第17話 名前をつける
武田たちが去った後のバスの周りは、これまでとは違う静けさに包まれていた。
人数が半分近くに減ったことで、できることとできないことが、はっきりと分かれるようになった。
水汲み、食料探し、見張り。これまで複数人で分担できていた作業を、より少ない人数で回していかなければならない。
残された13人の顔ぶれを、桃矢は改めて見渡した。
体力のある若者は、自分と陽翔、麗華、朽名、高橋、山田さんの6人。
あとは、今泉さん、中嶋さん、大葉さん、川原さんたち働き盛りの4人の大人たちと、長田さん、一橋さん、三浦さん、3人の高齢者。
決して楽観できる人員構成ではなかったが、それでも、誰一人として欠けることなくここにいる。それだけで十分だ、と桃矢は思った。
「とりあえず、役割を1度整理しましょう」
麗華が皆を集めてそう切り出した。
声にはまだ緊張感が滲んでいる。
「山田さん、サバイバルの経験から何かアイデアありますか」
麗華はまず、山田さんの方を見て尋ねた。経験者であり、ここに来てからの実績もある山田さんに声をかけるのは、自然な流れだった。
「そうだなあ……体力のある人とそうじゃない人で、無理なく回せる形がいいと思う。水汲みと果実の採取を俺と松井、星野、朽名さん、高橋さん、今泉さん、この6人の交代制にして、火の管理は中嶋さんに任せるとか」
山田さんが顎に手を当てながら答えた。
「あと、一橋さんや三浦さんには、できる範囲で中嶋さんの補助と取ってきた果実の選別をお願いするのはどうでしょう」
「また、大場さんは長田さんのお世話を続けていただき、川原さんは看護師としてみんなの体調管理をする」
「いいと思う。みんな、それでいい?」
麗華が確認すると、誰も異論を唱えなかった。
13人という少ない人数だからこそ、ひとり1人の役割が、これまで以上にはっきりと見えるようになった。
「私は、全体を見ながら、足りないところに動きます。あと、体調のこととか、困ってることがあったら、直ぐに言ってください。決して一人で抱え込まないでくださいね」
麗華のその一言に、何人かがほっとしたような表情を見せた。
武田のような強い統率力とは違う、けれど確かな温かさを持ったリーダーシップが、少しずつ形になり始めていた。
「リーダー、板についてきたじゃない」
川原さんがからかうように言うと、麗華は少し照れたように笑った。
「いえいえ。私なんかまだまだです」
「それでいいのよ。完璧なリーダーなんて、いないんだから」
川原さんの言葉に、麗華は小さく頷いた。
その日の作業を終えた夕方、中嶋さんがバスの窓ガラスに刻んだ無数の印について、みんなに説明した。
「ここに、転移してからずっと、光が変わるタイミングを記録していたんです。最初は手探りでしたが、最近は、スマホのストップウォッチ機能も使うようになって、だいぶ正確に測れるようになりました」
中嶋さんが、スマホの画面を見せながら説明する。
電池の消耗を抑えるため、計測する時だけ短時間起動する、といった工夫をしていたらしい。
窓ガラスに刻まれた印は、何本もの細い線となって、几帳面に並んでいた。
バスの運転手として、長年ダイヤを意識しながら働いてきた中嶋らしい、地道な記録だった。
「だいたいですが、ここでの1日は、地球の時間に換算すると32時間くらいになるみたいです。それから、橙の太陽と青白い色の太陽の両方が沈んで暗闇になる時間は、思ったよりずっと短かった。地球の夜と比べると、かなり短いです」
その報告に、何人かが驚いたような声を上げた。
「どうりで、いつも眠たいわけだ……」
陽翔がため息混じりにそう呟いた。
地球の体内時計のまま過ごしていた自分たちが、この星のリズムと大きく違っていたことが分かった瞬間だった。
