第40話 ハラシロ
ルウが、桃矢の問いに少し間を置いた。
問いは、ずっと前から持っていたものだった。あのお腹の白い部分が光る時、それは何を意味しているのか。嬉しい時に光る、とは聞いていた。でも、それだけではない気がしていた。いつも光っているわけではない。ある時は光り、ある時は静かにしている。何が光らせるのか。ルウたちと過ごすたびに、その問いが頭の中で大きくなっていた。
今日、村に着いた時からずっと、桃矢はタイミングを探していた。話の流れで自然に聞ける瞬間を待っていた。食事が終わり、周りが少し静かになった時、桃矢はルウの隣に座った。
「あの、体の前の白い部分には、名前があるんですか」
ルウは頭を傾けた。それから、自分のその白い部分に目を落とした。
『ハラシロ、という』
「ハラシロ」
桃矢は、その言葉を頭の中で繰り返した。ハラシロ。やはり名前があった。
「どういう時に光るんですか」
ルウはしばらく考えてから答えた。
『温かくなる時、と言えばいいかもしれない。嬉しい時、安心している時、大切な誰かのそばにいる時』
「怒っている時は光らない?」
ルウは、頭を傾けた。長い間だった。
『……オコル、というのが、分からない』
「怒る、ですよ。ええと……嫌なことをされて、相手に、腹が立つこと」
ルウは、その言葉を確かめるように、しばらく黙っていた。けれど、届いていない、と桃矢は感じた。言葉がではない。怒る、嫌なこと、腹が立つといった概念そのものがないのかもしれない。
「……すみません。変なことを聞きました。じゃあ、悲しい時は?」
『悲しいなら、分かる』と、ルウは頷いた。『大切な誰かと、離れる時。遠くへ行ってしまう時』
「自分でコントロールできるんですか。光らせようと思えば光る?」
『できない。光る時は、もう光っている。光らせようとして光るものではない。心が先に動いて、それに遅れてハラシロが光る』
桃矢はそれを聞きながら、これまでの場面を思い返していた。初めてルウに会った時。ミウが陽翔に「なぜ一番を決めるのか」と問いかけた時。ハナが朽名の隣に座った時。ユウが朽名に髪を触ってもいいと言われた時。どの瞬間にも、ハラシロが光っていた。
「俺たちと話している時にも、よく光っていましたよね」
ルウのハラシロが、そう言った瞬間に、ふわりと光った。
『あなたたちといると、温かくなる』
それだけで、十分だった。
「ハラシロ、か」と、突然、麗華が言った。
桃矢は振り返った。麗華がルウのハラシロをじっと見ていた。
「いい名前」と麗華は言った。「呼び方が分かると、親しみがわくね」
後ろで山田さんと川原さんも頷いていた。
ふと、桃矢は前から気になっていたことを、聞いてみたくなった。
「ルウ。みんなが同時にルウに話しかけたら、声は混ざらないんですか」
『混ざらない。誰の声かは分かる。届いてくる声に、その者の何かがついてくる。だから何人が同時に話しても、それぞれの声として届く』
「それ、もっと早く知りたかったな」と山田さんが残念そうに言った。「遠慮して、話す順番を待ってたのに」
「同感」と川原さん。
「なんで光っているのか分からない時も、なんとなく温かい気持ちになっていた。今、やっと分かった」と麗華が言った。
ルウは麗華を見た。
『あなたたちにも、ハラシロに似たものがある、と思っていた』
「え?」
『胸の中に、温かくなる場所がある。光らないから見えないけれど』
麗華は少し驚いた顔をした。それから、ルウを見た。
「ポヨンヌには、それが見えるんですか」
『見えるというより、感じる、という方が近い』
山田さんが「センサーみたいなものか」と言った。ルウは頭を傾けた。桃矢が「感知できる、ということだと思います」と訳すと、ルウはまた頭を傾けた。正確に伝わったかどうかは分からなかったが、方向は合っていると思った。
一橋さんが、ルウを見た。「私の胸も、温かくなることはあるのかね」
ルウは少し間を置いてから答えた。
『今も、温かい』
一橋さんは、少し目を細めた。「そうですか。ありがとう」と言った。それだけで、その場の空気が少し柔らかくなった。
ミウが、桃矢たちを村の奥へ案内した。これまで来たことのない場所だった。
古い木が一本、広場の端に立っていた。幹が太く、根が地面に深く張り出している。その根のところに、石が丁寧に並べられていた。形は揃っていないが、置き方に明らかな意図があった。一つ一つの石が、一定の距離を保って並んでいる。
