続けていた。何の変哲もない石に見えたが、確かに効いている。それだけで十分だった。
マナは道中、ほとんど何も話さなかった。歩くペースは一定で、迷いがない。しかし、商売の話をする時のマナとは、どこか違っていた。目の前の物を見ているようで見ていない、そんな目をしていた。山崎はその様子を感じながらも、黙って後に続いていた。
2日目の夜、焚き火を囲みながら武田が言った。
「遺跡の中では何が起きるか分からない。判断は俺がする。全員、俺の指示に従え」
誰も反論しなかった。石原が「分かりました」と言った。小林は黙っていた。
山崎だけが少し間を置いてから「危険と判断したら引き返すことも考えてほしい」と言った。
「当然だ」と武田は言った。「だが、引き返すかどうかを決めるのも俺だ」
山崎はそれ以上言わなかった。焚き火の炎が揺れた。マナは少し離れた場所で座ったまま、火を見ていた。その横顔は無表情だった。何も考えていないのか、それとも。
山崎には分からなかった。ただ、不安の種だけは燃え続けていた。
3日目の昼過ぎ、遺跡が見えた。
最初に石原が気づいた。「あれ……」と言いかけて、言葉が続かなかった。
全員が足を止めた。
岩山の裾野に、灰色の構造物が広がっていた。蔓と苔と木の根に飲み込まれかけながらも、その輪郭は確かに残っていた。入口らしき開口部が三つ。どれも大きい。成人の背丈の倍ほどの高さがある。その上部には、見たことのない文様が刻まれていた。
誰も動かなかった。斉藤と太田は「なんか、怖い」と不安げな顔をしていた。大沢が「本当に入るのかここ」とつぶやいた。
武田はじっと遺跡を見ていた。
しばらくして、武田が小林を呼んだ。
「マナに聞け。この中に古い遺物があることは確かか」
小林がマナに向き直った。
『そう聞いている』
「危険はあるか」
『私は中に入ったことがないので分からない』
武田は黙って遺跡を見続けた。山崎がそばに来た。
「どうする気だ」
「入る」と武田は言った。
「待ってくれ」と山崎は言った。珍しく、はっきりとした声だった。「中に何があるか分からない。マナも入ったことがない。今日は外から確認だけして、明日以降に判断するべきじゃないのか」
武田は山崎を見た。
「明日以降に何が変わる」
「情報が集まる可能性がある」
「マナも知らない。待っても情報は増えない」
山崎は言葉に詰まった。
「俺たちはここに遺物を取りに来た」と武田は続けた。「中に入らなければ何も始まらない。だから入る。ただし無理はしない。危険と判断したら即座に引き返す。全員、俺の指示に従え」
誰も反論しなかった。
武田はマナに向き直り小林を通して言った。「一緒に入ってくれるか」
マナはしばらく黙っていた。それから静かに答えた。
『……入る』
全員が遺跡の入口の前に立った。三つの開口部が、暗く口を開けていた。アカの光が届かない深さだった。
真ん中の入口を武田が選んだ。
「一番大きい。メインの入口だ」と武田は言った。「マナは後ろについてくれ。俺が先頭を行く」
マナが腰の袋から何かの道具のようなものを取り出し、無言で皆に渡した。手のひらほどの石が嵌め込まれていて、マナが表面を撫でると、石は内側から乳白色の光を放ち始めた。エボンヌが夜の道で使う、灯火具だった。
「……便利なものを持ってるな」と、石原が受け取りながら呟いた。
灯火具の明かりを頼りに、武田を先頭に一列で進んだ。
足音が反響した。自分の足音が遠い壁から戻ってくるような、奇妙な残響がある。石原が「なんか、耳がおかしい感じがする」と言った。温度が低かった。外との温度差で鳥肌が立っていた。
途中で通路が分岐し、左右に道が続いていた。
武田が立ち止まった。灯火具の明かりで、それぞれの入口の上部に異なる記号が刻まれているのが見えた。
「どちらだ」と武田が言った。独り言のような声だった。
誰も答えなかった。しばらくして、後ろにいたマナが前に出てきた。右の通路の入口の記号に指先を向け、小林を通して言った。
『この印は、物を収める場所を意味する。私たちエボンヌの古い文字に、似た形がある』
「遺物が収められた部屋への道、ということか」と武田が言った。
『おそらく』
「右だ」と武田は言って歩き始めた。
さらに奥へ進むと、足音が響かなくなった。自分の足音が、自分にしか聞こえていないような感じだった。
小林のボルンが肩から離れた。
初めてのことだった。光の玉はいつも肩か首の近くにいた。それが、ふわりと浮かんで小林の前方で止まった。そして、激しく光った。
「あっ」と小林が声を上げた。
「どうした」と武田が振り返った。
「光が……警告しているみたいです」と小林は言った。
武田はしばらく光の様子を見ていたが前を向き、再び歩き始めた。
「俺の判断で進む」
ボルンは、小林の肩に戻った。しかし光を弱め、縮こまったままだった。




