side story1 :とある男の手記
ロコモティ部!サイドストーリー パート1
鉄路を駆ける者の姿は、時代とともに変わった。
かつては鉄の巨人、今は人の形をした機械──機関者だ。
機関者という人型鉄道車両が開発されてから、早くも五十年余が過ぎた。
かつて、鉄路を支配していたのは、重厚な鉄の塊だった。
その迫力と轟音はまるで生き物のようで、今となっては遠い夢のように思える。
客車の窓を開ければ、摩擦熱で熱せられた油が焦げる匂いが僅かに風に混じって届く。
それは機関者の脚部関節から立ちのぼるものだ。
やがて制動がかかると、前方に押し出される衝撃と共に、耳には逆向きに刻まれる脚部の摩擦音が届いた。
かつて、この国には機関者とともに、〝機関車〟が併走していた時代があった。
所謂「撮り鉄」と呼ばれる部類に属していた私は、機関者という存在をどうしても受け入れられなかった。
というのも、奴らが鉄道の主役となり、かつての機関車は次第に姿を消し、ついには完全に廃止されてしまったからだ。
今や、その勇姿を目にできるのは、保存会や鉄道博物館という閉ざされた空間だけ。
歳月というのは誠に無情で、私もすでに古希。
若かりし頃の情熱は影を潜め、今はただ過ぎ去った時代の断片を追い求めるだけの老いぼれだ。
かつては、あの機関車たちを夢中で撮り続けていた。
しかし、機関者が現れてからというものの、カメラを手にすることも次第に減り、やがて全く触らなくなってしまった。
やつらに奪われたものの大きさに、心のどこかが深く傷ついていたのだ。
それでも、孫が「乗ってみたい」と言い出したのがきっかけで、久しぶりに鉄道に乗ることにした。
死期を意識する年齢になり、私自身ももう一度だけあの鉄路を走る風景を味わいたかったのだ。
……別に感傷に浸りたくて乗ったわけじゃない、そう自分に言い聞かせながら。
初めて乗る機関者牽引の客車には、不安と期待が入り混じっている。
二本足の癖に、速度はそれなりに出るらしい。
ならば、わざわざ人型の車両など造らずとも、自動運転化で事足りただろうに──そんな考えが、今でも時折、頭をかすめる。
だが、役人も経営陣もそうはしなかった。
理由は、ズバリ金だ。
かつての巨大な車体は造るにも整えるにも、工場も人員も、途方もない規模を要した。
更には機関士の教育。この少子高齢化で一人当たりに係る仕事量の増えた社会には、若手を育て、熟練者を確保すること自体が困難だった。
だが、機関者は違う。モジュール単位で部品を交換でき、路傍での簡易整備も可能。教育の手間も最小限で済む。
疲れ知らずで、脚や腕といった機械部品を差し替えるだけで、走行能力はほぼ元通り。
熟練の勘や体力に依存せず、常に一定の性能を保証できるのだ。
こうして、人型という形状を取ることで、鉄道会社は「合理性」と「コスト削減」を両立させた。
いつしか鉄路の主役は、人型という名の〝動く予算表〟に置き換わったのだ。
昔の機関車には、魂があった。
今にして思えば、それは効率や合理では測れない、人間くささの匂いだったのかもしれない。
だが、あいつらは最初から冷たい計算の上に設計された。
経理部の落書きが、そのままレールを走っているようなものだ。
それでも──時は戻らない。
私の足がかつての撮影地を巡れなくなったように、鉄道もまた、後戻りはしない。
残されたレールが、どこへ続いているのかさえ分からないまま、ただ突き進むだけだ。
窓から吹き込む初夏の風に混じって、甲高く弾けるような子供の笑い声が響く。
耳にした瞬間、胸の奥底で、長らく眠っていた何かが微かに震えた。
機関者の二本の脚が刻む鈍いリズムと、背から響く風切り音が重なり、列車はゆっくりと進む。
たとえもう、鉄の巨人がレールを叩く音が失われても。時代は変わり続ける。
変化を拒んでも、それは容赦なく置き去りにする。
──それでも、この客車は、誰かを乗せ続けてきた。
私のような老いぼれも、これからの誰かも。
その重みだけは、まだ鉄道の心臓に残っていると、信じたくなる。




