第42話 マフラー
マフラーが完成したのは、ダブりが終わり、アカだけが残る時間帯に入った頃だった。
高橋は立ち上がると、できあがったものを両手で広げた。若草色の布地に、赤い縁取り。不揃いだったが、きれいだった。機械で作ったものには出せない、手作りの温もりがあった。
「できた」
高橋の声は小さかった。それでも確かな達成感がそこにある声だった。
周りにいたポヨンヌたちのハラシロが、一斉にふわりと光った。
彼女はルウの前に行くと、マフラーを差し出した。
「受け取ってください。うまくできるか、分からなかったけど、できました」
ルウは、高橋の両手の上のマフラーを見た。そのハラシロが、静かに光り始めた。
「首に巻くものです。さっきルウが話してたやつ」
ルウは、しばらく動かなかった。それから、ゆっくりと、親指を立てたような両手で受け取った。若草色の布地を、そのてのひらで包むように持った。赤い縁取りが、ルウの橙がかった毛並みの中で、ふわりと映えた。
『あなたが、これを作った』
「はい」
『今日、私の話を聞いてから』
「間に合ってよかったです」
ルウは、マフラーをじっと見つめた。それから顔を上げて、高橋を見た。
『この星では、身につけるものを贈ることは、特別なことだ。大切な日に。大切な相手に。身につけるものを贈るのは、この星ではとても重い意味を持つ』
「さっき聞いてましたから、知ってます」と高橋は言った。「だから作りました」
知っていたから、作った。意味が重いと分かったうえで、贈ることにした。高橋は、ルウの文化を理解した上で、その文化に沿った形で感謝の気持ちを伝えようとした。
ルウのハラシロが、じわりと光った。
『知ったうえで作ってくれたのか』
「はい」
『それが、温かい』
高橋の目が潤んだ。高橋は視線を自分のつま先に落とした。
「……よかった」
ルウがマフラーを首に巻いた。
不思議な光景だった。ポヨンヌは何も身につけていない。その首に若草色と赤の布が巻かれると、まるで別の存在のように見えた。でもやっぱりルウだとも思った。
ルウのハラシロが、温かく輝き続けていた。
その姿を見た、周りのポヨンヌたちがざわめいた。
ユウが高橋の袖をつかんだ。高橋が振り向くと、ユウは自分の首を指さした。ハラシロが、期待するように明るく輝いている。
「えっ」高橋は少し笑った。「私にも、ってこと?」
ユウのハラシロが一段と輝いた。
それを見ていた別のポヨンヌも、自分の首を指さした。さらにもう1体。高橋は周りを見渡して、何体いるか数えようとして、やめた。
「全員には、すぐには作れないよ」と高橋は言った。「時間がかかる。でも、必ず作る。順番に」
ハラシロの光が一斉にあふれた。その数が多くて、夕方の暗くなりかけた空の中で、村の入り口だけがふわりと明るくなったように見えた。
アカの橙色の光が長く影を伸ばし始めた頃、麗華は高橋のそばに座った。ポヨンヌたちは少し距離を開けていた。
「作るの、好きなんだね」
「好きです」と高橋は答えた。「作ることより、渡す時が一番好きかも」
「渡す時?」
高橋はしばらく考えてから言った。
「受け取ってもらえる瞬間が、好きなんです」
麗華はマフラーを首に巻いたルウの方を見た。ルウのハラシロが、橙の光の中でゆっくりと輝いている。
「ここに来てから、大変じゃなかった?」と麗華は聞いた。「一番年下だし」
「大変でした」と高橋は正直に言った。「でも」
言葉が止まった。高橋はしばらく、ルウの方を見ていた。
「でも、なんか、ここに居場所ができた気がして。地球にいた頃より、居場所がある気がするって、おかしいですよね、こんな状況なのに」
「おかしくないよ」と麗華は言った。
高橋は少し驚いた顔をした。
「居場所って、場所じゃなくて、誰かとの関係の中にできるものだと思う。ルウたちとの関係が、高橋ちゃんの居場所になってる。それは全然おかしくない」
高橋は、しばらく黙っていた。それからゆっくりと頷いた。
桃矢が麗華のそばに近づいた時、麗華が振り向いた。
「桃矢くん、見てた? 高橋ちゃんがマフラーを渡した時の、ルウの顔。見てた?」
「……見てました」
麗華の言葉が、頭の中で繰り返された。桃矢くん。桃矢くん。星野くん、ではなく。
それが意図したものなのか、麗華自身も気づかずに言ったのか、桃矢には分からなかった。麗華はすでに前を向いていて、その横顔には、聞き返す隙のない自然さがあった。
「なんか泣きそうになった」と麗華は言った。「言葉が通じなくて、文化も違って、それでも伝わるものがある。それが……なんか、すごく良いなって」
「俺も」と桃矢は言った。
麗華がちらりと桃矢の方を見た。それから、また前を向いた。
ルウのハラシロが、橙の光の中でゆっくりと輝いていた。桃矢は麗華の横顔を見ないようにしながら、ルウを見ていた。
桃矢くん、という呼び方が、まだ耳の奥に残っていた。それが自分にとってなぜこんなに重いのか。分かっているのに、分からないふりをした。そうしないと、この場所に立っていられない気がした。
ルウがこちらを見た。ハラシロがふわりと光った。何を見ていたのか分からなかったが、桃矢には、ルウに全部見透かされているような気がした。
拠点への帰り道、高橋は一橋さんと並んで歩いていた。
「あなた、手が器用ね」と一橋さんは言った。
「農家なので」と高橋は答えた。
「うちの孫もね、編み物が好きなのよ。今年中学生になって、去年の誕生日に棒針を買ってあげたの。それ以来、ずっと何か作ってる」
高橋は、一橋さんの顔を見た。
「会いたいですね、お孫さんに」
「会いたいわね」と言ったきり、黙ってしまった。
地球にいた頃、高橋は自分が何に向いているのか、よく分からなかった。農家の子どもとして、当たり前のように手を動かして育って、そのうち将来の道を決めなければならない、と思っていた。でも、将来、自分は何をしたいのか、何になりたいかが、どうしても思い浮かばなかった。
今日、自分がしたいことを見つけた気がした。それは1人でも多くの人の喜ぶ姿をつくること。初めて自分の手が役立つ場所をみつけた。
それだけで、十分だった。
マジ暗の手前の薄明かりの中を、一行は川沿いに進んでいた。
高橋は、その列を後ろから眺めながら、村を振り返った。
木々の間に、小さな光がいくつか揺れていた。ポヨンヌたちのハラシロの光か、ポロンの光か、あるいはその両方か、この暗さでは判別できなかったが、あの村に行く楽しみが1つ増えたことは間違いなかった。




