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いつもの市バスは、異世界行き  作者: チーム エボンヌ
第一章 サバイバル編

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第27話 笑えない話

 山田一樹は、スーツを着てバスに乗っていた。

 7社目の面接に向かう朝だった。これまで6社、1次面接や2次面接で落とされ続けてきた。今日も、バスの中で面接の練習をしていた。「本日は貴重なお時間をいただき……」声に出すと、どこか他人事みたいに聞こえた。自分の口から出てくる言葉が、自分のものじゃないみたいだった。

 その途中で、転移した。

 7社目がどんな結果になるか、山田には永遠に分からないままになった。受かっていたかもしれないし、また落とされていたかもしれない。その答えが出ないのは、自分にとって救いだったかもしれない。

 この星に来てから、スーツは早々に戦力外になった。ジャケットは最初の二日で脱いで、バスの中に置きっぱなしにした。シャツの袖は肘まで折り返し、ズボンの裾は膝下で折る。それでも、動くたびに裾が邪魔だった。

 面接の為に思い切って買った数万円のスーツ。それが、今や泥と草の汁でボロボロだ。

 この星で自分から声を上げたのは、自分でも意外だった。

 転移後、武田が「外へ出る」と言い出した時、山田は反射的に手を挙げていた。サバイバル系の動画をよく見ていたから、多少は役に立てると思った。でも、今から思えば、あの時よく自分から声を上げたものだと、我ながらに感心してしまう

 密林を歩きながら、武田たちに水場の見つけ方を話した。地面の湿り気、風の匂い、土の色。動画で仕入れた知識をただ喋っているだけだった。なのに、みんなが黙って聞いてくれた。頷いてくれた。その感覚が、妙に新鮮だった。

 就職活動の半年間、自分には何もないと思っていた。面接のたびに、年下の新卒の学生たちの方が自信に満ちているように見えた。あいつらは何かを持っていて、自分には何もない。そういう焦りが、いつも胸の中にあった。

 ところが、この星の最初の一日目に、自分が持っていたものが役に立った。

 笑えない話だ、と思った。地球ではずっと評価されてこなかった人間が、宇宙のどこかの星に来てようやく役に立つ。冗談みたいな話だった。だから笑えない。笑えないけど、心の片隅では、嬉しく思っている自分がいた。そのアンバランスさが、この星に来てからずっと、山田の中に居座っている。

 果実の毒見を申し出た時、手が震えていた。気づかれていたかどうかは分からない。武田が「俺が」と言い出した瞬間、山田は気がついたら「俺がやる」と口にしていた。最初に見つけたのは自分だから、という理由を後からつけたが、それだけではなかった。武田は倒れてはいけない人間だった。自分が代わりに試して、万が一何かあったとしても、その損失の方が小さい。そういう計算が一瞬頭に浮かんだ。

 それだけではない。おそらく自暴自棄になっていた。何の役にも立たない人間。そんな自分なら、万一の事があって誰も悲しまない。もやもやした気持ちのまま、実を口に運んだ。

 甘かった。桃に近い味がした。

 車内から拍手が起きた。その音を聞きながら、山田は、地球での自分の半年間を、なぜかふと思い出した。6社に落とされ続けた半年間。誰かに必要とされた感覚なんて、どこにもなかった半年間。今この瞬間の、この拍手は、何なのだろうと思った。

 武田は、最初から一定の距離を置いていた。

 有能なのは分かる。判断が速く、無駄がなく、場を仕切る力がある。それは素直に認めていた。ただ、鼻につくものもあった。あの目が、時々、人を「役に立つか否か」でだけ測っているように見えた。就活の時の面接官の目と同じ目をしていた。

 グループが割れた日、山田は一瞬迷った。

 武田達について行く選択肢もあった。正直に言えば、生存という観点だけで見れば、武田の合理的な判断の方が有利かもしれない、という打算が一瞬浮かんだ。体力のある人間だけで動いた方が、確かに効率はいい。

 でも、麗華の『やさしさを捨てた瞬間に、私たちはもう人間じゃなくなる』という言葉を聞いた時、足が自然と動いていた。就活で何度も挫折してきた自分が、誰かを切り捨てる側に立てるわけがなかった。それだけのことだ。

 今泉さんが死んだ。

 毒のある実を食べてしまったと聞いた時、山田が最初に思ったのは、自分のことだった。毎日漁で捕れる魚の量を、もう少し増やせなかったか。工夫が足りなかったんじゃないか。今泉さんが一人で食べ物を探しに出るほど追い詰められていたなら、自分にも何かできたことがあったはずだ。

 拳を握りしめながら、その場に立ち尽くしていた。

 誰かに責任をなすりつけるつもりはなかった。ただ、あれだけ毒見を重ね、食べられる植物を確認し続けてきたのに、結局、今泉さんを救えなかった。その事実がつらかった。

 地球にいた頃の自分なら、こういう時どうしていただろう、とふと思った。たぶん、何もできないまま、その場の空気に飲まれていたと思う。この星に来てから、自分は少し変わったのかもしれない。変わったからこそ、悔しかった。

 夜、火のそばで1人でいる時間が、山田は割と好きだった。

 何もしなくていい時間は、考える時間でもある。地球に帰ったら何をしよう、とたまに考える。また就活をすると思う。面接も受ける。でも、この星に来て変わった自分がどこまでできるか試してみたい気がした。

 7社目の面接の続きをどこかで受けてみたい。

 笑えない話だと思う。でも、それでいいと、今の山田は思っていた。

 この星で経験は、地球にいたときには絶対に得られないものだ。地球に戻っても、ここで過ごした時間は自分の中に残り続ける。ここでの経験が何かの役に立つかどうかは、分からない。でも、自分は確実に変わりつつある、そんな確信があった。


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