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いつもの市バスは、異世界行き  作者: チーム エボンヌ
第一章 サバイバル編

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第15話 攻めと守り

 長谷川さんの死はみんなの心に大きな傷を残した。

 誰もが、必要以上に周りの人の様子を気にするようになっていた。

 少し離れた場所に1人でいる人間がいれば、誰かがすぐに声をかける。誰かの足取りが少しでも遅ければ、心配する声が飛ぶ。

 それは優しさであると同時に、恐怖の裏返しでもあった。

 これまで漠然とした不安であったものが、現実に人の死に直面したことで、これまで押さえ込んでいた不安や恐怖の感情が抑えきれなくなっていた。

「また、誰かが」その不安が、みんなの中にも渦巻いていた。


 少しでも1人で行動する気配があると、誰かがさりげなく付いていこうとする。

 これまでなら気にも留めなかった些細な行動に、みんな敏感になっていた。

 今泉さんは誰かと一緒でないと、水を汲みに行くことすらできなくなっていた。

 一橋さんと三浦さんは、お互いの姿が見えるところから、決して離れないようにしていた。

 大葉さんは、長田さんの車椅子を片時も手放そうとしなくなった。

 密林の奥から聞こえてくる、正体の分からない鳴き声にも、誰もが過敏に反応するようになっていた。

 それが本当に危険な生き物のものなのか、それともただの夜行性の小動物の声なのか、判断する術はない。

 けれど今は、すべての物音が不吉なもののように感じられた。

 桃矢自身もその変化を感じていた。

 陽翔の姿が見えないだけで、思わずその姿を探す。

 麗華が少し離れた場所に行く時、思わず目で追ってしまう。

 誰かを失うことへの恐怖が、みんなの心に染みついていた。


 その日の昼、今後の方針について、簡単な話し合いが持たれた。

「このままじゃ、また同じことが起きるかもしれない」

 武田が硬い表情で切り出した。

「だからこそ、もっと積極的に動くべきだと思う。安全な場所を広く確保して、危険を事前に把握しておく。慎重さも大事だけど、このままだ尻すぼみになってしまう」

 武田は淡々とした口調を保ちながらも、その目にはこれまでにない切迫感が滲んでいた。

「果実も、今の採取範囲だと充分な量が確保できていない。既に何人かは配給の少なさに不満を感じていると聞いている。今のうちに、もっと広い範囲を把握して充分な量を確保出来るようにしないと、手遅れになる」

 その言葉に何人かが頷いた。

 だが、すぐに反論の声が上がった。

「それ、逆じゃない?」

 声を上げたのは麗華だった。

 その声はいつもの穏やかなものとは違い、はっきりとした強さを帯びていた。

「動けば動くほど、危険に遭う可能性も増えるんじゃないの。獣だっているし、長谷川さんだって、1人で動いたから……」

 麗華はそこで言葉を止めた。長谷川さんの名前を出すことに、ためらいがあったのだろう。


 それでも、続けないわけにはいかなかった。

「今は、慎重に行動すべきだと思う。できるだけ固まって、安全第一で過ごすべきじゃない? それに、広い範囲を動ける人ばかりじゃない。高齢の方は、長距離を歩くだけでも、相当な負担になるはずだよ」

 麗華の視線が一橋さんや三浦さんの方へ向けられた。2人は何も言わずに、ただ静かにその様子を見守っていた。

「それで、いつまでこの状況を耐えるんだ」

 武田の声が、わずかに強くなった。

「もう既に食料は限界が近い。果実は直ぐには実らない。取ったらそれで終わりだ。安全を取りすぎて、結局じわじわ衰弱していくのが、本当に良い選択なのか?」

「だからって、無理に動いて、また誰かを失うリスクを冒すの?」


 2人の言葉が次第に熱を帯びていく。

 周りの人々も、固唾を呑んでそのやり取りを見守っていた。

「俺は、現実的な話をしてるんだ」

「私だって、同じ。人の命より優先するべき現実なんて、ないと思うけど」

 その一言に、武田は一瞬、言葉を詰まらせた。けれど、すぐに表情を引き締め、言い返す。

「命を軽視して良いなんて言ってない。ただ、このまま今のやり方を続けているだけではすぐに限界が来るから、変えようと言っているんだ」

「でも、自分たちから危険に飛び込もうと言っている様にしか聞こえない」

 麗華の言葉に、武田の表情が、わずかに強張った。

「そんなこと、言ってない」

「言ってないけど、そう聞こえる」


 2人の声が、次第に大きくなっていく。

 これまで、表立って対立することのなかった2人が、初めて、はっきりと違う方向を見ていることが、誰の目にも明らかになった瞬間だった。

「もうやめてよ、2人とも」

 たまりかねたように、太田凜が声を上げた。その目には、涙が滲んでいた。

「これ以上、喧嘩しないで……お願いだから」

 太田は誰よりも武田を慕っていた。その武田がこれほど感情をあらわにして誰かと言い争う姿を見るのは初めてだった。

 その一言で、武田と麗華は、ようやく口を閉じた。

 けれど、2人の間に流れる空気は、明らかにこれまでとは違うものになっていた。


 桃矢はその様子を少し離れた場所から見ていた。

 どちらの言い分にも、一理ある。武田の言う通り、このまま安全策ばかり取っていては、いずれジリ貧になる。

 けれど麗華の言う通り、無闇に行動範囲を広げれば、また誰かを失うリスクも高まる。

 これは、攻めと守りのジレンマだった。

 攻めすぎれば自滅し、守りすぎても、いずれジリ貧になって、やがて自滅する。

 正解は、その中間のどこかにあるはずだった。

 けれど今の2人には、その中間を考える余裕がないように見えた。

 桃矢は何か言うべきだろうかと、何度も考えた。

 けれど、口を開く勇気がどうしても出なかった。

 自分のような目立たない人間が、武田と麗華の対立に割って入ったところで、何か変わるわけでもない。

 そう思う一方で、この状況を放置すると何かとんでもないことになりそうな予感がしていた。


 夜、桃矢は陽翔と並んで火を見つめていた。

「やばい空気になってきたな」

 陽翔が、ぽつりと言った。

「うん」

「武田も麗華も間違ったこと言ってるわけじゃないと思うんだけどな」

「俺もそう思う」

 桃矢は火の揺らめきを見つめながら、深く息を吐いた。

「ただ、2人とも、自分の意見が絶対正しいと思い込んでる感じがする。本当は、お互いの言い分をもう少し聞き合えればいいんだけど」

「それができたら、苦労しないよな」

 陽翔の言葉に、桃矢は小さく頷いた。

「俺さ、ちょっと怖いんだよな」

 陽翔が珍しく弱気な声でそう言った。

「何が?」

「このまま、武田と麗華が決定的に仲違いしたら、どうなるんだろうって。もしかしたら、みんなバラバラになっちゃうんじゃないかって」

「俺もそれは感じた。でも、俺たちに何が出来るか、今は分からない」

 2人は出せない答え前に、これ以上言葉が出なかった。


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