第35話 あなたが選ばれた
マナは荷物を開いた。
中から出てきたのは、見たことのない道具の数々だった。
まず、平たい石のような物。手のひら大で、表面が滑らかに磨かれている。マナが石を複合光にしばらくかざしてから地面に置き、その上に枯れ枝を一本のせると、火が点いた。
「火が……」と田崎が声を上げた。
「一瞬だな」と山崎が静かに言った。
次に、布を取り出した。薄い生地だが、マナが端を引っ張ると驚くほど伸び、手を離すと元に戻った。マナが石原の方に差し出すと、石原は一度武田を見てから受け取り、思いっきり引っ張って見たが、切れることも無く、片手を話すと元の大きさに戻った。「これ、ゴムみたいに伸びるけどゴムじゃ無い。編んだ布だ」と不思議そうな顔をした。
次は黒っぽい拳大のものだった。それをマナが少しちぎって萌の前に差し出した。
『美味しいから、食べてみて』
萌は少し迷ってから口に入れた。甘みと、体が温まるような感覚が広がった。
「甘い……」
「味は?」と武田が聞いた。
「悪くない、です」
武田もマナから塊を受け取り、少しちぎってしばらく観察していたが、おもむろに口に入れた。何も言わなかったが、残った塊を石原に渡した。
「これを、どうしたいんだ」
武田が萌を通して問うと、マナは答えた。
『必要なら、全て置いていく。代わりに何かをもらえれば、それでいい。ただ、今回は特に求めない』
「今回は、とは」
『また来る。その時に話し合いたい』
「次はいつくる」と武田が言った。「次に来た時、何を求めるつもりだ」
萌が伝えると、マナは少し考えてから答えた。
『まだ決めていない。あなたたちしか持っていないもの、あなたたちにしかつくれないものを確認してから決める』
武田は少し考えてから言った。「分かった」
マナは頷いた。荷物をすべて地面に残し、空になった袋を背負い直した。去り際、マナは萌を見た。
『あなたの肩にとまっている光は、光を通して言葉を伝えることができる』
『でも、光は誰にでもとまる訳ではない。光はとまる人を選ぶ。この光はあなたを選んだ。だから今回はこの光も置いていく』
『次も、あなたにいてほしい』
萌は頷いた。
マナは萌の姿を脳裏に刻み込もうとするかのごとく、じっと見てから振り返り、草原に向かって歩き始めた。振り返らなかった。歩き方は来た時と同じで、迷いがなかった。その背中は、どんどん小さくなっていく。その様子を萌たちは何も言わずに見続けていた。
マナが草原の向こうに消えてからも、しばらく誰も口を開かなかった。
この予想外の出来事に、武田の頭の中では思考がフル回転していた。この星には原住民がいた。それも、それなりの文明を持っていそうな原住民。当然、その事は予想していたが、現実として目の前に現れたことで、今後の方針を考え直せざるを得なくなった。あのマナという者、恐らくここに来た本当の目的は別にある。次に来たときはその目的を探ると共に、利用できるならとことん利用してやる、武田は1人で考え込んでいた。
道具を手に取って試していた石原が「これ使えるな」と嬉しそうな声を上げた。武田は短く「黙れ」と返した。
山崎は地面に並んだ道具を静かに見ていた。日を簡単に熾す石、薄くてよく伸びる布、保存食になりそうな食べ物の塊。それらを順番に見て、それからマナが来た方角をを見た。何を考えているのかは、萌には分からなかった。ただ、その顔には、石原や田崎のような「使えそうだ」という色がなかった。もっと、何かを確かめるような、慎重な目だった。
武田が萌に向き直った。
「なぜお前だけ話せた」
萌は少し迷ってから答えた。「マナの説明によると、この肩の光が言葉を伝えるって」
「なぜおまえだけ光が付いた」
「この光に私が選ばれたそうです」
武田の目が鋭くなった。「選ばれる?」
「……はい」
武田は萌の肩の光をじっと見た。石原が「どこだ」と首を伸ばした。「はっきりとは見えないけど、あれか」と田崎が言った。
「他の人に移せるのか」と武田が聞いた。
「試していません。でも、マナはこの光は誰にでも、とまるものではないと」
武田はしばらく考えてから言った。「わかった。おまえは今日からこの光の担当だ」
「次にあいつが来たら、どこから来た、何を知っている、何者と繋がっている。全部聞き出せ。あの伝承の詳細も聞いてくれ。『変化をもたらす』の中身を」
「……はい」
武田がその場を離れると、石原と田崎はまた道具を手に試し始めた。大沢がいつの間にか戻ってきて、遠巻きに道具を眺めていたが、近くには行かなかった。
萌はもう一度肩を見た。あの光は、まだそこにいた。ゆっくりと明滅している。
なぜ自分が選ばれたのか。自分は他の人と何が違うのか。萌には何も分からなかった。あの光が来てくれなければ、言葉は届かなかった。それだけは確かだった。
空から光り輝く者が降りてくる。マナが言った伝承の言葉が、頭の中に残っていた。武田はその言葉を聞いて笑みを浮かべた。どういう意味の笑みかは分からない。ただ、その笑みを見た瞬間に、萌は何か嫌な予感がした。マナは、どんな目的であの話をしたのだろう。気になったが、武田には言われなかった問いだった。次に来た時には、自分で聞いてみようと思った。
武田に命じられたからではなく、自分が聞きたいから。こんな風に自分から何かしたい思ったのは、この星に来てから初めてのような気がした。
アカがシロを追いかけるように空の高い位置で揃い、ダブりの光が草原に満ちていた。複合光が斜めに差し込んで、マナが置いていった布の表面を、橙と白に染めた。綺麗だった。思わず布に見とれていた萌の肩で、あの光がまた明滅した。
それが何を意味するのか、萌にはまだ分からなかった。でも、何となく、新しい友達が出来たような気分だった。




