第33話 みんなのもの
次の日、8人は再び橋まで来ていた。向こう岸にはルウたちが待っていた。桃矢たちが橋を渡ると、お腹の白い部分をふわりと光らせた。
『来てくれたね』
「約束しましたから」
桃矢が答えると、ルウは頭をわずかに傾けた。それから、植物で作った構造物がある方を向いた。
『一緒に来てほしい』
「家ですか」
『そう。みんなに会ってほしい』
桃矢は麗華を見た。麗華は小さく頷いた。
ルウたちについて、森の中へと進んでいった。
森は深かったが、ルウ達がいるので怖くはなかった。ルウが先を歩き、ミウとハナがその両脇に並んでいる。
しばらく歩くと、木々が少しずつ開けてきた。
そして、桃矢は、思わず立ち止まった。
最初、そこに何かがあるとは気づかなかった。木が茂っている。蔓が絡まっている。葉が重なっている。ただそれだけのように見えた。でも、よく見ると、丁寧に編み込まれていた。
枝が絶妙な角度で組まれ、ドーム状の構造物を支えている。葉は雨を防ぐように向きを揃えて重ねられている。自然に溶け込んだ暮らしの一端が目の前にあった。
「家だ」
山田さんが、小声で言った。
「しかも、いくつもある。これはある意味、村ね」
川原さんが、周囲を見渡しながら言った。木々の間に、いくつもの住まいが、自然の一部として溶け込んでいた。
そして、その住まいの間を、多くのポヨンヌたちが行き来していた。
十体ほどのポヨンヌが、桃矢達に気づくと立ち止まり、じっとこちらを見ている。黄、緑、青、灰色、ベージュ、体の色は様々だった。菱形の目が、一斉に桃矢たちを見ていた。
ルウが何かを言うと、ポヨンヌたちはほぼ同時に動き出した。近づいてくる個体もいれば、また自分の作業に戻る個体もいる。一番小さな個体がよちよちと桃矢の近くまで来た。体は他の個体より一回り小さく、体の色は黄緑色。菱形の目を大きく開いて、桃矢の顔をまじまじと見上げている。
桃矢は、そっとしゃがんだ。
「僕は桃矢。君の名前は?」
『ユウ』
そう答えた黄緑色の子は、桃矢のすぐそばまで来ると、頭の匂いをくんくんと嗅いだ。そして手を伸ばして桃矢の頬をツンツンした。
後ろで陽翔が笑いをこらえている気配がした。
『好奇心が強い』とルウが言った。『あなたたちのことを、みんな知りたがっている』
村の中を、ルウに案内してもらった。
村の中心には、広い空き地があった。そこには植物で編まれた大きな籠がいくつも並べられており、その中には大量の果実や何に使うのか分からない物が積まれていた。ポヨンヌたちは次々にやってきて、籠の中から必要なものを取っていく。
「これは……」と麗華が言いかけると、ルウが答えた。
『みんなのもの』
「誰かのものではない、ということですか」
『そう。ここにあるものは、みんなのもの。欲しい時に欲しいだけ持って行く』
麗華は、しばらくそれを見ていた。誰も争わない。誰も横取りしない。必要な分を取って、また作業に戻る。
「地球だったら、絶対に取り合いになる」と山田さんが静かに言った。「いや、そもそも誰かが管理して、配給とか、そういう話になる」
「ここでは、それが要らない」と川原さんが言った。「取り合いになる、という発想がないから」
一橋さんが、その光景を静かに見ながら言った。「幼稚園でずっと目指してきたことが、ここでは当たり前のようにある」
シロが空の高い位置に差し掛かった頃、村の広場に食べ物が並べられ、ポヨンヌたちが集まってきた。食事の時間らしかった。
桃矢は、並べられたものをまじまじと見た。初めて見るものばかりだった。
まず目を引いたのは、人の頭ほどもある大きな実で、堅そうな表面は濃い藍色をしていた。ポヨンヌが爪を立てて割ると、中から淡い金色の果肉が現れ、甘い香りが広がった。
その隣には、親指の先ほどの小さな実が無数に連なった房があった。皮は半透明で、内側に種の影がうっすら透けて見える。
葉物は、地球の野菜とは似ても似つかなかった。銀色の薄毛がびっしり表面に付いていいる大きな葉で、触れると表面の薄毛はとてもしなやかで柔らかかった。ポヨンヌがそのまま折りたたんで口に入れると、噛むたびに大量の汁が溢れ出てくるようだった。
他には、橙色とレモン色の縞模様を持つ細長い果実もあった。二つの太陽の色をそのまま縞にしたような見た目で、半分に割ると内側は白かった。
ルウが桃矢たちを手で示すと、一体の大柄なポヨンヌが近づいてきて、果実をいくつか差し出した。
『一緒に食べてほしい』とルウが言った。
「いいんですか」
『みんなのものだから、あなたたちのものでもある』
