第24話 自分が選んだ道
川嶋麗華は、武田のことをいつから意識していたか、はっきりと思い出せない。
たぶん、高校に入学して間もない頃だったと思う。
廊下ですれ違うたびに、なぜか目で追ってしまっていた。
才色兼備で成績はいつも学年トップ。
生徒会長として、誰に対しても分け隔てなく、けれど凛とした態度で接する。
そんな彼の姿に、麗華はいつしか強く惹かれていた。
父の仕事の都合で、子供の頃から何度も住む国を変えてきた麗華にとって、「環境に左右されず、自分の力で結果を出し続ける人間」というのは、特別な憧れの対象だった。
きっと、武田くんも自分と同じように、恵まれた環境の中でも努力を惜しまず、今の地位を築いてきたのだろう。そう、勝手に思い込んでいた。
私たちは似た者同士。
麗華は武田に対して根拠のない親近感を抱いていた。
彼の家がどこにあるのか、どんな暮らしをしているのか。麗華は考えたこともなかった。
ただ、彼の周りに漂う、自信に満ちた空気だけを見て、「自分と同じ世界の人間だ」と勝手に決めつけていたのだ。
あの日、突然この見知らぬ星に放り出されたとき、麗華は真っ先に武田の姿を探した。
怖くて、心細くて、誰かに頼りたかった。
そして、武田はその期待に応えるように、すぐにリーダーシップを発揮した。
冷静に状況を把握し、的確な指示を出し、皆を導いていく。
さすが、武田くん。
麗華は何度もそう思った。こんな状況でも、彼は変わらない。
むしろその頼もしさは、これまで以上に際立って見えた。
水場を見つけ、火を熾し、少しずつ生活基盤を整えていく過程でも、武田は常に先頭に立っていた。
その姿に、麗華の憧れは、ますます強くなっていった。
けれど、その印象は長くは続かなかった。
最初に違和感を覚えたのは、いつだっただろう。
武田の言葉の端々に、これまでにはなかった冷たさが感じられるようになったのは。
「動ける人間が、動ける分だけ動く。動いた人間は動いた分の対価を得る」
その一言を聞いたとき、麗華は自分の耳を疑った。
その後も、武田による人を軽視したような発言は続いた。
長谷川さんが亡くなった後、皆が疲弊し、不安を抱えている中で、武田はまるで損得を計算するように、人の価値を語り始めた。
それは麗華が思い描いていた「武田麟太郎」とは、全く違う人物の言葉だった。
さすが武田さん、と思っていたはずの自分が、いつの間にか彼の言動の一つひとつに、強い違和感と苛立ちを覚えるようになっていた。
動けない者は、切り捨てる。そんな理屈を平然と口にできる人間だったなんて。
失望は、やがて怒りに変わった。
一橋さんも三浦さんも長田さんも、みんな必死にこの状況に耐えている。
それを効率という言葉だけで切り捨てようとする武田の姿に、麗華はこれまで感じたことのない強い反発を覚えた。
『やさしさを捨てた瞬間に、私たちは、もう人間じゃなくなる』
あの時、自分でも驚くほど、はっきりとした言葉が口をついて出た。
それはこれまで積み重ねてきた、武田への失望そのものだった。
武田と決別し、新しい拠点を作ってからの麗華は、慣れないリーダーという役割に何度も心が折れそうになった。
特に今泉さんが亡くなった時は、自分のリーターとしての資質を疑い、自責の念に押しつぶされそうになった。
それでも、12人の仲間たちは、誰一人、麗華を責めなかった。
むしろ、それぞれができることを見つけて、自然と支え合ってくれていた。
その中で、麗華が最近気になるのが、星野桃矢だった。
最初は、ただのクラスメイトの1人でしかなかった。
挨拶をしても、いつも気まずそうに目を逸らす、ちょっと変わった男の子。
正直、それ以上の印象は何もなかった。
しかし、転移してからは、星野くんの行動が何度も目につくようになった。
火と寝床の準備を、誰よりも早く考えていたこと。
見張りの押し付け合いになった時、自分から名乗り出たこと。
誰かが困っていれば、目立つことなく、ふっと手を差し伸べていること。
それは、武田のように前に出て皆を率いるリーダーシップとは、違う種類の力だった。
目立たないけれど、確かに周りを支えている。
そのことに気づくたびに、麗華の中で、星野桃矢という人間への評価が少しずつ変わっていった。
「川嶋さんの言う通りだと思います」
あの時、星野くんが迷いなくそう言ってくれたことを、麗華は今でもよく覚えている。
リーダーとしての重圧に押し潰されそうになっていた自分に、その一言がどれだけ心強かったか。
星野くんはちゃんと見てくれている。
これまで「ただのクラスメイト」としてしか見ていなかった星野桃矢という人間に対して、麗華は確かな信頼とある種の敬意のようなものを、抱き始めていた。
夜、火を見つめながら、麗華は武田のことを考えていた。
バスを残して8人の仲間たちと出て行った武田。今、どこで何をしているのだろう。
彼なら自分より上手くやっているのではないか。
そんな思いがよぎっては捨て、また考えてしまう。
それでも、今、目の前にいる12人の仲間たちと、これからもできる限り支え合いながら生きていきたい。
その想いだけは、はっきりとしていた。
麗華には今の武田達の本当の状況を知る術はない。
彼は彼、私は私。
今はそれぞれの決断を信じるしか無い、そう思うことにした。




