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いつもの市バスは、異世界行き  作者: チーム エボンヌ
第二章 交流編

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第44話 伝承

 カイがその話を切り出したのは、4度目に会ったの時だった。

 広場の端に全員が集まって果実を食べながら話していた。カイはそれまでどこか考え込むような顔をしていたが、場が落ち着いたところで、桃矢に向き直った。

『あなたたちに会ったのは、最初はただ確かめたかったからだった。空から来た者が本当にいるのか、害があるのかどうかを』

 桃矢は頷いた。

『今は違う。あなたたちが何者かは理解した。信頼できる』

 桃矢はカイの目を見た。カイは続けた。

『そこで、伝えたいことがある。エボンヌの間に伝わる伝承の話だ』

「伝承?」

『空から光り輝く者が降りてくる日が来る、という言い伝えがエボンヌには昔からある。その者たちはこの星に変化をもたらす。あなたたちのことを初めて聞いた時から、その伝承のことが頭をよぎった』

 桃矢は黙って聞いた。

『さらに、その者たちはこの大陸に残された古い場所と深い関わりを持つ』

「古い場所?」

『この大陸には、誰が造ったのか分からない古い構造物がいくつか残っている』

 桃矢の隣で陽翔が少し前のめりになった。山田さんも黙って聞いている。

『石を積み上げて作られた古い建物だ。どれほど昔に作られたものか、誰も知らない。今では誰も使っておらず、多くは木々の中に埋もれている』

「遺跡みたいな物なのかな。その場所に、行ったことはありますか」

『近くまでは』とカイは答えた。

「近く? 中には入ったことは無いのですか?」

『そこは、入ってはならない場所』

 桃矢はルウを見た。ルウはカイの言葉を聞きながら、ハラシロをわずかに翳らせていた。

「ルウも知っていますか」

『知っている』とルウは答えた。『ポヨンヌも同じだ。あそこには近づかない。近づくとだんだん体が重くなる』

 山田さんが「体が重くなるって、その周りでは重力が違うのかな」と小声で言った。

『エボンヌも同じだ。ただ、体が重くなる理由は分からない』とカイが答えた。

 場所を聞いた。

 カイはここから一番近い場所の方角と目印をいくつか教えてくれた。森を抜け、草原を越え、川の上流を辿っていくと、大きな岩山が見えてくる。その岩山の裏手に、石造りの構造物がある。歩いて、この星の時間で片道およそ7日かかる。

「7日」と山田さんが繰り返した。

「遠いな」

「でも行ってみたい。伝承が正しければ、その遺跡のような所は、僕等と何らかの関わりがある場所。もしかしたらここに連れてこられた理由が分かるかもしれない」と桃矢は言った。

「そうかもしれない。でもかなり遠いし、『体が重くなる』というのも気になる」と麗華は思案げに言った。その通りだった。7日という道のり、エボンヌ達でさえ近づかない場所。伝承はあくまで伝承だ。わざわざリスクを冒してまで行く必要があるか、慎重に考える必要があった。

 麗華は拠点に戻ってから全員を集めた。

 カイから聞いた伝承と遺跡の話をした。とても古い遺跡がいくつか存在すること。エボンヌの伝承に、空から来た者たちと遺跡の関わりが語られていること。一番近い遺跡の場所は、片道およそ7日という道のり。そこに近づくと、ポヨンヌやエボンヌは体が重くなるため、中に入ったことは無いこと。

 麗華が一通り話し終えてから、桃矢は言った。

「俺は遺跡を見に行きたい。伝承を信じるならば、ここに連れてこられた理由、地球に戻るための何かが見つかる気がします」

 間髪入れずに陽翔が「行く。俺は行きたい」

「私も」と朽名がすぐに続いた。

「俺も」と山田さんが言ったところで、少し意外なところから声が上がった。

「私も行きたい」

 中嶋さんだった。

 全員が振り返った。中嶋さんは少し照れたような、でも目が輝いている顔をしていた。

「驚かせてしまったか」と中嶋さんは言った。「だが、遺跡と聞いた瞬間から、もう抑えられなくなってしまってな」

「エジプトのピラミッド、インカのマチュピチュ、カンボジアのアンコールワット。テレビで何十年も見てきた。まさかこの星でそういうものに出会う日が来るとは夢にも思わなかった。年甲斐もない、と笑ってくれて構わないが、行けるなら行きたい」

「7日の道のりですが、大丈夫ですか」と麗華が確認した。

「それが、大丈夫なんだ」と中嶋さんは言った。「この星に来てから、体の調子がずっと良くなってきていてな。最近は四十代の頃に戻ったような気分がするんだ。バスを運転していた頃より足腰が軽い。我ながら不思議だと思っているが、動けるうちに動かない手はない」

 三浦さんが「私と同じだ」と頷いた。「体が動くなら、行けるうちに行っておいた方がいい。私はさすがに行かないけど」

「ありがとう」

 はにかみながらも、中嶋さんの顔は、本当に嬉しそうだった。普段の落ち着いた運転手の顔ではなく、無邪気な子どもの様な顔だった。桃矢は、中嶋さんにこういう顔があることを初めて知った。

