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いつもの市バスは、異世界行き  作者: チーム エボンヌ
第二章 交流編

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第36話 変化

 武田がマジ暗の中で目を覚ましたのは、眠れなかったからではなかった。

 疲れてはいた。だが目が覚めた瞬間、頭の中がすでに動き始めていた。

 眠っている間も、どこかで考え続けていたような感覚があった。

 マナのことを考えていた。

 あの生き物が残していったものは、確かに使えた。

 石は火起こしの手間を省いた。

 布で簡易テントが作れた。

 保存食は非常用として分けて保管してある。

 どれも実用的で、グループの生活水準を実際に上げた。マナが次に来る時には、もっと引き出させる。

 何が交換条件になるかは分からないが、自分たちには知恵も体力もある。


 だが武田が気になっていたのは、道具ではなかった。

「空から光り輝く者が降りてくる。この星に変化をもたらす」

 あの言葉だ。

「光り輝く者」が自分たちを指しているなら使える。

 この星の生き物がそう信じているなら、それは武田にとって都合がいい。

 だが、もっと気になるのは、小林の肩の光だった。

 なぜ小林に止まったのか。

 グループの中で萌だけが特別な理由が、武田にはまったく思いつかなかった。

 おとなしくて、目立たない。肉が食べられないとかで、いつも端で果実をかじっている。

 リーダーシップもなければ、特別な知識も技術もない。

 地球にいた頃も、目立たない普通の生徒だっただろう。

 それなのに、なぜ萌だけが。

 武田はそこで考えが止まることに気づいた。

 理由が分からない。分からないまま、萌という存在に依存しなければならない。それが、武田には許せなかった。


 外がわずかに明るくなり始めた。シロが昇り始める時間だ。

 武田は起き上がり外に出た。空気が冷えていた。

 アカはまだ昇ってきていない。シロだけのうっすら黄色みがかった白い光が、草原を照らしていた。

 仲間たちはまだ眠っている。この時間だけが、武田が1人で考えられる時間だった。

 誰にも見られていない。誰にも気を遣わなくていい。それがこの時間だった。


 何かを決めなければ、という焦りが、起き上がってからずっとある。

 何を決めるべきかは分かっている。マナが次に来る時までに整理しておくべきことが山ほどある。

 でも決められない。分からないことが多すぎた。

 この星に来てどれくらい経つのだろう。

 地球での暦が当てにならない以上、正確には分からない。かなりの日数だという感覚はある。

 最初の頃に比べれば、生活は安定していた。

 食料も確保できている。道具も増えた。

 だが、帰る方法は何も分かっていない。

 麗華たちのグループはまだバスの所にるはずだが、接触する気にはなれなかった。

 あちらはあちらで、好き勝手にやっていればいい。


 だが最近、その確信が少しずつ揺らいでいる気がする。

 揺らいでいるというより、根拠が見えなくなってきた、という感じだった。

 自分が何をすべきかは分かっている。マナとの関係を深め、情報を集め、帰還の手がかりを探す。

 それは正しい。正しいはずだ。だが心の中には、言葉にならない焦りがあった。


 朝、石原が余計なことを言った。

「マナとかいうやつ、また来るって言ってましたけど、こっちから探しにいった方が早くないですか。向こうが知ってること、全部引き出してやりましょう」

 武田は、その言葉を聞いた瞬間、胸の奥で何かが爆ぜる感覚があった。

「お前は俺の方針が気に入らないのか」

 武田の声はいつもより冷たかった。

 石原の表情が固まった。

「い、いや、そういうつもりじゃ……」

「次に奴が来るまで待て。それだけだ。余計な動きをして向こうに警戒されたら、全部終わりだ。分かるか」

「……分かりました」

「分かりましたじゃない。黙ってろ」

