第34話 訪問者
小林は拠点の端に座ってひとり果実を食べていた。
最近、みんながどこかピリピリしている感じがする。
それは天候でも食料不足でもなく、目には見えない何かだと小林は感じていた。
うまく言葉にはできないが、少しずつ、みんなの中の何かが変わってきているような気がする。
石原と田崎は毎日のように言い争っているし、武田の口調も冷たさが増してきている。
言葉にはならない変化が、拠点の空気を重くしていた。
小林は手の中の果実を見た。橙と水色の縞模様をした、細長い実。
口に入れると、この星にしかない味がした。甘さの奥に何かが混じっていて、食べるたびに少し落ち着く気がする。
気のせいかもしれないし、気のせいではないかもしれない。地球にいた頃は、食べ物でこういう気持ちになったことはなかった。
麗華たちのことが、ふと頭をよぎった。
グループが分かれてからは、麗華たちがどうしているか知るすべはなかった。
武田は「あちらはあちら、こちらはこちら」という態度で、接触を持とうとしなかった。
小林自身は、麗華のことは嫌いではなかった。分かれる前はどちら側とも普通に話せる位置にいたが、どちらかを選べと言われれば、麗華側に行きたかったかもしれない。
でも同じクラスの武田に憧れていたから、流れでこちらについた。それだけのことだった。
今となっては、あの時の判断が正しかったのかどうか、分からなかった。
見張りに出ていた田崎が声を上げたのは、そのときだった。
「何かいる!……人間じゃない」
全員が跳び起きるように動いた。
武田が棒を掴み、石原が「どこだ」と怒鳴りながら走り寄る。
小林も立ち上がり、その方向を見た。
太田と斉藤が悲鳴に近い声を上げた。
山崎が田崎の前に出て、相手を確認した。
「下がれ」
武田が叫んだ。「全員、下がれ」
草原の向こう、森の縁のあたりに、何かがいた。
最初はシルエットだった。
2足歩行で、背に大きな荷物を背負っている。
こちらの声が聞こえているはずなのに、足を止めない。
ゆっくりと、真っすぐに近づいててきた。
「来るな!」石原が棒を突き出しながら叫んだ。
相手は、止まった。
武田が前に出た。
棒を両手で構え、低い声で言った。「それ以上近づくな」
相手はその場で動かなくなった。こちらの様子を静かに見ていた。
小林はドキドキしながらその姿を見ていた。
明らかに人間ではない。だが、石原たちが仕留めてくる獣とも違う。
2本足で真っすぐ立ち、手で荷物の紐をしっかりと握っている。上半身には水色の布地の上着をまとい、下には同じ色の丈夫そうなズボンをはいていた。
顔は丸みを帯びており、頭の上には尖った三角形の耳が付いていた。菱形の目が静かにこちらを見ていた。
顔と袖口から覗く手は淡い薄紫色だった。
背丈は武田と同じくらいか、少し低いくらい。
荷物の大きさからして、かなりの量を背負っていることが分かった。
多くの荷物を運んで森を歩いてきたのに、呼吸の乱れた様子がない。見た目からは想像できないほど力があるのかもしれない、と小林は思った。
相手はゆっくりと両手を広げてみせた。荷物だけを持っている。武器はない、という意味に見えた。
「挟め」と武田が石原に低く言った。
石原が横に回ろうとすると、相手はそちらを静かに見て、また前を向いた。
落ち着き払った、こちらを慎重に探るような態度だった。
よく見ると両方の肩には丸い光のような物が輝いていた。
相手が言葉を発した。
何を言っているのか、まったく分からない。
「言葉が通じない」と田崎が言った。
「近づくなよ」と武田が言った。「こちらからは動くな」
山崎は黙ったまま相手を見ていた。相手は武器のような物は持っていなかった。
その時、相手はそっと左肩の光を包み込み、こちらに向かって腕を伸ばして手を広げた。
手の中から光の玉が飛び出した。その光の玉は最初その場に留まりゆらゆらとしといたが、小林の方に空中を滑るように飛んできた。
そして、小林の肩にとまった。
突然の出来事に、小林はしばらく動けなかった。恐る恐る肩を見ると、そこには、小さな丸い光が輝いていた。
何だ、これ。
払いのけようとして、でも手が止まった。なぜか、そうしてはいけない気がした。
丸い光はゆっくりと明滅している。生きているように見えた。
武田たちは突然の出来事に動けずにいた。
全員の視線が小林に集まっていた。
草原から来た相手が何かをしゃべった。武田たちには理解できない言葉だった。
同時に、小林の頭の中に声が響いた。
『怖くない』
小林は思わず周りを見回した。誰も口を開いていない。
草原から来た相手が、また言葉を発した。また、頭の中に声が聞こえた。
『あなたたちに、見せたいものがある』
小林は思わず武田の方を見た。武田は顔色一つ変えずに草原の相手を見ていた。どうやら、武田には声が届いていないようだった。
頭の中に直接、声が届いている。肩の上の光と、何か関係があるのだろうか。それとも自分がおかしくなったのか。
「声が聞こえた」
小林が思わず呟くと、武田が小林の方を見た。
「何が」
「言葉。多分、目の前の紫色の人の」
武田の目が鋭くなった。一瞬だけ小林の肩を見た。
それから「こっちへ来い」と言った。
武田に呼ばれて横まで来ると、草原から来た相手は小林を見た。
目が合った。物静かな目だった。
『あなたに伝わったか』
「……はい」
周囲がざわついた。
「萌は相手の言っていることが分かるの?」と斉藤が言った。
「なんで萌だけ」と太田が続けた。
武田は手でそれを制した。
「聞いてくれ」と武田が小林に言った。
「何者で、何が目的で来たのかを」
小林は頷き、相手に向き直った。
「あなたは誰ですか。なぜここに来たんですか」
相手は荷物を地面にゆっくりと下ろしてから答えた。
『私はマナ。行商をしている。各地を回り、物を持ち運ぶ仕事をしている』
「行商……」小林は武田に向けて繰り返した。
「あちこちを回って、物を売り買いしているそうです」
「なぜここへ来た」と武田が言った。
小林が伝えると、マナが答えた。
『あなたたちのことを、聞いたから』
小林が武田に向けて伝えると、武田は「続きを聞け」と促した。
小林がマナに向き直ると、マナは続けた。
『伝承がある。空から光り輝く者が降りてくる、という話だ。私たちの間に、ずっと昔から伝わっている。あなたたちの事を聞いた時、その話を思い出した』
小林はそのまま武田に伝えた。
武田は何か意味深な顔をした・
「その伝承に続きはあるか聞いてくれ。特に、降りてきた者たちが何をするのか」
小林が聞くと、マナはすぐに答えてくれた。
『この星に変化をもたらす。それだけだ。詳しくは分からない。古い話だから、全部が残っているわけでもない』
「変化をもたらす、か」
『1つ、聞いてもいいか』
今度はマナが質問した。
小林は武田に「向こうが一つ聞きたいことがあると言っています」と伝えた。
武田はマナをじろりと見てから「分かった」と言った。
小林がマナに向き直ると、マナは続いた。
『あなたたちは、この星に何をしに来たのか』
小林は武田に伝えた。
武田は少し考えてから、「来たくて来たわけじゃない。気がついたらここにいた」と言った。
小林がそのまま伝えると、マナは頭をわずかに傾けた。
何かを考えているのか、それとも確かめているのか、判断のつかない間だった。
『分かった』
それだけ言うと、肩に担いでいた荷物を地面に下ろした。




