第45話 遺跡
岩山を回り込んだところで、全員が足を止めた。
あった。
桃矢の最初の感想は、それだけだった。
森の端、岩山の裏手に当たる場所に、石造りの構造物が広がっていた。蔓や苔に覆われ、大きな木の根が石と石の隙間に食い込んでいる。自然に飲み込まれかけながらも、その形は確かに残っていた。壁、柱、入口らしき開口部がある。どこまでが構造物でどこからが自然なのか、境界が曖昧なほど溶け込んでいたが、それでも人工物だということは一目で分かった。
高さはさほど高くは無い。2階建てのビルぐらいか。横幅は20m位。
「でかい」と山田さんが言った。それだけだった。他の言葉が出なかった。
皆はしばらく、見とれていた。
最初に動いたのは中嶋さんだった。
ゆっくりと、しかし確実な足取りで、遺跡の外壁に近づいた。石の表面に手を伸ばし、少しためらってから、指先でそっと触れた。
「石灰岩みたいだ。エジプトのピラミッドで使われている材質に似てる。でも、石の積み方が違う」
「どう違うんですか」と麗華が聞いた。
「地球の古代遺跡は、石と石の隙間にモルタルのような接着材を使うことが多い。でもここは、石同士がぴったり重なっている。隙間がほとんどない。インカのマチュピチュに近い積み方だ。いや、それより精度が高い」
中嶋さんは一歩引いて、壁全体を見上げた。
「この積み方は地震にも強い。作った者たちは、相当な技術を持っていたはずだ」
桃矢は中嶋さんの横顔を見た。いつもの穏やかな運転手の顔ではなかった。何十年もテレビで見続けてきたものが、目の前にある。その事実が、中嶋さんの全身に伝わっているのが分かった。
川原さんは少し離れたところで、壁の上部を見ていた。
「トルコの遺跡と似ているところがあるわね。エフェソスの石柱も、こういう風に蔓が絡まっていました」
そう言いながら川原さんは自分の肩を見た。ボルンが、いつもより小さく身を縮めているように見えた。
「ボルンが怖がってるみたい」と川原さんは言った。「カッパドキアの地下都市に入った時を思い出す。あそこも、何か分からない重圧があった。でもここはそれ以上よ」
陽翔と桃矢は、入口の両脇に立つ石柱の前に来ていた。
石柱の表面には文様が刻まれていた。上から下まで細かい記号や線が隙間なく刻まれている。風雨にさらされて薄くなった部分もあったが、まだ多くの部分が残っていた。
「これ、文字だよな」と陽翔が言った。
「文字だと思う」と桃矢が答えた。「規則性がある」
「あのゲームの古代文字みたいだな」と陽翔が言った。「遺跡の壁に古代文字が刻まれていて、それを解読していくのがメインクエストのひとつだったじゃないか」
「あの時は翻訳アイテムがあったから楽だったけどな。だが現実ではそうはいかない」
「でも」と陽翔は石柱を見上げながら続けた。「あのゲームで学んだことがあったよな。古代文字の解読は、同じ文様が繰り返されている部分から始めるんだ。頻度が高い記号ほど、重要な意味を持つ可能性が高い。まずそこを探す」
桃矢は少し考えてから「確かにゲームではそうだった」と言った。「でもこれは現実だぞ」
「現実でも同じ原則が通用するかもしれない」と陽翔は言った。「やってみる価値はある」
山田さんは二人の会話を聞きながら、石柱の文様を見た。確かに、規則性がある。同じような形の記号がいくつかある。ゲームの話を笑い飛ばせなかった。言っていることは的外れではない。
川原さんが「写しておいた方がいいと思います」と言って、ボールペンと布切れを取り出した。ボールペンで文様をなぞり始める。完全には写せないが、形だけでも記録する。
中嶋さんも布を拡げて、壁の別の部分を写し始めた。「二人で分担して、できるだけ多く記録しておこう」
桃矢は入口の前に立ち、中を覗き込んだ。
暗かった。アカの光が差し込んでいるが、数歩入ったところからは何も見えなくなる深さだった。冷たい空気が流れてきた。外とは明らかに温度が違う。
日が傾き始めた頃、全員が構造物の前に集まった。
麗華が「この遺跡、大きさはどれくらいあると思いますか」と中嶋さんに聞いた。
「外観から見える範囲だけでも、地球の遺跡に例えるならパルテノン神殿よりは大きい。でも内部がどこまで広がっているかは分からない。岩山に食い込んでいる可能性もある」
「岩山ごと、遺跡なのかもしれない」と山田が言った。
「なあ、モモ」と陽翔が小声で言った。
「何」
「この遺跡の中に俺たちがここに連れてこられた理由が眠ってるのかな」
桃矢は答えなかった。
「でも、あのゲームでも、プレイヤーがその世界に召喚される理由には必ず古代遺跡が絡んでいた。ゲームの話をしているわけじゃないけど、なんか、重なって見えるんだよな」
「俺も、そう思わないわけじゃない」と桃矢は言った。
「でも」
「でも今は、まだ分からないことが多すぎる。慎重に行かないとな」
「そうだな」と陽翔は言った。「とりあえず今日はここまで、か」
「そうだな」
桃矢は頷いて、もう一度遺跡を見上げた。
その夜のキャンプは、遺跡から少し離れた場所に設営した。
焚き火を囲みながら、全員で今日見たことについて話をした。中嶋さんが記録した文様を見ながら、繰り返し登場する記号をいくつか特定した。川原さんが「石の積み方に地球の遺跡との共通点があるということは、建築の原理に普遍性があるということかもしれない」と言った。山田さんが「それとも、同じ文明が地球にも影響を与えていたとか」と言った。誰も否定しなかった。
マジ暗となり、焚き火の光だけになった。
桃矢は空を見上げた。この星の星々が、信じられないほど多く輝いていた。遺跡の方向に目を向けると、暗闇の中に岩山の影が見えた。何千年、あるいは何万年も、ここにあり続けた遺跡。それを明日、最初の「外から来た者たち」として中に入る。
カイの伝承が頭の中にあった。空から光り輝く者が降りてくる。その者たちは、古い場所と深い関わりを持つ。
関わりを持つ、というのはどういう意味なのか。まだ分からない。ただ、この遺跡の中には何かがある。あってほしい。そう願う桃矢であった。




