第28話 邂逅
アカの光が昇りきらない、薄明るい時間から桃矢は目が覚めていた。
眠れなかった、というより、眠りの浅い時間がずっと続いていた。
前のマジ暗の時、あの光の玉が、いつもより多く茂みのあたりで飛んでいたのを見ていたことを思い出した。
あれは何だったのだろう。
起き上がって空を見ると、アカとシロの両方はまだ低い位置にあった。
中嶋さんがいつも通り、黙々と火の管理をしていた。
大葉さんが、長田さんの身支度を手伝っている。
1日が動きを始めていた。
麗華が桃矢に気づいて近づいてきた。
「眠れなかった?」
「……あまり、眠れませんでした」
「私も」
麗華はそう言って、火の近くに腰を下ろした。
しばらく、二人でその炎を見ていた。
「昨日のこと、どうする?」
川の上流で見つけた、あの不自然な石の並びのことだ。
「近づくのは正直怖いけど、もう1回見てみたい気はします」
桃矢は、正直に答えた。
「危険かもしれないね」
川の上流にはこれまでより多くの果実がなる木があった。
食料確保のためにも、そこへ行かなければならないのも事実だった。
ただ、その先に何かがいる、という事実も変わらない。
「一緒に行くよ」
麗華の言葉に桃矢は驚いて、麗華の顔を見た。
「リーダーが一緒に行ってどうするのって顔してるよ」
「してません」
「してるよ」
麗華は、わずかに笑った。
それから、少し真剣な顔に戻った。
「これからのことを判断する立場なら、自分の目で確かめないといけない。それだけ」
アカがかなり高く昇り、シロも空の半ばを過ぎたダブりの時間に、桃矢、陽翔、山田さんに麗華も加わった4人で
川の上流へと向かった。
残る8人には、拠点付近で果実の採取と火の管理を続けてもらうよう頼んだ。
川原さんが「危険だと思ったら迷わず引き返してね」と念押ししてきた。
4人はいつもより周りをよく見ながら上流を目指した。
川の水面が、ダブりの複合光を受けてきらきらと輝いている。
いつもの川と変わらない景色なのに、昨日あれを見てしまった後では、どこか違って見えた。
「あそこ」
陽翔が小さな声と共に指さした。
川岸に沿って規則的に並んだ丸い石。
今日は、昨日より注意深く見た。
丸い石は明らかに人工的に加工されていた。
ほぼ同じ大きさの丸い石が等間隔で上流に向かって並べられていた。
「あの丸い石をたどっていけば、石を加工した存在がいるのかしら」
麗華が上流の方を見ながらつぶやいた。
「昨日、木々の奥の方で何かが動いたのを見たんです。絶対何かいる。でもはっきりと分からなかった」
「なら、今日も昨日と同じように果実を取りながら少し様子を見ようよ」
経過の提案で、4人は対岸の方あまり見ないようにして、果実の採取に専念するふりを始めた。
採取のふりと言っても、実際、この辺りには多くの果実が実っていた。
しばらく、みんなは果実の選別と採取に専念していた。
作業をしながら桃矢は時々、対岸の森の方をチラチラ見ていた。
その時、木々の間にオレンジっぽい色の何かが動いたのを見た。
桃矢は果実の採取を止めて、対岸の方を向いてその何かの方をじっと見つめた。
木々の隙間に、オレンジ色の何かがいた。
しかも、それは動いていた。ゆっくりと、こちらに向かって。
桃矢は小さな声で3人に対岸の方を見るよう伝えた。
見えてきたのは、全身が短い橙色の体毛に覆われた、2足歩行の生き物だった。
ゆっくりと近づいてきて、対岸で立ち止まった。
その体型は、食パンを縦に立てたような、と言えばいいだろうか。
頭と胴体の境目がほとんどなく、四角い輪郭が、首のくびれもないまま一続きになっている。
横幅がたっぷりとあり、足は短い。
全体のシルエットは、とにかく幅広く、どっしりとしていた。
四角い頭部の両端から三角形の小さな耳がすっと上に向かって立ち上がっていた。
猫の耳に似ているが、もっと尖っている。
小さな菱形の目が二つ。その目が静かにこちらを見ていた。瞳の色は、深い橙色だった。
手は2本で、腕の先は丸くなっていた。
体の前面の大半を占めるように、お腹のあたりに大きな白い部分が広がっていた。
胴体の色が橙色であるのに対し、そこだけが、はっきりとした白さで際立っている。
その白い部分が、ほのかに光っていた。
波打つように、強くなったり弱くなったりしながら、柔らかく、温かみのある光を放っている。
まるで、呼吸するように。
「なんだ…あれ」
陽翔が息を呑んだ。
山田さんも果実を持ったまま見つめていた。
麗華が桃矢の腕にそっと手を置いた。
その生き物はこちらを見たまま動かなかった。
こちらを、じっと見ていた。
表情はよく分からなかった。自分たちのことを観察しているようにも見えた。
桃矢は麗華にうなずいてから、できるだけゆっくりした動作で1歩前に出た。
その生き物の大きな目が、桃矢の動きを追った。
それから、体を少しだけ横に傾けた。まるで、首をかしげるように。
胸の白い光が、少しだけ強くなった気がした。
桃矢は何かを言おうとした。でも、何と言えばいいか分からなかった。
「こんにちは」は通じないかもしれない。
結局、桃矢は何も言わなかった。
ただ、その生き物の目を見続けた。
しばらく、誰も動かない時間が続いた。
それから、その生き物はゆっくりと振り返り、木々の奥へと歩いていった。
逃げるような速さではなかった。急いでもなかった。
ただ、ゆっくりと来た方向へと戻っていった。
木々の中に消える前に、こちらを振り返った。
橙色の大きな目が桃矢を見た。
それから、前を向き、姿が見えなくなった。
4人はしばらくの間、誰も言葉を発しなかった。
「今の……」
陽翔の声は震えていた。
「動物では無いよな?」
山田さんのつぶやきに、「見つめ合ったけど、怖くはなかったです」と桃矢は先ほどのことを思い出しながら伝えた。
「たしかに危険なものには、見えなかったね。うん」
そう言いながら麗華は手にしていた果実を籠の中に置いた。
「なんか、こっちのこと、ずーと見てたね」
「見てた」
陽翔も低い声で頷いた。
拠点への帰り道、桃矢はずっとあの白い光のことを考えていた。
波打つように明滅するあの光は、どういう意味を持つのだろう。
感情と連動しているのだろうか。
それとも、単純な生理現象なのか。
でも、それ以上に頭から離れないのは、あの小さな橙色の目だった。
あの目は桃矢を「見ていた」
ただ観察していたのではなく、もっと積極的な意味で、こちらに何かを向けていた。
言葉では説明できない、けれど確かに伝わってくる何かが、あの目の中にあった。
ずっと前から、あの生き物は自分たちのことを見ていたのかもしれない。
根拠はなかった。でも、そんな気がした。
「星野くん」
麗華が隣で言った。
「はい」
「明日、また来よう。あの子にもう1度会うために」
思わず桃矢は、麗華の横顔を見た。
桃矢は小さく頷いた。




