第38話 ハナと朽名
朽名は橋を渡る前からルンルンだった。
歩いてはいるが、少し速足になっていた。
「緊張してるのか」と陽翔が聞くと、朽名は振り返った。
「してない。でも、ちょっとドキドキする」
「同じだろ」
「違うもん。緊張は怖い感じで、ドキドキは嬉しい感じ」
陽翔は口を開きかけたが、言い返せなかった。
そういうところが朽名だな、と思った。細かいことを正確に言う。感情を言葉にするのが上手い。
陽翔には、そういう細かさがない。だからこそ、朽名と一緒にいると、自分に無い物を朽名が補ってくれる、それが嬉しかった。
村に入ると、ハナが来た。
朽名の姿を見た瞬間、ハナのお腹の白い部分がぱっと輝いた。そして、他の誰よりも早く、朽名の前に立った。
『来てくれた』
「来たよ」と朽名は言った。「ハナのこと、ずっと気になってたから」
『私も』
二人は、しばらく向き合ったまま立っていた。特に何かをするわけでもない。
ハナのお腹の白い部分が、じんわりと温かく光り続けていた。
陽翔は少し離れたところから、その様子を見ていた。
結菜がこういう顔をするのを、陽翔は久しぶりに見た気がした。
この星に来てから、結菜はずっと明るかった。それは本当のことだ。でもその明るさは、作られたものだった。
誰かが落ち込んでいれば笑顔を作った。食料が少ない日も、不満を口にしなかった。
それが結菜の強さだと陽翔は思っていた。でも同時に、無理をしているのではないかと少し心配でもあった。
だが、今の結菜は違った。自然な笑顔だった。
朽名が先にハナに話しかけた。「前に、一緒に食べたでしょ。あの丸い白いやつ。めっちゃ美味しかった。また食べたいな」
ハナは頭を傾けた。『丸い白いやつ』と繰り返した。それからお腹の白い部分をふわりと光らせた。
『分かった。後で持ってくる』
「やった」と朽名は言った。小さくガッツポーズをした。ハナのお腹の白い部分が、その動作を見て、また輝いた。
朽名は村の中をハナに連れられて歩いた。
彼らの住まいの作り方を、ハナが少しずつ教えた。どの蔓がどう縫い合わさっているか、葉はどの向きで重ねるか。
朽名は膝をついて、近くで覗き込んだ。
「すごい、ちゃんと雨が流れるようになってる」と感心すると、ハナのお腹の白い部分が嬉しそうに光った。
朽名は触れてもいいかなとハナに確認してから、蔓を触ってみた。
「丈夫だ。地球の家みたいに固くないのに、ちゃんと安定してる。なんで崩れないんだろう」
『重さを分けているから。1か所に集めると崩れる。でも全体に分けると崩れない』
陽翔は結菜の後ろ姿を見ながら思った。自分は朽名に守られている部分がある。
いつも前に出るのは結菜で、陽翔はその後ろにいる。それを情けないと思ったことはない。
結菜の後ろにいることで、陽翔には見えるものがある。それは結菜が人を和ませていく様子だ。
それが好きだった。
「ハナはずっとここに住んでるの?この家で?」
『生まれた時から』
「ずっと同じ場所に。いいな。私、3回引っ越した」
ハナが頭を傾けた。
『引っ越し?』
「住む場所を変えること。家を変えるってこと」
『住む場所を変える?』
「うん。仕事の都合とか、いろんな理由で」
ハナはしばらく考えていた。お腹の白い部分がゆっくりと揺れた。
『なぜ変える?』
「えっとね、地球はここと違って……うーん、うまく説明できない」朽名は苦笑した。
「でも、どこに住んでも友達ができたから、よかったと思う」
『あなたは、どこでも友達ができる』
陽翔はそのとおりだと思った。結菜はどこでも友達ができる。
それは彼女の才能で、結菜はその才能を自覚していない。自覚していないからこそ、自然に発揮できる。