 石原は黙った。田崎も下を向いた。斉藤が武田の横顔をちらりと見て、すぐに目を逸らした。


 武田は自分でも分かっていた。石原の提案は、そこまで叱責するようなことではなかった。

 むしろ同じことを武田自身も考えていた。だから余計に腹が立った。

 自分が考えていたことを先に口にされたことへの理不尽な怒りだった。

 夜中に眠れず考え続けていたことを、石原が軽い口調でさらりと言った。それだけのことだ。

 分かっていたが、苛立ちは収まらなかった。


 しばらく、誰も口を開かなかった。

 その沈黙が、また武田の胸の中で何かを刺激した。

 なぜ黙っている。何かを言え。言えないなら、動け。

 この沈黙が、武田には我慢ならなかった。

 何もしていない時間が、今の自分には1番こたえた。


 山崎はその一部始終を、少し離れた場所から見ていた。

 石原が怒鳴られる場面は、これまでにも何度かあった。

 武田は昔から厳しかった。理不尽な時もあった。

 でも今朝のは、少し違った。

 石原の言ったことは悪くなかった。山崎自身も似たようなことを考えていた。

 それを武田は頭ごなしに潰した。石原の言い方が軽率だったのは確かだが、内容まで否定するほどのことではなかった。

 怒鳴る理由が山崎には分からなかった。

 武田、と山崎は頭の中で呼んだ。お前、どこかおかしくなってるぞ。


 武田とは長い付き合いだからこそ、今の武田の変化が分かる。

 この星に来てからも、最初の頃は、厳しくても筋が通っていた。

 判断の根拠を説明できた。今は、それが見えなくなっている。怒る理由が周りには伝わらない。

 武田自身も気づいていないのかもしれない。それが一番怖かった。

 自分がおかしくなっていることに気づいていないとしたら。


 昼過ぎ、山崎が水汲みから帰ると、大沢さんが遠くで1人で座っているのが見えた。

 山崎が近づくと、大沢さんは気づいて振り返った。

「大沢さん、何してるんですか」

「いや、別に。ちょっと考え事をしてた」

 山崎は隣に腰を下ろした。しばらく、2人は無言だった。

「最近、みんなの様子が変だと思う」と大沢が小声で言った。

 山崎は答えなかった。

「特に石原たちとは、なんか……」

「何かされましたか」

「いや、されてはいないけど、なんか、目つきが変な気がして」

 山崎も同感だった。

「大沢さん、肉は食べてないですよね」と山崎は確かめるように言った。

「食べてないよ。あれから一切」

 山崎は頷いた。言葉にしなかったが、安心している自分がいた。


 この日、マジ暗が近づく時間になっても、石原と田崎は戻ってこなかった。

2人が戻ってきたのは、マジ暗に入ってすぐの頃だった。

 何かを仕留めてきたらしく、石原は上機嫌だった。田崎も笑っていた。

 武田に短く「獲物を取ってきました」と報告したが、武田は「そうか」と言っただけで、特に咎めなかった。

 山崎はそれを見ていた。

 なぜ咎めない、と思った。朝あれだけ石原を怒鳴っておいて、今度は何も言わない。

 無断で拠点を離れたことも、暗くなる前に戻らなかったことも、問題にしなかった。

 武田の中の基準が崩れている。おかしくなってきているのは石原達だけでない。武田もだ。

 山崎の中の不安の種はさらに大きくなった。


 山崎は火を見ながら、なかなか眠れなかった。武田のことを考えていた。

 大沢の「みんなの様子が変」という言葉が、頭の中に残っていた。

 怖いという感情が自分にあるとすれば、それは何に対してだろう。

 この星の野生動物でも、食料不足でもない。もっと身近なところにある気がしていた。


 武田は、今何を考えているのだろう。

 山崎には分からなかった。

 昔は分かった。道場で並んで汗を流していた頃は、武田が何を考えているかがなんとなく読めた。

 今は読めない。

 それがこの星に来てからなのか、もっと前からなのか、それも分からなかった。

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