第20話 ポヨンヌ
惑星の深い森には、争いというものを知らない生きものたちが暮らしていた。
食パンに手足が付いたような体型。尖った耳と菱形の目、小さなおちょぼ口の付いた顔。お腹には大きな白い楕円状の模様があり、時々うっすらと光っていた。
穏やかで、好奇心旺盛で、初めて出会う相手にも臆することがない。
彼らは、自分たちのことを「ポヨンヌ」と呼んでいた。
ルウは、森のはずれにある、苔むした大きな岩の陰から、ずっと、あの不思議な生きものたちを見ていた。
ある日大きな音がして空が光った。
その光が森の外れに落ちた。その様子を見に来たルウは、開けた場所に細長い見たことがないものを見つけた。
しばらく見ていると、その中から見たことのない、2本足で立つ生きものが出てきた。
数えきれないほどたくさんいて、声を出し合って、何かを伝え合っている。
ルウたちポヨンヌとは違う、不思議な響きの声だった。
あの生きものたちが、水を探し、食べ物を探し、火を熾す様子をルウは、毎日、こっそりと眺め続けていた。
ポヨンヌは、誰かの領域に無理に踏み込むということをしない。ただ静かに、見守るだけだった。
ある時、あの大きな群れが、2つに分かれた。
ルウにはその理由がよく分からなかった。けれど、何かが、決定的に違ってしまったのだということだけは、伝わってきた。
それから、ルウは2つの群れを、それぞれ見守るようになった。
ポヨンヌには不思議な感覚がある。他のものの感情を、色として感じ取ることができるのだ。
1つの群れから、ルウの知らない色を感じた。
仲間の誰からも、森のどの生きものからも、感じたことのない色。
暗く濁って、触れてもいないのに、胸のあたりが冷たくなるような色だった。
ルウには、その色を言い表す言葉がなかった。
その群れでは、1人が高いところから声を張り、まわりの者たちは、目を伏せて俯いている。
火を囲んでいても、群れの色は冷たいままだった。
ルウの肩に乗っている拳大の光の玉、ポヨンヌが「ボルン」と呼んでいる、優しい光の友達は、その群れには近づかなかった。
ボルンはこの星の生きものと仲が良い。
ボルンが生きものに近づこうとしないのを見るのは、初めてのことだった。
ボルンは2つの太陽が織りなす光から長い時を経て生まれた、不思議な存在だと言われている。
ポヨンヌの心とよく似た性質を持っている。
心の色をポヨンヌよりもずっと敏感に感じ取る。
ポヨンヌにとって、ボルンは古くからの大切な友達だった。
その大切な友達が、あの群れにだけは、近づこうとしない。
ルウには、あの濁った色がますます分からなくなった。
もう1つの群れは、まるで違っていた。
その群れの色は、火のそばの空気に似ていつも温かい色だった。
ボルンは、その群れの近くに行くのが好きなようだった。
夜になると、こっそりと群れの周りを漂い、ゆっくりと瞬きながら、その様子を見守っていた。
ルウもいつしか、その群れの方をより多く見るようになっていた。
あの群れの中に、1人、他とは違う色を持つ者がいた。
その者の色は、ルウの仲間たちの色と少し似ていた。
いつも穏やかで、静かな水面のように、揺れることが少ない。
それでいて、誰かが困っていると、すぐにそちらへ動く。やさしさの塊のような者だった。
どうして、この生きものの色だけ、自分たちの色と似ているんだろう。
ルウは、その者のことがなんとなく気になっていた。
もう1人、大きい方の太陽の光に似た、明るく温かい心の色をした者もいた。
群れをまとめる役割を担っているようで、いつも気を張っているのが、遠目にも分かった。
それでも、誰かのために自分のことを後回しにする姿は、ルウの目には優しく映った。
同じ生きものなのに、どうして、こんなにも色が違うのだろう。
とくに、あの暗く濁った名前のない色。
でも、ルウはその色を持つ者達の近くには行きたいとは思わなかった。
でも、もう1つの群れとは心を通わせたかった。
しかし、自分たちからは動かない。
ポヨンヌはいつも受け身だった。近づいてくるものは拒まない。全て受け入れる。
ポヨンヌは、ずっと、そうやって生きてきたのだから。
ルウは、岩の陰から、もう一度、あの穏やかな群れを眺めた。
ボルンが一つ、群れのそばをふわりと漂っている。
いつか、あの群れと交流するときが来たら、あの温かい色はどんなふうに揺れるだろう。
ルウはそんな想いを抱きながら、静かに夜の森へと姿を消していった。




