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いつもの市バスは、異世界行き  作者: チーム エボンヌ
第一章 サバイバル編

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第18話 もう1つの拠点

 バスを離れた武田たちは、桃矢達が遭遇した獣のことを考え密林には足を踏み入れず、その外縁に沿うようにして、半日近く歩き続けていた。

 やがて、前方に草原地帯が見えてきた。

 背の低い草が広がり、見通しも良い。頭上を遮るものもないため、遠くまで視界が利く。

 万が一、危険な動物が近づいてきても、早い段階で気づけそうな場所だった。

「ここを、新しい拠点にする」

 武田が、息を切らしながらそう告げた。


 歩き通しだった体は、誰もが限界に近かった。

 密林を避けて遠回りした分、距離も思った以上にかさんでいた。

 慣れない荷物を抱えての移動は、想像以上に過酷だった。

 それでも、誰も弱音を吐かなかった。武田の前で弱さを見せることが、ある種のタブーのようになっていた。

「とりあえず、寝床を作ろう。日が暮れる前に」

 武田の指示に、誰もが黙々と動き出した。

 バスという拠点を失ったことの不安は、誰の顔にも色濃く滲んでいた。

 けれど、それを口に出す者はいなかった。


 2つの太陽が沈み、あたりが完全な闇に包まれる頃、武田たちは即席の焚き火を囲んでいた。

 石原と田崎は武田を避けるように、焚き火を挟んで反対側に腰を下ろした。

 パチパチと火が燃える音だけが、辺りに響いている。それ以外には、何の音もしない。風の音すらほとんど感じられない、不気味なくらい静かな草原の夜だった。

「なあ」

 石原が、声を潜めて田崎に話しかけた。

 火の向こうにいる武田には聞こえないよう、できる限り小さな声のつもりだった。

「本当にこれで良かったのかよ。バス、あっちに置いてきちまったし。雨でも降ったら、どうすんだよ」

「今さら、何言ってんだよ」

 田崎も、同じように声を抑えて返す。

「武田さんが決めたことだろ。文句あるなら、お前があの時、何か言えば良かったんだよ」

「いや、別に文句言ってるわけじゃ……」

 石原は、ばつが悪そうに口をつぐんだ。

「でもよ、正直、ちょっと心細いよな。バスの中は雨風しのげたし、なんだかんだ落ち着く場所だったし」

 田崎も、さらに声を落としながら、本音を漏らした。

「ああ。あんな決断、よくできたよなって思うよ、正直」

「言うなよ、それ。武田さんに聞こえたら、まずいだろ」

「分かってるって。お前にしか言ってねえよ」

 お互いにしか聞こえていないつもりだった。


 けれど、その「小声」は辺りを満たす静寂の中で、思いのほか遠くまで届いていた。

 焚き火の爆ぜる音だけが響く、何もない草原の夜。声を遮るものは何ひとつなかった。

 火の向こう側で、武田はその一言一句を、はっきりと聞き取っていた。

 表情には出さなかった。視線も焚き火からほとんど動かさなかった。

 けれど、石原たちの言葉が鋭く胸に突き刺さっていくのを、武田は黙って受け止め続けていた。

 本当に、これで良かったのか。

 その問いは、武田自身、何度も自分に投げかけてきたものだった。

 つい、勢いでバスを捨てると言ってしまったが、もう後戻りはできない。リーダーとして決断した以上、迷いを見せるわけにはいかなかった。

 石原たちが、自分に聞かれていないと思って交わしているその本音こそが、何より雄弁な答えだった。

 武田は、それを誰にも悟られないよう、静かに焚き火を見つめ続けた。


「武田、大丈夫か」

 声をかけてきたのは、山崎だった。

「ああ、平気だ」

「無理すんなよ。お前が倒れたら、シャレにならないんだから」

 山崎の言葉には、いつもの率直さがあった。武田は小さく頷いた。

「正直、不安はある。バスを手放したのは、今思えば、判断ミスだったかもしれない」

 武田が珍しく弱音をこぼした。山崎以外には聞こえない、小さな声だった。

「でも、もう後には引けない。みんなを引っ張っていく以上、迷ってる姿は見せられない」

「お前、昔からそうだよな。1人で全部背負い込もうとする」

 山崎が呆れたように、けれどどこか優しい声で言った。

「俺だっているし、他のやつらだっている。1人で抱え込む必要はないと思うけどな」

「……そうかもな」

 武田は、それ以上、言葉を続けなかった。けれど、山崎の言葉がわずかに心の重さを和らげてくれているのを、自分でも感じていた。


 翌日、武田たちは新たな水場を探すことにした。

「俺と山崎で北の方を見てくる」

 武田の指示に、山崎が頷いて立ち上がった。

 残された石原と田崎、大沢たちは、拠点周辺の整備を任されることになった。

「大沢さんは荷物整理をしておいてくださいね」

 石原が、敬語こそ使っているものの、どこか小馬鹿にしたような口調で大沢に言った。

 大沢は、何も言わずに頷いた。

