第30話 言葉を交わす
見張り番はマジ暗の時間にあたっていた。
他のみんなは眠っている。火がゆっくりと燃えている。桃矢は、少し離れた木の根元に腰を下ろして、暗がりの中で膝を抱えていた。
頭上には数え切れないほどの星々が、びっしりと瞬いている。壮観なこの星空は、地球では絶対に見られない物だった。
その時、茂みの方でかすかな光が見えた。
よく見ると淡い黄緑色の光の玉が一つ、ゆっくりと揺れていた。これまでも何度か目にしてきた、あの光だ。
光の玉は少しずつ近づいてきた。風に乗るような感じではなく、近づいては途中で止まり、また動き、また止まる。まるで、意思がある様な動きだった。
さらに近づいてきた。
今度は、真っ直ぐに。
桃矢の目の前、手が届きそうな距離まで来て、止まった。近くで見ると、淡い黄緑色の中に、白みがかった芯のようなものがある。大きさは、親指の先ほど。ゆっくりと、呼吸するように明るさを変えている。
「……君は、何?」
声に出してから、馬鹿みたいだな、と思った。相手に声が届くはずがない。ただ、沈黙に耐えられなかっただけだ。
当然、光の玉は答えなかった。でも、少し強く光った気がした。
それから、光の玉は桃矢の左肩の方へ動き出しした。
そして、ふわり、と、肩の上に乗った。
重さは感じない。でも、確かに何かがそこにあるのが伝わってくる。暖かい温もりが肩から首の方へ、じわじわと広がっていった。
そして次の瞬間、何かが、流れ込んできた。
頭の中に、直接。
言葉ではない。やさしさ? おもいやり? 暖かい感情の波が頭の中に満ちてきた、そんな感じだった。
桃矢は、思わず肩を見た。小さな光の玉が静かに佇んでいる。
「……お前、が?」
声に出した言葉が、震えていた。
光は、ふわりと一度、強くなった。また温かい波が届く。音も言葉もないのに、感情だけが、まっすぐ伝わってくる。
心臓がドキドキする中、桃矢は落ち着こうと深呼吸を数回繰り返した。
ふぅ、と息を吐いてから肩の光を見て話しかけた。
「いまのは……はい、という答えか?」
光はゆっくりと2度、明滅した。たぶん、「はい」と言うことだろうと、桃矢はそう理解した。
「お前は……何者なんだ」
問いかけは、声に出した。でも、頭の中で考えるだけでも伝わるかもしれない、と思い、試してみた。桃矢は口を閉じたまま、心の中で再び問いかけた。
(ずっと俺たちを見てたのか?)
光は再び、ゆっくりと2度、明滅した。
声に出さなくても伝わる。向こうの声も聞こえるかもしれない。そう思いながら再び
(長谷川さんが亡くなった時、いたのはお前か?)と心の中できくと、光はふっと、弱くなった。震えるような揺らぎが、しばらく続いた。
そして。
初めて、言葉が届いた。
(……いた。でも、助けられなかった)
頭の中に響いたその声は、どこか悲しげな響きがあった。
その一言が、胸に刺さった。
今泉さんの時も、そうだったのだろう。あの光の玉は助けたかった。でも届かなかった。
「お前のせいじゃない」
桃矢は、声に出して言った。
しばらく、沈黙が続いた。肩の上の光が、ゆっくりと、何度か強く光った。うれしいのか、それとも別の感情なのか、桃矢にはまだ分からなかった。
言葉を発したのは、結局、あの1度きりだった。しばらくすると、光の玉はふわりと肩を離れ、茂みの方へと戻っていった。
桃矢は、その光が見えなくなるまで、目で追い続けた。
拠点を見渡すと、他にも光の玉がいくつも漂っていた。みんなが寝ている上をふわふわと漂っていた。
朝になり、みんなが起き出してきたところで、桃矢は拠点の全員を集めた。
「みんなに話したいことがあります」
桃矢は昨夜のことを、順番に話した。光の玉が近づいてきたこと。肩に止まったこと。頭の中に声が聞こえたこと。長谷川さんのことを「助けられなかった」と言ったこと。
