第41話 赤い糸
その日、橋を渡ってルウに迎えられた時、高橋が「あれ」と小声で言った。
ルウが、頭にシルクハットの様な小さな帽子をのせていた。
これまで何度も村に来ているが、何かを身につけているのを桃矢は初めて見た。
「帽子を被っている姿、初めて見ました」と高橋がルウに言うと、ルウは誇らしげにこう答えた。
『今日は、あなたたちが来る日だから』
「……私たちの、ため?」
高橋が目を丸くした。
『ポヨンヌは普段、何も身につけない。でも、大切な相手と特別な時間を過ごすとき、帽子や首に巻くものをつけることがある。大切な誰かのために装う。それが、ポヨンヌの心の表し方のひとつ』
「首に巻くもの」
高橋が繰り返した。
会いに来ることを、着飾るほどの「特別」として受け取ってくれている。
その事実が、桃矢の胸にじんわりと染みた。
麗華が小声で「……嬉しいね、それ」と言った。
ルウのハラシロが、ゆっくりと明滅した。
『そして、1年でいちばん、みんなが装うのが、重なりの日』
「重なりの日?」
『アカとシロが、空でほぼ重なって見える日のこと。年に一度だけ。その日はみんなが装って一緒に過ごす』
「特別な日なんですね」
『いちばん大切な日。一緒にいることを、ていねいにする日』
桃矢は、その言葉をしばらく頭の中で繰り返した。
「一緒にいることを、ていねいにする」という感覚は、地球の言葉にはうまく置き換えられなかった。
麗華が小声で「なんかいいな、そういう日」と言った。
高橋はしばらく黙っていた。
『身につけるものを誰かから贈られたポヨンヌは、その日をずっと覚えている』
ルウがそう続けた時、高橋の表情が少し変わった。
高橋は特に何も言わなかった。ただ、広場の準備をしているポヨンヌたちを黙って眺めていた。
しばらくして、高橋は村の外れの木の根元に座った。
麗華が気づいたのは、広場の端に来た時だった。
少し前傾みになった背中が、何かに集中している人間の姿勢に見えた。
近づいてみると、高橋の膝の上に、若草色の植物繊維が束になって積まれていた。
その一端を指でつまみ、両手の指先でよりながら、細い糸状に伸ばしている。切れそうで切れない。
「何してんの、高橋さん」
「糸を作ってます」
高橋は顔を上げなかった。指が動き続けていた。
「糸って、ど こで覚えたのそんなの」
「実家が農家なので。麻とか綿とか、繊維を扱う機会が多くて。子どもの頃から手伝いで、こういう作業はよくやってました」
「へえ……」
麗華は、その手元をしばらく眺めていた。
経験が体に染み込んだ指の動きだった。迷いがない。
「この繊維はどこで?」
「ルウに頼んだら、ハナが持ってきてくれました。この星の植物にも、繊維が取れるものがあるって。最初はルウも、私が何をしたいのかうまく伝わらなかったんですけど、手で動きを見せたら、ハナがすぐ分かってくれて」
「ハナはそういうの得意そうだよね。なんか手先が器用な感じがする」
「そうなんです。村の住まいとか、食事の準備とか、たいていハナが先に動いてますよね」
「で、何作るの」
高橋が、ようやく顔を上げた。少し照れたような顔だった。
「マフラーを編もうと思って。さっきルウが、大切な誰かのために装うって、贈られたポヨンヌはその日をずっと覚えているって、言っていたので。私もルウに、何か送りたくなって」
「ルウに贈るつもり?」
「はい。ポヨンヌって、服を着ないじゃないですか。最初にルウたちに会ったとき、寒くないのかなって、ずっと気になってたんです。今日の話を聞いて、あ、これだって思って」
「いいね。私には絶対できないことだけど」
高橋は照れ笑いを浮かべた。
その会話を、少し離れたところで桃矢は聞いていた。
考える前に手が動く。それは高橋の長所でもあり、この星で生きていくための力でもある気がした。
桃矢は高橋の後ろから作業をずっと見ていた。
麗華は桃矢の顔を見て、「また後でね」と言ってその場を離れた。
どれほど経ったか、気づいた時にはユウが来ていた。
黄緑色の小柄な体が、高橋のすぐそばにちょこんと座り、ハラシロをふわりと光らせて、高橋の手元をじっと見ていた。
「見てていいよ」と高橋が言うと、ユウのハラシロがぱっと輝いた。
それを見ていた別のポヨンヌが1体、近づいてきた。それからもう1体。
いつの間にか、高橋の周りに5体ほどが集まって、それぞれ手を膝に置き、同じように作業を眺めていた。
誰も声をかけなかった。ただ、見ていた。
高橋はイトヨリに集中していた。
ハナが戻って来た。
高橋の手元の繊維を1つハナはつまみ上げて引っ張った。強度を確かめているようだった。
「問題ない?」
『ない』
「よかった。もう少し細くよれそうですか」
ハナは少し考えてから、自分の手で繊維の一端を持った。高橋の動きを見てから、同じように指を動かし始めた。
ハナは指が1本しかないため動きはぎこちなかったが、それでも糸は伸びた。
2人の手が並んで、それぞれのやり方で同じ作業をしていた。
糸がある程度の長さに揃ってきた頃、高橋は手を止めて、袖の内側から小さなものを取り出した。
鮮やかな赤色の糸の塊だった。
「私のカーディガン。ここに来た時まで着てたんです。だいぶ傷んできて、何度か繕ったけど、もう限界で。思い切ってほどきました。まだ糸として使えそうだったので」
細く解かれた赤い糸が、高橋の手の中に少し巻かれていた。
「全部赤にするのは無理だけど、縁取りだけでもと思って」
桃矢はその糸を見た。
転移してきた日から着ていたカーディガン。それをほどいて、ルウに贈るための糸にした。
ユウが高橋の膝の上の赤い糸に手を伸ばした。おそるおそる、1本つまんだ。
高橋が「持っていっていいよ」と言うと、ユウのハラシロがぱっと輝いた。
その後も高橋はひたすらマフラーを編み続けた。