 本来なら、年上の大学生に対する態度ではない。けれど、武田から「役に立たない人材」と見なされていることも、大沢自身、薄々気づいていた。

 表向きは年長者として一応の体裁を保たれてはいるものの、内心では石原や田崎にも軽んじられている。

 それを撥ね除けるだけの強さは大沢にはなかった。


「太田、斉藤、お前らも手伝え」

 石原の指示に、太田と斉藤が素直に従う。

 水場を探す道中、武田は山崎と並んで歩きながら考えていた。

 バスにいた頃はまだ良かった。あの場所には、ある種の安心感があった。

 今は何もない場所から、すべてを1から築き上げなければならない。

 バスという「地球の名残り」を手放したことで、自分たちが本当に見知らぬ星に放り出さたという実感が迫ってきた。

 それでも、引き返すという選択肢は、武田の中には存在しなかった。プライドがそれを許さなかった。

「あった、川だ」

 山崎の声に、武田は我に返った。

 少し先に、小さな川が流れている。

 新しい命綱を見つけた安堵感が広がった。

「これで、なんとかなりそうだな」

 武田がそう呟くと、山崎も頷いた。


 2人はしばらくの間、無言でその川を見つめていた。

 地球とは違う、淡い青緑色の水面が複合光を反射してきらきらと輝いている。その美しさに、武田は場違いにも少しだけ心を奪われていた。

「綺麗だな、こういうのを見ると、ここが本当に別の星なんだなって、実感するよな」

 山崎がしみじみと呟いた。

「ああ」

 武田は、短くそう答えた。しかし、心の中では今回の決断が正しかったのかという疑問が未だに渦巻いていた。


 拠点に戻ると、みんなが水場発見の報告を待ちわびていた。

「見つけた。歩いて15分くらいのところだ」

 武田の報告に、小さな歓声が上がった。久しぶりに見るみんなの安堵した表情に、武田もわずかに頬を緩めた。

「15分か……結構あるな」

 田崎がぽつりと呟いた。

「毎日、水汲みのたびにその距離往復するのか? きついだろ、それ」

「だったら、拠点ごと水場の近くに移した方が早くないか? どうせバスじゃないんだから、移動するのは簡単だろ」

 石原が、提案するように言った。

「それは、ダメだ」

 武田がすぐに反論した。

「ここは見晴らしがいい。獣が近づいてきても、すぐ気づける。水場の近くは木が多くて、視界が悪い。安全を考えたら、今の場所の方がいい」

「でも、毎日15分かけて水汲みに行くのも、それはそれで体力使うだろ。途中で獣に襲われたら、元も子もないんじゃないか」

 石原も、引き下がらなかった。これまでにない強い口調だった。

「それに、水場の近くに拠点を移した方が、むしろ安全だと思う」

「いや、逆だ」

 武田が、即座に否定した。

「水場には、水を飲みに来る動物が集まる。俺たちが出会った、あの緑の獣もそうだ。水場の近くに住むということは、わざわざ獣の生活圏のど真ん中に、自分から飛び込むようなものだ」

 その説明に、石原は一瞬、言葉を詰まらせた。

「じゃあさ」

 それまで黙っていた田崎が、ふと思いついたように口を挟んだ。

「逆に考えたら、水場の近くなら、動物が向こうから寄ってくるってことだろ。だったら、それを狩るチャンスじゃないか? 肉、ずっと食えてないし」

 その提案に一瞬、何人かが「悪くないかも」というような顔をした。けれど、武田はすぐに首を振った。

「正気か。俺たちには、まともな武器もない。狩るどころか、返り討ちに遭うのが関の山だ」

「いや、でも、数で囲めば……」

「やめろ」

 武田の声が、初めて鋭さを帯びた。

「下手に刺激して、群れで襲われたらどうする。長谷川さんのことをもう忘れたのか」

 その一言に、田崎は黙り込んだ。

 長谷川の名前を出されたことで、場の空気が、一気に重くなった。

 誰も、それ以上は何も言わなかった。


「俺は、ここに残るべきだと思う」

 武田がきっぱりと言い切った。

「安全の確保は、何より優先すべきだ。水汲みの負担は、人数を増やすなり、効率化するなりで、なんとかできる」

「武田さんが、そう言うなら……」

 石原は、不満げな表情を隠さなかったが、それ以上反論しなかった。山崎が2人の間に割って入るように、軽く手を上げた。

「まあまあ、2人とも言ってることは間違ってないと思うよ。とりあえず、しばらくはこのままで様子見て、本当にきつかったら、また考えよう」

 その場を取り繕うような山崎の一言で、議論はひとまず収まった。けれど、石原の表情には、まだ納得しきれていない色が、はっきりと残っていた。


 その夜も、武田はなかなか寝付けなかった。

 頭の中には、今もまだ、麗華との対立の記憶が、鮮明に残り続けていた。

 やさしさを捨てた瞬間に、私たちは人間じゃなくなる。

 あの一言が、何度も何度も、武田の心の中で、繰り返し響いていた。

 自分の判断は、本当に正しかったのか。

 答えの出ない問いを抱えたまま、武田は暗闇の中で、ただ静かに横になってていた。


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