一橋さんが、その果実を両手で受け取った。「ありがとうございます」とお辞儀をした。大柄なポヨンヌのお腹の白い部分が、温かく光った。
8人は、ポヨンヌたちの間に混じって、地面に座った。最初は少し緊張したが、ポヨンヌたちが普通に隣に座ってくるのを見て、自然と力が抜けた。
桃矢は、まず藍色の大きな実を一口食べた。金色の果肉は甘く、初めて嗅ぐ香りが口の中に広がった。次に白い小粒の房を一粒、最初は甘く、飲み込む直前にほんのりと冷たい感覚が広がった。
葉物を折りたたんで口に入れると、噛んだ瞬間に予想をはるかに超える量の汁が溢れ出してきた。少し甘みのある水分で、一枚でかなりの量になる。
「これ、すごい水分量ね」と川原さんが目を丸くした。「ポヨンヌたちが川から遠い場所でも暮らせるのは、これのおかげかもしれないわ」
桃矢はもう一枚手に取った。確かに、食事というより水を飲んでいる感覚に近かった。食べ物で水分を補うという発想が、この星では当然のものとして根づいているのかもしれない。
縞模様の細長い果実を口にすると、見た目より柔らかく、口の中でとろけていく。甘さと、もう一つ、地球では味わったことの無い、不思議な味がした。
「食べないの?」
桃矢が聞くと、ユウはすぐに手を伸ばして果実を口に入れた。食べながら、桃矢の顔を見て、また食べた。その様子に、川原さんが小声で「かわいい……」と言った。
麗華が周囲を見渡すとポヨンヌたちは思い思いに座って食べている。
「穏やかだな」と山田さんが、果実を口にしながら言った。「こんな時間、地球にいた頃は無かったな」
朽名は、隣に座ったハナの方をこっそり見ていた。ハナは、桃色の体毛をしている。朽名の好きな色だった。朽名が目を合わせると、ハナのお腹の白い部分がふっと光った。朽名は、思わず笑顔になった。
高橋はいつのまにかユウと、果実の見せ合いっこを始めていた。高橋がひとくち齧って「あまーい」と目を細めてみせると、ユウのお腹の白い部分が、真似をするように、ぱっと光る。それが嬉しくて、高橋はまた大げさに目を細める。言葉を使わなくても、2人はもう友達だった。
帰り際、桃矢はルウにお願い事をした。
「ルウ、お願いがあります」
『何?』
「この食べ物を、少し持ち帰ってもいいですか。拠点に残っている仲間にも、食べてさせたい」
『もちろん。ここにあるものは、あなたたちのものだから』
桃矢は深く頭を下げた。隣で麗華も頭を下げた。
ルウたちが手際よく葉物と果実を集め始めてくれた。ミウが大きな葉を器用に折り畳んで包みを作り、果実をその中に納めていく。その様子に、川原さんが小声で「包み方まで知ってるのね」と言った。
「もう一つ、お願いがあります」
桃矢は続けた。
「今度は、ルウたちに俺たちの拠点へ来てほしいんです。拠点に残っている仲間にも、あなたたちのことを紹介したい。その中には足の不自由な者もいて、ここまでの道は難しい。だから、できれば俺たちの拠点まで来てもらえれば」
ルウは、ミウとハナを見た。それから、桃矢に向き直った。
『行く。いつがいい?』
「明日、迎えに来ます」
『分かった』
一橋さんが、にこりとした。「楽しみね。三浦さんたちも喜ぶわ」
ルウのお腹の白い部分が輝いた。
ルウたちが橋まで見送りに来てくれた。
「今日はありがとう」と麗華がお礼を言うと、ルウはすぐに答えた。
『いつでも来ていい。ここはあなたたちのものでもある』
麗華は、その言葉をしばらく黙って受け取ってから、小さく頷いた。
橋を渡り、こちら側に戻ってから振り返ると、ルウたちは対岸に並んでいた。ユウが小さな手を持ち上げた。葵が「またね!」と大きく手を振り返すと、ユウのお腹の白い部分がぱっと輝いた。
帰り道、8人は黙々と歩いていた。
「今泉さんも連れてきたかったな」川原さんがしみじみと言った。
みんな今泉さんのあの明るい笑顔を思い出していた。きっと、あの沢山の果実の山を見たら満面の笑顔を浮かべたに違いない。でも、もうその笑顔は見られない。
それぞれの中で、今泉さんの思い出が渦巻いていた。
「みんなのもの、か。平和だったね」
朽名がみんなの沈んだ雰囲気を変えようと、努めて明るい声で言った。
「それが成り立つのは、誰も奪おうとしないからだよ」と麗華が言った。「奪う、という発想が、そもそもない」
「地球に持って帰れたらいいのにね、その発想だけ」
桃矢はその通りだなとうなずきながら、隣の陽翔を見ると、陽翔は朽名の横顔を見ながら嬉しそうな表情を浮かべていた。