結菜がこちらに振り返った。
「陽翔、なんでそっちにいるの。こっちにおいでよ」
陽翔は少し迷ってから、結菜のそばに歩み寄った。
ハナが陽翔を見た。それからお腹の白い部分をほのかに光らせた。
『朽名の大切な人』
「そうだ」「そうだよ」と2人は同時に答えた。ハナのお腹の白い部分が明るく輝いた。
ユウが朽名の周りをうろうろし始めた。
朽名が気がついて、しゃがんだ。
「また会ったね」
ユウは、お腹の白い部分をふわりと光らせた。
それから、朽名の髪に手を伸ばしてきた。
「触ってもいいよ」と朽名が言うと、ユウは、お腹の白い部分をぱっと光らせた。
それから、髪を引っ張り始めた。朽名は笑いをこらえながら、されるままにしていた。
それを見ていた別のポヨンヌが近づいてきて、同じように髪に触れた。
気がつくと、朽名の周りに5体ほどが集まっていた。
陽翔は、それを見ながら笑っていた。
桃矢が陽翔の隣に来た。「お前の彼女、人気者だな」
「昔からああだよ。どこ行っても、いつの間にかみんなに囲まれてる。学校でも、バスの中でも」
朽名がユウに話しかけていた。ユウはじっと聞いている。
言葉と一緒に、朽名の声のやわらかさまで、そのまま届いているのかもしれない。
「お前は見てるだけでいいのか」と桃矢が聞いた。
「俺は見ているのが好きだ」
「そうか」
桃矢は何も言わなかったが、結菜の輝いている姿を遠くから見ていることが、陽翔にとっての幸せだということを桃矢は分かってくれている気がした。
シロが空の高い位置に差し掛かった頃、村の広場に食べ物が並んだ。
来た時にハナが約束した丸い白い実も、ちゃんと用意されていた。
朽名は受け取るなり「あった!」と声を上げた。ハナのお腹の白い部分が輝いた。
朽名は迷わず地面に座った。隣にハナが来て、その隣にユウが来た。
朽名を中心に半円を作るように座っていた。
陽翔はみんなから離れて、少し後ろに座っていた。
輪の中に入りそびれたのではなく、少し離れたところから結菜を見ていたかった。
結菜が彼らと並んで食べている光景が、きれいだと思っていた。
結菜が身振りを交えてハナに何かを話していた。ハナは頭を傾けて聞いている。
結菜が両手を広げると、ハナのお腹の白い部分がふっと光った。
ユウが結菜の真似をして両手を広げた。
結菜がそれを見て笑った。ユウもお腹の白い部分を輝かせた。
広場は悪い声に満ちていた。周りのポヨンヌたちも、お腹の白い部分をほんのりと光らせていた。
陽翔の頭の中に声が届いた。
『あなたとって、あの子が大切なんだね』
振り返ると、灰色の体毛をしたポヨンヌが、少し離れたところからこちらを見ていた。
「そうだ」と陽翔は言った。少し間を置いてから、もう一度言った。「大切な人だ」
灰色のポヨンヌのお腹が、温かく光った。
広場の方を見ると、結菜がこちらを見てにっこりと笑った。
陽翔は小さく手を挙げた。結菜がまた笑った。その笑顔は、複合光に照らされてまぶしかった。
帰り道、結菜は陽翔に腕絡ませながら歩いていた。
「今日は楽しかった! また来ようね、ハナのとこ」
「ああ」
「何度でも」
「ああ」
「約束ね」
陽翔は、少し間を置いてから言った。「ああ、約束だ」
川面に、複合光が揺れていた。アカとシロが重なり合う、ダブりの時間だった。この星で一番明るい時間。
結菜の横顔が、橙と青白い色の光に染まっていた。
陽翔は、その光景を目に焼き付けるように見ていた。
なぜそうしたのかは、自分でも分からなかった。
ただ、この瞬間を大切なものとして心の中に刻み込んでおきたい、そんな感覚だった。
陽翔は横を向いた。結菜の姿が、光の中にあった。




