第37話 ルウ達の訪問
今日はルウ達を拠点に案内する日だった。
ルウ達の村から、ルウ、ハナ、ミウともにのんびり歩きながら、橋まできた。
橋の中ほどで、ミウが川面を見下ろした。複合光が水面を揺らし、橙と青白い色が混ざり合って光っていた。ミウのお腹の白い部分が、それを映すようにほんのりと輝いた。
拠点に近づくにつれ、桃矢は少し緊張した。
残っていた四人には、ポヨンヌと会うことを昨日のうちに伝えてあった。中嶋さんと三浦さんは「楽しみだな」と笑っていた。長田さんが「どんな生きものか見てやってもいいわ」と言って、大場さんを驚かせていた。
拠点が見えてきた。中嶋さんは焚き火の前に座っていた。三浦さんは隣に。大葉さんは少し離れたところで長田の隣に立っていた。長田はさん折りたたみ式のバスの座席を外して作った簡易椅子に腰かけ、腕を組んでいた。
桃矢たちの姿を見て、中嶋さんと三浦さんが立ち上がった。後ろを歩くルウたちの姿を見て、驚いた表情をしていた。
拠点に到着した。
三浦さんは、目を細めて「おお」と小声で言った。それだけだったが、その声には温かみがあった。三浦さんは腎臓病で、この星に来た時には「どうせ長くない」と覚悟していた。それがいつの間にか顔色が良くなり、体が動くようになり、今では誰より早起きして川に行こうとする。そういう人間が「おお」と言う時の声は、重みが違う。
大葉さんは、口に手を当てた。「本当にいるんだ……」と呟いた。
長田さんは腕を組んだまま、じっとルウたちを見ていた。何も言わなかった。
「ルウ、この人たちが、俺たちの仲間です」
桃矢が言うと、ルウは四人を順番に見た。それから、お腹の白い部分を、ふわりと光らせた。
三浦さんがその光を見て「きれいだな」と言った。
最初に近づいてきたのは、ミウだった。
ミウは三浦さんの前で立ち止まった。三浦さんもじっとミウを見ていた。
三浦さんは思い切って、手を差し出した。握手を求めているのか、それとも触れてみたかったのか、自分でも分からないような、おずおずとした手つきだった。
ミウがその手に自分の丸い手のひらを、そっと重ねた。
三浦の目が細くなった。「温かいな」と小声で言った。
ミウが地面を見た。そして再び三浦さんを見た。それから、地面にそっと腰を下ろした。座って、と言うように。三浦さんは、嬉しそうな顔をして、ミウのそばに腰を下ろした。
そのとき、三浦さんの肩に丸い光がとまった。
三浦さんはゆっくりと、肩の光を見た。それから、ミウを見た。
『こんにちは』
ミウの声が届いたのだろう。三浦の顔が、ほんのわずか動いた。
「……あっ」三浦さんは、驚いた顔で続けた。「頭の中に声が聞こえた」
「そうです」と桃矢は言った。「その光がとまると、会話が出来るようになるんです」
三浦さんはまた肩を見た。それから、ミウを見た。
「こんにちは」と三浦さんは言った。「俺は三浦淳一という。七十五歳だ」
『ミウラジュンイチナナジュウゴサイ』
ミウは、そのまま繰り返した。三浦は少し笑った。「名前は三浦淳一だ。七十五歳というのは、別の話だ」
『ミウラジュンイチ』
「そう」
『ナナジュウゴサイ、というのは何?』
「年の数だ。この星に来るまで、七十五回、地球が太陽の周りを回った」
ミウはしばらく考えていた。それから、また頭を傾けた。お腹の白い部分が小さく揺れた。意味は届かなかったのかもしれない。でも、三浦さんが何か大切なことを言ったということは、伝わっているように見えた。
「今は、この星に来てから、もっと長く生きられそうな気がしてるよ」
三浦さんは笑った。ミウのお腹の白い部分が、ゆっくりと光った。
ハナは、大葉さんのそばへ行った。
大葉さんは、ハナが近づいてくるのを少し身を固くして待っていた。怖がっているのではない。ただ、どう接すればいいか、分からないという緊張だった。介護の仕事では、初めて会う相手に自分から近づくことに慣れている。でも今日は自分が迎える側で、しかも相手は人間ではない。どうすれば失礼にならないかを考えていた。
ハナが大葉さんの前で止まった。大葉さんを見つめた。桃色の体毛が、複合光を受けて柔らかく輝いた。
大葉さんは、ハナとまっすぐに向き合った。介護の仕事で慣れているのか、相手の心をほどくような、自然な間の取り方だった。
「こんにちは」と大葉さんは言った。「怖くないよ」
ハナは大葉さんの顔をじっと見ていた。それから、お腹の白い部分がふっと光った。
大葉の肩に、丸い光が止まった。
その時、「あっ」と大葉さんが声を上げた。「……何か、温かい」
『はじめまして。私はハナ』
ハナの声が届いたのだろう。大葉さんの目が少し赤くなった。
「私は大葉といいます」と大葉さんが答えた。
『あなたは人の世話をすることが好き』と大場さんの横にいる長田さんを見ながらミウが語りかけた。
大葉さんは少し笑った。「……うん。好きだと思う」
ハナのお腹の白い部分が、また温かく光った。大葉はさんは、ハナ見ながらぬいぐるみが好きだった息子のことを思い出していた。
中嶋さんは、ルウと向き合っていた。
ルウが何かを言った。桃矢には届いた。
