第19話 助け合い
武田たちが去ってから、13人の暮らしは少しずつ新しい形を整えつつあった。
それぞれが無理のない範囲で役割を引き受け、足りないところは、誰かが自然と補い合う。そんな空気が、いつの間にか根付いていた。
「今日の収穫、これだけ」
桃矢が持ち帰った果実と魚を地面に並べる。お世辞にも豊富とは言えない量だった。
「13人で分けるには、ちょっと心もとないわね」
大葉さんが苦笑しながらそう言った。
「でも、大丈夫。取れただけでもありがたいと思わなくては」
大葉さんが果実を切り分け始める。多い少ないを気にする様子は、まるでなかった。
「大葉さん、私もやります」
今泉さんが手伝いに加わった。きびきびとした手つきで、果実を均等な大きさに切り分けていく。
「ありがとう、助かるわ」
大葉さんが、笑顔で返す。今泉さんも、つられるように微笑んだ。
武田達がいた頃には見られなかった、こうした自然な助け合いの光景が、当たり前のものになりつつあった。
「川原さん、ちょっといいですか」
一橋さんが、川原さんに声をかけた。
「最近、なんだか体が軽い気がするの。腰の痛みも、ほとんどなくなったし」
「そうなんですか? 念のため、診ておきましょうか」
川原さんが丁寧に一橋さんの体を確認する。
脈、顔色、関節の動き。どれも、転移してきた時より、明らかに良くなっているように見えた。
「不思議ですね。本来なら、こんな生活は体に負担がかかる一方のはずなのに」
川原さんは首をかしげながら呟いた。
三浦さんも、近くでその様子を見ながら「俺も最近、体がだるくならないんだよな。透析を受けてないのに」とこぼした。
「本当に、不思議なことばかりですね、この星は」
川原さんのその言葉に、誰もが小さく頷いた。理由は分からないながらも、この奇妙な「良い変化」だけは、誰の目にも明らかだった。
長田さんも車椅子でその会話に耳を傾けていた。
「あたしも、このところ、食欲が出てきた気がするわ。最初は、あんな得体の知れない果物なんて、口にする気にもなれなかったのに」
「あら、玲子さんも? それは良かったですね」
大葉さんが、嬉しそうに目を細めた。長田さんの変化を、誰よりも近くで見守ってきた大葉さんにとって、それは何よりの朗報だった。
「何か理由があるのかしらね、本当に」
川原の呟きに、答えられる者はいなかった。でも、この星は、ただ過酷なだけの場所ではないのかもしれない、という思いが芽生え始めていた。
その日の夕方、桃矢は陽翔と山田さんと共に、もっと効率よく魚を捕る方法を検討していた。
「網で掬おうとしても、魚が早すぎるんだよな」
桃矢が、即席の網を手に取りながら言った。
「確かに。じゃあどうすれば良いと思う?」
山田さんが興味深そうに身を乗り出す。
「昔テレビで見たんだけど、四角い網を川底に設置しておいて、みんなで川を叩いて魚を追い込んでいたんだ。だからもっと大きな網をつくったらどうかな」
「なるほど。じゃあ、少し材料を調達して作ってみるか」
陽翔が、軽い調子で言うと、3人は連れ立ってバスの中へはいっていった。
「すみません、誰かストッキングと紐を譲ってくれる人いませんか」
山田さんが声をかけると、大場さんと一橋さんが、自分の荷物の中から紐とストッキングを差し出してくれた。
「これ、だいぶお古だけどね」
「足りなかったら、また言ってね」
誰も、出し惜しみをしなかった。必要としている誰かのために、自分が出来ることをする。それが、このグループの当たり前になっていた。
「ありがとうございます」
桃矢は、集まった紐とストッキングを見ながら、密かに温かい気持ちになっていた。
大きな長方形で2面だけ網が無い形に作り替えた網を手に、3人は川へと向かった。
「あの辺にこの網を沈めよう」
山田さんが岩で川幅が少し細くなっている所を指さした。桃矢と陽翔が網を持って川に入り水に沈めようとしたが、網は軽くて、手を離すと流されてしまいそうだった。「山田さん!網が流されちゃうからこのまま持ってます。上流の水面を叩いてください」と網を押さえながら桃矢が言うと、「人が近くにいると魚が警戒して近づかないからダメだよ。網の中に石を幾つか入れれば沈むよ」
果たして山田さんのいうとおり、無事、網は川底に落ち着いた。
山田さんと陽翔が川上から川に入って木の枝で川面を叩いて魚を網の方に追いたてた。頃合いを見計らい、桃矢が網の紐を引っ張って網を引き上げると、8匹の魚がはねていた。思わず3人はハイタッチした。
「やった、これだけ獲れれば、13人でも十分だ」
陽翔が、嬉しそうに声を上げる。3人は、顔を見合わせて笑った。
3人は意気揚々とバスに戻っていった。
一方、今泉さんはその夜、1人になった時間に、こっそりと自分の荷物を確認していた。
持ってきていた小さな飴の包みが、もう残りわずかになっている。会社帰りに買ったまま、転移してから少しずつ口にしてきたものだった。
「……あと少しか」
今泉さんは、小さくため息をついた。
日々の配給は、彼女にとっては決して十分とは言えない量だった。
地球にいた頃は、仕事中でもお菓子などの間食を欠かしたことは無く、普段から人よりも多く食べてきた彼女にとって、今の生活はとてもつらかった。
誰にも言えないその苦しみが、彼女の中で、少しずつ大きくなっていた。
周りのみんなは、少しの量でも、文句一つ言わず受け入れている。それなのに、自分だけが、わがままを言えるはずはなかった。
誰かに弱音を吐けば、迷惑をかけてしまう。そう思うと、ますます1人で抱え込んでしまう自分がいた。
みんなのためにも、自分がもっと動かないといけない。もっと果実を集めないと。
そんな考えが、今泉の頭を、ふとよぎった。
川沿いには、まだ誰も確認していない植物がいくつかあるはずだ。少しくらいなら、自分で試してみても構わないのではないか。
そんな、危うい考えが、今泉の中で、徐々に形を持ち始めていた。
その夜、桃矢は見張りの順番を終えてバスのそばで小さく息をついていた。
頭上には、地球では見たことのない星々が広がっている。
その時、視界の隅に淡い光の玉がひとつ、揺らめくのが見えた。
先日見た、あの光だった。
光の玉はしばらくその場に留まり、まるで何かを見守るように、ゆっくりと瞬きを繰り返していた。それから、森の中へと入っていった。
「今日も、お疲れ様」
声をかけてきたのは、麗華だった。
「川嶋さんも、お疲れ様です」
「みんなで助け合えてるこの感じ、すごくいいなって思う。星野くんのおかげも大きいと思うよ」
「いや、そんな。みんな自然と出来てるから」
桃矢がそう答えると、麗華は小さく笑った。
「そういうところが、星野くんらしいよね」
その一言に、桃矢の胸が少しだけ温かくなった。




