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話をしよう

「話をしよう、あの日の続きを」

 

 シグルの言葉は静かに響いたが、その一言が場の空気を一変させた。

 

 リュウジは眉をひそめる。目の前に立つ「死神」の姿は、幼い頃に抱いた星そのものであり、今や憎悪の象徴だ。

 だがその瞳の奥に、かつて憧れた機関者の片鱗を見たような気がして、どこか遠いものを感じていた。

 

「――シグル!  待ちなさい!」

 

 アカリが叫ぶ。その声には必死さが滲み出ていた。

 両手を広げ、シグルの行動を阻もうとする彼女の姿は、無防備であるがゆえにかえってその覚悟を示しているかのようだった。

 

「……退け、アカリ」

 

 シグルが低く呟く。その一言だけで、アカリの肩が小さく震えた。

 しかし彼女は怯まず、足を踏みしめる。

 

「絶対に行かせない。あなたにこれ以上悲しみを背負わせる訳にいかないもの!」

 

 セイジは言葉を失っていた。目の前の光景はあまりにも非現実的で、どこか夢を見ているような気分だ。

 彼は一歩も動けず、その場に立ち尽くしていたまま、ぼうっと眺めていた。

 

「話だと、今更――」

 

 リュウジの声は震えていたが、それは恐れではない。長年積み上げてきた憎しみが、声を震わせていたのだ。

 

「――また、俺から何を奪うつもりだ!」

 

 リュウジが叫ぶ。その瞳には、狂おしいほどの悲しみが渦巻いていた。

 

 シグルはその怒りを受け止めるように一歩、また一歩と進み出る。

 アカリがその行動を制止しようとするが、彼の鋭い眼差しに気圧され、言葉を失った。

 

「奪う、か」


 シグルの声は氷のように冷たく響いた。

 

「違うな、これは問いかけだ、リュウジ」

 

 その言葉に、リュウジは眉をひそめた。

 

「お前は、あの日の俺と同じだ。ただ闇雲に走り続けている。止まることができず、ただ何かに突き進むだけの存在だ」

 

 シグルの瞳には、深い哀しみが浮かんでいた。

 

「俺は……止まれなかった。だが、お前は――まだ間に合う」

 

「間に合うだと!?  ふざけるな!」

 

 リュウジの叫びが場を切り裂いた。その声には、言葉にできない感情が混じり合っていた。

 

「お前は俺の家族を――俺の人生を壊したんだ!  それが『間に合う』だと?  もう遅いんだ、笑わせるな……!」

 

 リュウジは拳を震わせる。その怒りは燃え上がるように熱を帯びていた。

 

「俺を殺せ」

 

 シグルの言葉は静かそのものだったが、その静けさがかえって不気味な迫力を生んだ。

 

「俺は逃げない」

 

 その一言に、リュウジは息を呑む。シグルの徹底とした揺るぎない態度が、彼の中で抑えていた何かを崩壊させる。

 

「来い、リュウジ」

 

 静かに差し出されたその挑戦は、リュウジの中で怒りを爆発させた。

 

「――やめて!  そんなこと、絶対にやめて!」

 

 アカリが叫ぶ。その声には、全員を止めたいという必死の思いが込められていた。しかし、二人の間にある深い溝を埋めるには届きそうもない。

 

「お前の心が、それで救われるのなら……それがいい」

 

 シグルの声には覚悟が滲んでいた。

 リュウジは拳を握りしめる。その目には、決意と復讐が渦巻いていた。

 

 二人の間に引かれた見えない線。

 越える事はまだ出来ない。

 だが、その重く張り詰めた沈黙をあっけなく打ち破る声が響いた。

 

「――あっは! なになに、ヤッベ、ウケんだけどぉ」

 

 場違いな笑い声が、緊張感に満ちたその場に割り込む。

 

 全員が振り返る。そこに立っていたのは、派手な金髪の若い男――ケンタだった。

 

「ヒィック!? ねえ、見た? 今のシーン! え、もしかしてドラマの撮影だった? エキストラ応募してねーけど!? ねね、これ、配信したらバズったっしょ!?」

 

 ケンタは興奮気味に言い放つと、ポケットからスマホを取り出し、カメラを起動しようとした。

 

「おい、おま! 何やってんだよ!!」

 

 セイジが怒鳴る。その声には苛立ちと困惑が入り混じっていた。

 

 だが、ケンタは全く気にした様子もなく、今度はアカリの腕に絡みつくようにして話しかける。

 

