第31話 ポヨンヌ
川原さんが、小声で麗華に聞いた。
「今、何か……あった?」
光の玉がまだ肩にとまっていない川原さんと陽翔には、ルウの声は届いていなかった。
2人は、桃矢たちの表情が変わったのを見て、何かが起きたと感じてはいたが、それだけだった。
麗華が2人の方を向いた。
「今、頭の中に声が聞こえたの。この橙色の個体が、自分の名前を教えてくれたの。ルウ、というんですって」
「ルウ……」と陽翔が繰り返した。
「声が聞こえたのか?」
「光の玉が肩にとまると聞こえるようになるみたいだから、もう少し待って」
麗華が静かに言うと、2人は頷いた。
桃矢はゆっくりと口を開いた。今度はこちらが名乗る番だと思った。
「俺の名前は、星野桃矢といいます」
ルウの頭が、わずかに傾いた。
『ほしのとうや』
頭の中に、ルウの声が届いた。1音1音、確かめるように繰り返している。
「そうです」
麗華が一歩前に出た。「川嶋麗華です」
『かわしまれいか』
一橋さんが頭を下げた。「一橋陽子といいます」
『いちはしようこ』
山田さんが「山田一樹です」と手を挙げた。
『やまだいつき』
「朽名結菜です! よろしくお願いします」と、朽名が弾んだ声で続いた。
『くつなゆいな』
「高橋葵です」
『たかはしあおい』
少し間が空いた。
川原さんと陽翔には、まだ光の玉がとまっておらず、ルウの声が聞こえていない。
麗華がその様子に気づいて、2人の方を見てから、ルウの方に向き直り、声に出して伝えた。
「この2人の名前は、川原真弓と、松井陽翔です」
『かわはらまゆみ』、『まついはると』
ルウはその都度、それぞれの名前を繰り返した。
1つも省略せずに、丁寧に。ただ、日本語の名前はどれも長く、ルウの口から出てくるたびに、少し不思議な響きになった。
「ルウ以外の2人の名前を聞いてもいいですか」
桃矢が問いかけると、ルウが振り返り、何かを短く言った。
緑がかった水色の体毛の個体が、おずおずと前に出た。お腹の白い部分が、淡く光った。
『ミウ』
「ミウ」
『そう、ミウ』
桃矢の隣で一橋さんが「かわいいわ」と小声で言った。
次に桃色の個体が、前に出た。
『ハナ』
「ハナ、ありがとう」
麗華がそう言うと、ハナのお腹の白い部分がふっと輝いた。
3体の名前が分かったところで、麗華が全員に向き直った。
「三人とも名前が2文字なの。ルウ、ミウ、ハナ」
「確かに」と山田が言った。
名前の次に、桃矢には確かめたいことがもう1つあった。
「ルウ。あなたたち、みんなのことは、なんと呼べばいいですか。俺たちは、自分たちみんなのことを人間と呼んでいます」
『ポヨンヌ』
「ポヨンヌ」
「ポヨンヌ。いい名前ですね」麗華が微笑んだ。
その時から、彼らは「あの生き物」ではなく、ポヨンヌになった。
「私たちの名前は長くて、呼びにくいと思う。だから短い愛称も伝えておこうと思うんだけど、どうかな」
川原さんが頷いた。
「いいと思います。呼びやすい方がいい」
麗華はルウたちに向き直って声に出した。
「私たちの名前は長くて呼びにくいと思うので、2文字か3文字の短い呼び名も伝えますね」
『はい』
「モモ」と桃矢が言った。
『モモ』
「レイ」と麗華。
『レイ』
「ヨウコ」と一橋がにこりと言った。
『ヨウコ』
「イツキ」と山田。
『イツキ』
「マユ」と川原。
「ハルト」と陽翔。
「ユイナ!」と朽名が声を弾ませた。
『ユイナ』
「アオイ」と高橋。
『アオイ』
最後に麗華が川原さんと陽翔を指さしながら、こちらが「マユ」、もう一人が「ハルト」と紹介した。
『マユ』、『ハルト』
ルウが名前を繰り返す度、ルウのお腹の白い部分が、明るく輝いた。
全員の愛称の紹介が終わったとき、陽翔が「あっ」と声を上げた。
陽翔の右肩に、黄緑色の光がふわりと降りていた。
「来た」
陽翔は肩から目を離せないまま固まっていた。
次の瞬間、その顔がぐっと歪んだ。
「頭の中に……声、聞こえた」
「どんな声だった?」
桃矢が聞くと、陽翔はしばらく言葉を探してから言った。
「おまたせ」
その一言に、桃矢はおもわず笑ってしまった。
川原さんも自分の肩を見つめていた。
そこにも黄緑色の光がとまっていた。
これで8人全員の肩に光の玉がとまった。
桃矢は光の玉を通した言葉が、光の玉が肩にある者みんなに届く事に気づいた。
それは人間の声の場合とよく似ていた。2人で話していても、声そのものは、近くにいる者の耳にも届く。
それでも誰に向けた言葉かは、話す者を見れば分かる。
声の届き方だけなら、人間の会話と同じ状況だ。
「ルウ。この言葉を特定の誰かにだけに届けることはできるのですか」
ルウは、頭を傾けた。
『言葉は、近くにいる者みんなに届く』
「じゃあ、他の人に聞かれたくない話をする時は、どうするんですか」
少し、間があった。
『キカレタクナイ、が、分からない』
「えっと……聞かれたら困る話、というか。他の誰かには、秘密にしたい話のことです」
『ヒミツ』
ルウは、その言葉をしばらく確かめていた。それから、ゆっくりと言葉が届いた。
『分からない。言葉は届くものだ。届いて困ることはない』
桃矢は、返す言葉を探したが見つからなかった。
隠す、という概念そのものがないのだ。
聞かれたくない話。内緒。秘密。
人間の暮らしの中では、当たり前に存在するものが、このポヨンヌたちの中には、そもそも存在しないらしい。
お互い、秘密の無い社会。
それは、少しうらやましかった。




