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Indigo-Blue

 非常を知らせる信号炎管の赤い炎が、暗い鉄路に陽炎のように揺らめきながら、夜の闇に染み込んでいった。

 無機質で冷徹な鉄道沿いには、緊迫した空気が張り詰め、静寂の中に警察の無線から飛び交う指示がひびき渡る。

 その喧騒の中、一人の少年がバラストの上に膝をついていた。

 

「どうして」

 

 少年の手には、小さなインディゴトレインの模型がぎゅっと握られている。

 それは、厳しい家計の中で両親が買ってくれた唯一の宝物だった。

 何度もその車体を眺め、いつか乗る日を夢見ていた。だが、その夢はもはや叶わぬものとなり、目の前の現実に引き戻された。

 

 少年の目の前に広がるのは、無残に散らばった両親の遺体。

 目を背けたくなるような光景が、彼の胸に深い痛みを刻みつける。

 母親と父親は、彼の未来を奪う形で冷たい車輪の下に命を落とした。

 夢の中ではいつか実現するはずだった、家族全員で寝台特急『つきかげ』に乗るという約束。

 

 少年はその場から動けず、ただその手のひらに握られた小さな模型を見つめた。

 冷たい夜風が頬を撫でるが、両親と最後に交わした言葉が残響となって遅効性の毒のように蝕んでいた。

 

「どうして」


 その問いかけは、運転していた機関者にも同じように降りかかった。

 フェンスを越え、線路に飛び込んできた彼らを、機関者――シグルは思いがけず客車の車輪に巻き込んでしまった。

 過密運行と無力なブレーキ痕が交差する瞬間、胸を貫くような衝撃が彼を襲う。

 暗闇の中、少年の小さな声が、彼の心をなおさら深く切り裂いていく。

 

「――君、大丈夫かい? 痛い所はない? あ、膝から血が……」

 

 シグルは、膝をつく少年にそっと近づいた。

 その目に映る少年の姿、そしてその手に握られたインディゴトレインの模型が、彼の心を深く抉る。


「お父さん、お母さん……なんで、どうして」

 

 少年の、か細い声が震え、見開かれた瞳からは大粒の涙がぽろぽろと頬を伝い落ちる。

 それはやがてバラストに吸い込まれ、冷たい夜の空気に消えていった。

 

「シグル、この子を安全地帯まで運んでくれ」


「――はっ!」

 

 指示を受けたシグルは敬礼し、少年の前にしゃがみ込んだ。

 彼の涙を拭おうと伸ばした指先はわずかに震え、どこか戸惑いを隠せない。

 少年の目に映るのは、計り知れない悲しみと絶望。

 シグルはその瞳を直視できず、一瞬目を伏せたが、すぐに覚悟を決めたように視線を戻す。

 

「ごめんね、僕が悪かった。……本当にごめんなさい」


 シグルはそっと少年を抱き上げた。

 彼の口から紡がれる謝罪の言葉は、震える声と共に空に溶けていく。

 その瞳には深い後悔と憐憫の色が宿り、彼自身もこの罪が背負う重さを噛みしめていた。

 

 少年を抱えたシグルは、ゆっくりと立ち上がる。

 彼の体重は軽いが、心にのしかかる罪の重みは、どんな貨物よりも重たかった。

 

「……寒いね。少しだけ我慢してね。すぐ、安全な場所に運ぶから」

 

 シグルの声は震えていたが、どこか優しさを残していた。

 少年は答えない。ただ、握りしめた模型を見つめたまま、体を預けているだけだった。

 

 線路脇に待機していた隊員が駆け寄ってきた。


「この子は……無事か」


「命に別状はない。ただ……」

 

 シグルは少年をそっと地面に降ろし、係員に託そうとした。

 

  「待て」

 

 少年の声が、彼の背中を鋭く刺した。

 

「お前が……お前のせいで」


 その言葉に、シグルは凍りついた。

 振り返ると、少年の瞳は涙で濡れていたが、その奥には、純粋な憎悪が燃え盛っていた。

 

「お前が――お前が!! お父さんとお母さんを殺したんだ!! 人殺しだ!!」

 

 少年は地面に落ちた小石を掴み、シグルに向かって投げつけた。

 命中するわけもないが、その仕草には、子供ながらの本能的な攻撃性が滲んでいた。

 

「お前らのせいだ! 鉄道なんか……鉄道なんていらない! みんななくなっちゃえ!」

 

 シグルは、その言葉にどう応えていいのかわからなかった。

 彼はその場に膝をつき、少年と同じ高さまで視線を落とした。

 

「……君のご両親を轢いてしまったのは、僕だ。どんな理由があろうと、それは変えられない。……本当に、ごめんなさい」

 

 シグルの謝罪は真摯だった。だが、それは少年の心に届くことはなかった。

 

「――謝るな!」


 少年は小さな拳を握りしめ、震える声で叫んだ。


「謝っても、もう戻らないもん!! お父さんも、お母さんも!」


「僕だって……こんなこと、望んでなかったんだ。信じてほし――」


「黙れっ!!」

 

 少年はシグルの胸を目いっぱい叩いた。

 その小さな手の感触は、冷たい鋼鉄の心臓を貫くようだった。

 

「おれは! 絶対に許さない……! 鉄道なんか大嫌いだ!! 『つきかげ』なんか嫌いだ!」

 

 少年の言葉は、鋭い刃となってシグルを斬りつけた。

 だが、それ以上に、自分の無力さがシグルの心を深く抉っていた。

 

「……そうか」


 それ以上何も言えず、シグルは立ち上がった。

 胸には少年が握りしめていたインディゴトレインの模型があった。少年が最後に押しつけてきたものだ。

 

「持っていけよ……それ、お前にやる。お父さんとお母さんを殺した証拠だ」


 少年の目には涙が溢れていたが、そこには一切の赦しはない。


「全部壊してやる。鉄道なんか!」

 

 その言葉を背に、シグルはゆっくりと歩き出す。

 彼の中には後悔だけが渦巻いていたが、振り返る勇気はなかった。

 

 その夜、少年の胸には純粋な憎悪の種が芽を出す。

 それはやがて成長し、冷たい復讐心という名の実を結ぶ事となる――。


 鉄道社会そのものを敵視する、「反鉄道同盟」という闇を生み出していくための、第一歩として。

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