「ねえねえ、お姉さん可愛いじゃん。オレと呑み行かない? 高校ん時のダチがさー、バーやってんの。昼間から呑めるし、お洒落だし、絶対気に入ると思う!」

 

 ケンタはアカリの腕を掴み、強引に歩き出そうとする。

 

「ちょっと、やめなさいよ――」

 

 アカリが腕を振りほどこうとするが、ケンタは全く気に留めないどころか、さらにしつこく絡みついてきた。

 

「えー、何でそんな冷たいの? アカリちゃんだっけ? 歳は? 彼氏いる?」

 

 ケンタは悪びれる様子もなくニヤニヤと下卑た笑みを浮かべ、周囲を見回した。

 

「つかさ、え、もしかして喧嘩だったぁ? ヤッベ、オレも参戦しちゃってた!?」

 

 ケンタの態度は明らかに場を白けさせたが、当の本人はどこ吹く風だ。

 それどころか、酒臭い息を吐き出しながら周囲を見回している。

 

 アカリはその不躾な視線に嫌悪感を抱きながらも必死に抵抗していた。

 しかし、その態度はむしろ逆効果で、ケンタはますます調子に乗るばかりだ。

 

 セイジは怒りを抑えきれない様子で拳を震わせていたが、シグルとリュウジの間に流れる空気を見て、迂闊には動けずにいた。

 

 だがそれは、この場に集まった者全員がそうだ。

 もし誰かが今行動を起こせば、全てが破綻してしまうだろうという予感がよぎる中、最初に動いたのはアカリだった。

 

 彼女は掴まれていた腕を強引に振りほどくと、強い口調でケンタをたしなめた。

 

「――今、真剣な話をしてる途中なの、邪魔しないで」

 

 彼女の瞳に怒りの色を見たケンタは、一瞬驚いた表情を見せたがすぐにへらへらと笑い出す。

 その態度に、アカリの怒りはますます高まるばかりだった。

 

 しかし、それを察してか否か、リュウジが割って入った。

 

「ケンタ、早く帰れ。ここは遊びの場じゃないんだ」

 

「おぇえ!? リュウジさんまでェ!? 酷くね! なあ、酷くね!?」

 

 ケンタは周りにいた反鉄道同盟の仲間たちに同意を求めるが、誰一人として味方するものは居なかった。

 

 リュウジは冷ややかな目でケンタを睨みつける。

 その視線に気圧され、彼は思わず後ずさりした。

 だが、すぐに気を取り直したのか、再びヘラヘラと笑いながら口を開いた。

 

「あれ、もしかして怒っちゃってます? すんません、場違いだったっすか?」

 

 しかし、その言葉を遮るように一声が響く。

 

「ノワール」

 

 冷たく重圧感のあるその一言で、場の空気が一変した。

 誰も何も言わなかったが、全員がシグルの怒りを感じ取っていた。

 

 ケンタは舌打ちをして、小指で耳を掻く。

 

「――あー、バレてんじゃーん。つまんね」

 

 ケンタ――いや、ノワールは、にやりと笑みを浮かべ、その場の全員を見回した。

 先ほどまでの軽薄さは消え、どこか不気味で底知れない威圧感が漂い始める。

 

「おーいおい、空気読めよシグルぅ?」

 

 ケンタ――いや、ノワールは、自分の肩をポキポキと鳴らしながら、リュウジに視線を向けた。

 

「もうちょいで楽しい殺シアムになると思ったのにー、役者が舞台降りてどうすんの? ここで踊らないでどこで踊んの? 廊下? 屋根裏? あ、悪いけど俺は社交ダンスかバレエしか踊れねえから。お前らと違って育ちがいいんでね」

 

「お前のどこが育ちがいいんだ」

 

 シグルは唾を吐きかけるように言った。

 

「……貴様が……ノワールだと。一体、ケンタに何をした……」

 

 リュウジは唯一の身内であるケンタが、目の前で別人とすり替わっていた事に驚愕し、怒りに震えていた。

 

 だが、その反応を楽しむかのように――ノワールはニタニタと笑うだけだ。

 そして、さらに挑発的な言葉を投げ掛けるのだった。

 

「そもそもさ、リュウジさん。アンタに甥っ子なんて居たっけ?」

 

「……は……?」

 

 目の前の男は一体何を言っているのか。

 リュウジは一瞬、言葉を失った。

 

 しかしノワールは気にする様子もなく話を続ける。

 