「ここは?」
『覚えている場所』
「覚えている?」
『ここは死んだ者たちのことを、忘れないための場所』
桃矢は石を見た。数は多かった。大きいものも小さいものも、色も形も様々な石が、根の周りを囲むように並んでいる。
「ポヨンヌも、死ぬんですか」
『死ぬ』とミウは答えた。少し間を置いてから続けた。『長く生きるけれど、終わりは来る』
「どれくらい生きるんですか」
ミウはまた考えた。それから言った。
『とても長い』
「石は、誰が置くんですか」
『覚えていたい者が置く。誰かが死んだ時、その者のそばにいた者が、心に合った石を探してくる。ただ、自分がその者のそばにいた時を思い出す石を持ってくる』
「それが、お墓の代わり、ということですか」
桃矢が「地球では、亡くなった人を埋めて、その場所に印をつける」と説明すると、ミウはしばらく考えてから、また頭を傾けた。
『そういうものに似ているかもしれない。でも、悲しむための場所ではない。覚えているための場所だ』
「違うんですか」
『悲しみは、時間が経つと薄れる。でも覚えているということは、薄れない。この場所に来るたびに、その者の生き様を思い出す』
川原さんが、後ろで静かに息を吸うのが聞こえた。一橋さんも、黙っていた。
しばらくして、一橋さんが口を開いた。「石に触ってもいいですか」
ミウは少し考えてから、頷いた。
一橋さんが、ゆっくりと石の1つに手を伸ばした。小さな、丸みのある灰色の石だった。指でそっとなぞった。それから手を離した。
「地球では、亡くなった人の場所に印をつけてお墓を建てる。ここでは石を置く」と一橋さんは言った。「形は違うけれど、していることは同じね」
一橋さんは、また石を見た。「石を選んだ人は、何を思って選んだのかしら」
『その者のことを思った時、1つの石が自分を呼んでいるのが分かる。理由を考える前に手に取っている』
一橋さんは小さく笑った。「そういうものよね」と言った。「大事な人のことを考える時、理屈はないものね」
「もう1つ聞いてもいいですか」と桃矢は言った。「この星の二つの太陽。俺たちはアカとシロと呼んでいるんですが、あなたたちは何と呼んでいますか」
ルウが答えた。
『橙色の方をルジア、青白い色の方をシェラと呼ぶ。二つが重なる時は、重なりの時と呼ぶ』
「ルジア、シェラ」と桃矢は繰り返した。
「アカとシロより、ちゃんとした名前だな」と山田さんが言った。
「俺たちが勝手につけた名前ですから」と桃矢は苦笑した。
『アカ、シロ』とルウが繰り返した。それから頭を傾けた。『色そのままの名前だ』
「そうです。アカは橙色、シロは青白い色を表す言葉で」
『面白い。私たちの名前は、昔から呼ばれてきた音であって、意味は忘れられてしまっている。あなたたちの名前の方が、素直だ』
「二つが重なる時間は、特別な意味がありますか」
『大切なものを決める時、大事な話をする時、その時間を選ぶことが多い』とルウは答えた。『光が一番満ちる時間だから』
「俺たちも、あの時間が好きです。一番明るくて、なんか、元気が出る」
ルウのハラシロが、ふわりと光った。
『それは、この星があなたたちのことを受け入れている、ということかもしれない』
桃矢は、その言葉をしばらく頭の中に置いておいた。この星が受け入れている。麗華がこちらを見ていた。目が合った。麗華は何も言わなかったが、同じことを感じていると分かった。
帰り際、ルウが桃矢を呼び止めた。
『ハラシロのことを聞いてくれて、嬉しかった』
「どうして、嬉しかったんですか」
『私たちのことを知ろうとしてくれた。知ろうとするということは、大切にしようとするということ同じ』
相手を知ることは、相手を大切にすることと同義。それの意味を桃矢は噛みしめていた。地球では逆だった。相手を知ろうとすれば、警戒される。猜疑心が生まれ、相手は離れていく。それなのに、ここでは。
「また明日も来ます」
『待ってる』とルウは言った。ルウのハラシロが、温かく光った。
帰り道、桃矢は今泉さんの事を思い出していた。今泉さんは地球式の埋葬、土の中に埋めて、名前を書いた木の板をたてた。でも、明日にでも河原に行って気になる石を探してみようと思った。