話し終えると、しばらく誰も口を開かなかった。
最初に口を開いたのは、中嶋さんだった。
「その光の玉は、今泉さんの時にも近くにいたな」
静かな確認だった。桃矢は頷いた。
「ずっと、見ていてくれたんだと思います」
一橋さんが、目を細めた。「そうだったのね」と、どこか納得したような声で言った。山田さんが「昨日のこともあるし、この星のことは地球の常識で測れないか」と呆れた顔で言った。
麗華が、全員を見渡してから言った。「今度、光の玉を見たらこちらから近づいてみようね。とりあえず、今日はもう一度、橋まで行こう。途中でその光の玉と会えるかもしれないし」
その日、橋に向かったのは、桃矢、麗華、一橋、山田、川原、陽翔、朽名の7人に、「私も会ってみたい」と真っ先に手を挙げた高橋を加えた8人だった。
橋の手前まで来た時、桃矢の肩に、昨夜の光の玉が戻ってきた。
「来た」
桃矢が言うと、みんなが桃矢の肩を見た。
「見える?」
「丸い光だ」「綺麗な色ね」と山田さんと一橋さんがまじまじと見ながら答えた。
橋を渡ると、対岸にあの3体がいた。昨日と同じ、橙色、水色、桃色の3体だった。
「……あれが」と、高橋が小さく息を呑んだ。
そしてその時、桃矢は気づいた。
3体のそれぞれの肩の上にも光の玉がとまっていた。3体の肩の上の光の玉は、桃矢の肩にいるものよりやや大きかった。
その時、桃色の個体を見ていた朽名の肩に、黄緑色がかった淡い光の玉が、ためらいもなく、すとん、と降りた。まるで、ずっと前からそこが定位置だったかのように。
「わ……わわ」
朽名は、固まった。それから、泣き笑いのような顔になった。「あったかい……なにこれ、あったかい」
続けて、高橋の肩にも降りた。高橋は驚くより先に、「よろしくね」と、まるで転校生に声をかけるみたいに、自然に笑いかけた。光の玉は、応えるかのように、ふわりと瞬いた。
その時、麗華が「あっ」と声を上げた。
麗華の左肩にも光の玉が、降りていた。
「温かい」
麗華が驚いたように自分の肩を見た。
一橋さんの肩にも黄緑色の光の玉が降りた。一橋さんは、全く動じなかった。「あら、こんにちは」と、当たり前のように言った。その落ち着きように、桃矢は思わず笑ってしまった。
山田さんは、肩にとまった瞬間、「うわっ」と声を上げて2、3歩後ずさりした。
6つの光の玉が桃矢達の肩に降りた。陽翔と川原さんには、まだ肩に光の玉は降りてこなかった。陽翔は「俺は……?」と苦笑した。川原さんは「焦らなくていいと思う」と静かに言った。
橙色の個体が一歩前に出た。その肩の上の光の玉が、ひときわ強く輝いた。
そして、桃矢の頭の中に、言葉が届いた。
『はじめまして。ずっと、見ていました』
「……声が聞こえた」
桃矢は思わず声に出した。隣で麗華と一橋さんが「私も」と言った。山田が「俺も…いまのは…」と目を白黒させていた。
声が頭の中に響いた6人は、驚きのあまりしばらく動けなかった。
桃矢は、陽翔と川原さんの表情から2人には声が届かなかった事を察した。声が聞こえたのは肩に光の玉がとまった6人だけのようだった。おそらく、声は目の前の橙色の個体だと判断した桃矢は、「はじめまして」と声に出して言ってみた。
一呼吸置いて「あなたのことを教えてもらえますか」と続けた。
橙色の個体が、頭をわずかに傾けた。お腹の白い部分が、温かみのある白い光で輝いた。
『ルウ』
頭の中に、その言葉がやわらかく響いた。
「ルウ」
桃矢は、繰り返した。
『そう、ルウ。私の名前』
隣で一橋さんが、ゆっくりと頭を下げた。「ルウさん、よろしくお願いします」
ルウのお腹の白い部分が、これまで見た中で一番強く、温かく光った。
それが、始まりだった。