「ケンタと初めて会ったのはいつ? 家族構成は? 歳は? 性格は? 職業は?」

 

 矢継ぎ早にされる質問攻めに、リュウジも再び混乱し始めた。

 そして、それらの質問は全て覚えの無い記憶だったからだ。

 

「……そ、そんな……誰なんだ、貴様は……」

 

 リュウジはかつての記憶を呼び起こそうとするが、何一つとして思い出すことは出来なかった。

 ケンタをいつ伯母夫婦から紹介されたのか、そもそも叔母夫婦には元から子供などいなかったはず……。

 

 だがノワールは、そんなリュウジの思考を見透かしたかのように言い放ったのだ。

 

「リュウジさ~ん、アンタ、最初から一人だったんだよー。独りで足掻いて踠いて踊って、滑稽滑稽コケコッコー!」

 

 ノワールはひとしきり戯けて見せると急に真顔に戻り、指をパチンと鳴らした。

 

 その動作に合わせて、リュウジが尻餅を突く。

 

「――だ、誰なんだコイツは、――いや、そんな筈はない、確かに記憶はあるんだ。そう、ケンタがまだ小さい頃、一緒に遊園地へ……」

 

「その記憶、たった今、作成したもんだよ」

 

「ヒィッ!?」

 

 リュウジは恐怖のあまり失禁し、その場にへたり込んでしまった。

 

「――そんな、そんな、筈は……高校進学の祝いに、寿司屋に連れて行ってやったんだ。それで、それから、その時に。確かに、俺は……」

 

 リュウジの記憶は混濁し始めていた。もう自分が誰で何をしているのかすら分からない状態だ。

 そんな様子を嘲笑いながら、ノワールは続ける。

 

「だからぁ、それ俺が現在進行形でリュウジさんの頭の中に、書き込みしてあげてんの。あ、これ俺の得意技な」

 

 ノワールの笑いは止まらない。まるで舞台上で観客を嘲笑うピエロのように。

 

「悪趣味だな」

 

 それはまるで独り言のような小さな声だったが、不思議と全員の耳に届いたようだ。

 彼はゆっくりとした足取りでノワールに歩み寄ると、静かに大鎌を構えた。

 

「これ以上、お前のくだらん遊びに付き合う気は無い」

 

 ノワールはその切っ先を見つめながらニヤリと笑みを浮かべると、右手を広げた。

 まるでダンスの誘いを受けるかのように優雅で自然な動作だった。

 

「……ちょっと、シグル。話があるの」

 

 アカリがそっと動き、シグルに耳打ちした。

 シグルは躊躇なく耳を傾け、彼女に全てを委ねることに決めたようだ。

 

 ノワールが二人の会話に気づいたかどうかは定かではないが、彼は相変わらずヘラヘラと笑っているだけだった。

 

 アカリも警戒を怠らないものの、今のところはノワールもこちらに敵意を向けている様子もない。

 しかし、この奇妙な沈黙の中で、シグルの思考は再び巡らされていた。

 

「……分かった。気をつけろ」

 

「ええ、そちらこそ検討を祈るわ」

 

 アカリは一度、シグルに力強く目線を送ってから、素早く退却を始める。

 

「おーん、アカリちゃーん! おじさんと遊ぼうよぉー」

 

 ノワールはわざとらしく大声を上げ、アカリを追おうとする仕草を見せる。

 しかしその進路に、セイジが割って入り、行く手を阻む。

 

 アカリは既に立ち去った後だ。この場に残っているのは、彼らだけ。

 ロコモティ部が本部の前でバリケードを張る中、反鉄道同盟が距離を取る。

 セイジは背後も気にしながら、戦う準備を整えた。

 

 だが、シグルだけは違った。彼はすでに大きな決断を下しており、そのための準備は既に済んでいたのである。

 だから今できることは全て済んだと言わんばかりに落ち着き払っている。

 

 彼は頭の中で何度もシミュレーションを重ね、最善の選択を選び抜いたはずだった。

 

 だがそれでもなお、不安は残る。

 

 この選択が間違っていた時、その後の事態がどう転がるか予想がつかないからだ。

 

 しかしそんなことを考えている時間はないとばかりに覚悟を決めると、シグルは静かに口を開いた。

 

「ノワール、お前とも腹を割って話をすべきだな」

アカリ「なんでコイツ社交ダンスとバレエなんて踊れるのよ……!」

シグル「やめろ、アカリ。それは作者の趣味だ、ツッコミを入れるな」

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