 つづいて、川原さんが手を挙げた。「私も行きます。大学の時、トルコで遺跡を歩いたことがあります。エフェソスとカッパドキアを回って。石造りの遺跡を実際に見た経験しかないけど、役に立てるかもしれない」

 麗華が「私も行く」と言って桃矢を見た。桃矢は頷いた。

 一橋さんが「私は足が心配だから遠慮しておくわ」と言った。大葉さんは「長田さんのそばを離れられない」と言い、葵は「沢山のポヨンヌ達が待っているから、マフラーを編みながら待ちます」と言った。

 結局、7人で行くことになった。桃矢、麗華、陽翔、朽名、山田さん、川原さん、中嶋さんだ。

 出発の準備に2日かけた。

 荷物はポヨンヌの村から分けてもらった木の実と干した果実を中心に、できるだけ軽くまとめた。川原さんが「医療品の代わりになるものを」と薬草の知識をルウに確認しながら、使えそうな葉を何種類か持参することにした。中嶋さんは布にメモを取り始めた。「道中で気づいたことを記録しながら行く。昔の番組でも、そうやって地図を作っていた」

 ルウとミウが道案内を申し出てくれた。

「一緒に来てくれるんですか」と桃矢が聞くと、ルウは少し頭を傾けた。

『途中まで。体が重くなるところまで。それ以上は、行けない』

「分かりました。ありがとうございます」

 ミウは何も言わなかったが、ハラシロをふわりと光らせた。

 森の中の道のりは、想像していたより穏やかだった。

 理由はすぐに分かった。猛獣を見かけない。

 最初の日、桃矢たちはそれに気づかなかった。2日目に、山田さんが「最初にこの星に来た頃と比べて、全然獣の気配がしないな」と言った。3日目に、陽翔が「拠点からポヨンヌの村に通う道でも、そういえば一度も遭遇しなかった」と言った。

「ルウ、この森には猛獣がいないんですか」と桃矢が聞いた。

 ルウはしばらく考えてから答えた。

『いる。でも、近づいてこない』

「なぜですか」

『ボルンがいるから』

 桃矢は肩の上のボルンを見た。小さな光が、ゆっくりと明滅している。

『この星の獣は、複合光のエネルギーを本能で感じ取る。ボルンは複合光が長い年月をかけて意思を持つに至った存在。だから獣はそれを、自分より上位の何かと感じ取って、近づかなくなる』

「本能で分かるんですね」

 山田さんが「それなら道中も安全だな」と言って、少し肩の力を抜いた。

 夜はキャンプをした。

 果実と木の実、それに道中で見つけた沢の水で食事を済ませる。焚き火を囲んで、それぞれが今日見たものを話した。複合光の届き方が森の奥に入ると変わること、見たことのない色の木々や花があること。

 4日目の夜、中嶋さんがいつものように布にメモをとりながら言った。

「遺跡というのは不思議なもんだ。作った人間がいなくなっても、残る。何千年も経って、まったく知らない別の誰かが見にやってくる。それでも残っている」

「それがロマンなんですよね」と川原さんが言った。「トルコで遺跡を歩いた時もそう思いました。何百年も前の人が踏んでいた石畳を、今自分が歩いているって」

「この星の遺跡は、何年前なんでしょうね」と朽名が言った。

「ポヨンヌがずっと長く生きる星だから、何万年前かもしれないぞ」と山田さんが言った。

「何万年前の文明が残した遺跡の中に入るのか」と陽翔が言って、少し黙った。「……俺たちがやってたゲームみたいだいな」

「ゲーム?」と川原さんが聞き返した。

「地球でやってたネトゲです」と桃矢が言った。「古代遺跡を探検して、壁の文字を解読していくゲームで。……まさか、本物でやることになるとは思いませんでしたけど」

 焚き火の明かりの中で、ルウとミウが並んで座っていた。二体のハラシロが、炎の色を映して橙色に揺れていた。

 6日目、ルウが足を止めた。

 森を抜けて草原に出てから少しのところだった。前方に、ぼんやりと岩山の影が見え始めていた。

「どうしましたか」と桃矢が聞くと、ルウはゆっくりと振り返った。

『ここまでだ。少し前から、歩くたびに重くなっていく。これ以上は進めない』

「分かりました」と桃矢は言った。「ありがとうございます。ここまで来てくれて」

 ルウは桃矢を見た。

『あなたたちには、この感覚がないか?』

「今のところはないです」そう言って麗華を見ると、麗華もうなずいた。

『そうか』少し間を置き、『気をつけて。何があっても、急がない』

 桃矢は頷いた。

 ミウが麗華のそばに来て、ハラシロをふわりと光らせた。言葉はなかった。でも、その光には確かに何かが込められていた。麗華は「行ってきます」と言って、小さく頷いた。

 7人は歩き始めた。振り返ると、草原の端に2体が並んで立っていた。ルウのハラシロが、静かに光っていた。

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