「桃矢、お前も言ってたよな。終わりが見えない不安が人を疲弊させるって」
陽翔がそう振ると、桃矢は頷いた。
「うん。でも、こうやって少しでも法則が分かると、不思議と気持ちが楽になる気がする」
「だよな。何も分からないまま振り回されるのと、訳が分かった上で大変なのとじゃ、全然違うもんな」
「中嶋さん、すごいですね。ずっと記録してくれてたんですね」
川原さんが感心したように言った。
「いやいや、暇な時間にやってただけですよ。」
中嶋さんは、照れくさそうに笑った。
「それより」
陽翔がふと思いついたように口を挟んだ。
「これ、毎回『橙の光』とか『青白い光』とか言うの、長くないか? 何か、もっと簡単な呼び方決めようぜ」
「あー、それは俺も思ってた」
山田さんが頷いた。
「じゃあ、シンプルに『アカ』と『シロ』とかでいいんじゃね?」
陽翔が得意げに提案する。
「え、いいじゃん! 分かりやすいし」
朽名が即座に賛成した。陽翔がちらりと朽名を見て、少し得意げな顔になった。
「いや、もうちょっとちゃんとした名前にしようよ」
麗華が苦笑しながら言ったが、他に良い案も浮かばないらしく、しばらく皆で頭を捻ることになった。
「『太陽1号』『太陽2号』とか?」
「それ、味気なさすぎでしょ」
「じゃあ、麗華は何かいい案あるの?」
「うーん……」
麗華も結局、これといった案を出せずにいた。最終的に、誰からともなく「アカ」「シロ」でいいんじゃないか、という空気になっていった。
「両方の光が一緒に出てる時間は?」
「『ダブり』でいいだろ」
「安直すぎる……」
今泉さんが呆れたように言いながらも、自分でも代案を思いつかず、結局それも採用されることになった。
「真っ暗な時間は?」
「『マジ暗』」
陽翔の提案に、今度は皆が小さく笑った。朽名が「やっぱり陽翔だ……」と半笑いで言いながら、それでも「でも確かにマジ暗だよね」と続けた。緊張と疲労の中で、こんな風に笑い合うのは、久しぶりのことだった。
一橋さんが目を細めながらそのやり取りを見守っていた。
「若い子たちは、こういうとき本当に頼もしいわねえ。私たちじゃ、こんな発想出てこないもの」
「一橋さんも、何か案ありませんか」
桃矢が尋ねると、一橋は少し考えてから、悪戯っぽく笑った。
「そうねえ……『お日さん』『お月さん』とか?」
「それも、可愛いけどシンプルすぎません?」
「あら、若い子の感性にはついていけないわ」
その軽妙なやり取りに、また小さな笑いが起きた。
「もう、松井君の案でいいよ」
麗華が諦めたように笑いながら頷いた。
こうして、「アカ」「シロ」「ダブり」「マジ暗」という、なんとも砕けた名前が正式に使われることになった。
極限状況の中でも、こうして笑い合える瞬間がある。
それは、生き抜いていくためには必要なことだった。
夜、「マジ暗」の時間が訪れる頃、桃矢は一人、バスの近くで星空を見上げていた。
「お疲れ様」
声をかけてきたのは麗華だった。
「あ、お疲れ様です」
「わたし、正直、不安しかないんだ。武田くんみたいに、ぱっと答えを出せるわけでもないし。みんなを引っ張っていく自信、本当はあんまりない」
麗華が、珍しく弱音をこぼした。
普段は気丈に振る舞っている彼女の、初めて見る素の表情に桃矢は少しだけ驚いた。
「川嶋さんは、ちゃんとみんなのこと考えてると思います。今日だって、誰か一人に無理させないように、ちゃんとバランス声をかけてましたよね」
「そう、かな」
「はい。武田にはできなかったことだと思います」
桃矢がそう言うと、麗華は少し驚いたような顔をして、それから、ふっと表情を緩めた。
「川嶋さんも無理しすぎないでくださいね。」
「……ありがとう」
その一言を最後に、麗華はバスの方へと戻っていった。