『あなたからは、穏やかな色が伝わってくる』
桃矢は中嶋さんに向き直り、そのまま伝えた。「あなたから、穏やかな色が伝わってくる、と言っています」
中嶋さんは少し驚いた顔をした。
「穏やかか」と中嶋は言った。「どちらかというと、辛抱強いといった感じだがな」
その時、中嶋の肩にも光の玉が降りた。
「ほう」と中嶋は言いながら、肩の光を見て、それからルウを見た。驚きを表に出さず、ただ確認している。
『ルウ』
ルウというのが名前だと聞いていた中嶋さんは、「中嶋です」と答えた。
『ナカジマ』
「よろしくな」
中嶋さんの言葉にルウのお腹の白い部分が、温かく光った。
長田さんは、椅子に腰かけたまま、ルウたちが他の3人と話しているのを、黙って見ていた。
桃矢は、1人でいる長田さんに近づいた。
「長田さん、一緒に来ていただけますか」
「あら」と長田は言った。「あんたが案内するの」
「はい」
長田さんは立ち上がった。この星に来た当初は車椅子が必要だったが、今はまた歩けるようになっていた。最初の頃はあれだけ嫌がっていた果実も、今は毎日食べている。この星に来てから、良いこともあったなと桃矢は思った。
ルウの前に立った長田さんは、腕を組んだまま、ルウを頭のてっぺんから足元まで眺めた。
「小さいわね」
桃矢は少し迷ったが、そのまま伝えた。
ルウは頭を傾けた。
『あなたも、小さい』
「ルウがあなたも小さいって言ってます」と桃矢は言った。
長田はさん一瞬、固まった。それから、ふっと笑った。声に出さない、小さな笑いだった。
「生意気ね」と長田さんは言った。「でも、嫌いじゃないわ」
その時、長田さんの肩にも光の玉が降りた。長田さんは驚いて肩を見た。人生で初めて見るような目だった。そのまま、そっと指を伸ばした。でも触れる前に止めた。
「なんなの、これ」
「ボルンです。ボルンが肩にとまると、ルウ達と会話が出来るようになります」と桃矢が説明した。「ルウの声が、頭の中に聞こえますよ」
長田さんは、「そうなの」とだけ言ったまま、しばらく黙っていた。
ルウが口を開いた。
『あなたは、さみしさを抱えている』
長田さんは、組んでいた腕を少しだけ緩めた。
「……何でそれが分かるの」
『あなたから、さみしい色が伝わる』
長田さんは、少し間を置いてから言った。「主人が死んで、だいぶ立つ。子供もいない。いつからか、そういうものだと思って生きてきたわ」
『でも、寂しかった』
長田さんは何も言わなかった。ただ、ルウを見ていた。ルウのお腹の白い部分が、ゆっくりと温かく光っていた。
大葉さんは、少し離れた場所でその様子を見ていた。長田さんが誰かの前でこういう顔をするのを初めて見た。
4人にボルンが止まり、全員がルウたちの声を聞けるようになった。
拠点には、これまでになかった時間が流れた。会話が始まった。食べ物のこと、川のこと、空のこと。ポヨンヌたちは質問するのが好きだった。地球はどんな場所、なぜここへ来た、あの大きな箱は何。
中嶋さんがバスを説明しようとして、言葉に詰まっていた。
三浦さんはミウに、自分の体ことを話した。腎臓が悪くて、機械を使って血液を綺麗にしなければならなかった。でもこの星に来てから、その機械なしでも普通に過ごせるようになった。「なぜだか分からないが、体がの調子が良くなっている」と言った。
『この星の光が、特別だからかもしれない』
「光が体を治すのか」
『分からない。でも、この星の光は特別だと、昔からそう言われている』
「だとしたら、この星に来て良かったことが1つあったな」
三浦さんは笑った。ミウのお腹の白い部分が光った。大葉さんが横から「三浦さん、本当に顔色が良くなりましたよね」と言った。
大葉さんはハナに、息子のことを少し話した。小学5年生で、家に1人でいる。残してきた息子のことが心配なこと。早く帰りたいこと。
ハナは、大葉さんの話を静かに聞いていた。それから言った。
『あなたのことを、待っている人がいるんだね』
「ええ」
大葉さんは、しばらく何も言わなかった。ハナはそっと大場さんに体を近づけると、お腹の白い部分が温かく輝いきだした。
アカが傾き始めた頃、ルウが帰ることを告げた。
『また来る』
「いつでも来てください」と麗華が言った。
『あなたたちも、来てほしい』
「必ず行きます」
ルウ、ミウ、ハナが、来た方向へ歩いていった。橋を渡る手前で、ハナが振り返った。手のひらを一度持ち上げた。大葉さんがそれに気づいて、手を振り返した。ハナのお腹の白い部分がぱっと輝いた。
3つの影が森の中に消えてから、誰も口を開かなかった。長田さんは椅子に腰を下ろして、また腕を組んだ。でも、さっきより柔らかい組み方だった。
「不思議な生き物ね。でも、嫌いじゃないわ」と長田さんは言った。
大葉さんは微笑んだ。長田さんが同じことを二度も言うのをこの星に来てから初めて聞いた気がした。
桃矢は、今日のことを頭の中で整理していた。
全員の肩にボルンがとまった。それはみんなの中に、やさしさがあるということだ。それぞれの形は違っていても、それぞれのやさしさが。




