死神
本部周辺――テロの始まり 。
人ごみの中、リュウジはひとり立ち尽くしていた。
爆発音が背後から響く。立ち上る煙、焦げた臭い、人々の怒号と悲鳴。
だが、それ以上に耳障りだったのは、自分の心の中で響く怨嗟の声だった。
リュウジの視界に映るのは、瓦礫の山と無秩序な暴動の渦。
群衆が手にした鉄パイプや火炎瓶を振りかざし、彼の理想とは全く異なる方向へ突き進んでいく。
その中心には、疲れ果てた顔を装う自分自身がいた。
『違う、こんなはずじゃなかった!』
内心で叫ぶも、その声は群衆の歓声にかき消された。
ヨレたジーンズのポケットには、折りたたまれた演説原稿がある。
「我々には未来を語る資格がある」と書かれたその一行が、皺に塗れ読めなくなっていた。
「俺が欲しかったのは、こんな結末じゃない……。ただ、ただ沢山の声を届けたかっただけなんだ」
その時、背後に人の気配を感じた。振り返るより早く、それは煙のように掻き消える。
「……ノワールか?」
疑念が浮かぶも、それを確かめる余裕はない。目の前では、さらに暴動が激化していた。
「なぜだ……なぜ俺は怒っている……」
リュウジは拳を握りしめる。その指先に滲む血の感触すら、どこか遠く感じられた。
そんな時、再び背後から気配を感じる。今度は確かな「存在感」があった。
振り返ると、そこにはケンタが立っていた。
「リュウジさーん! いやー、やってますねー!」
ケンタは場違いなほどの笑顔で手を振りながら近づいてきた。
黒煙の立ち込める戦場の中で、彼はどこか浮ついた足取りで歩いてくる。
まるでコンビニにでも来たかのような軽さだった。
「すげえっすよ、これ! まさにお祭りじゃないっすか! 神輿でも担ぎます?」
そう言いながらケンタは、スマホを取り出し、自撮りを始めた。
リュウジは目を伏せ、長い息を吐いた。
そのため息には、怒り、諦め、そしてかすかな安堵の全てが混ざる。
「ケンタ、お前……」
静かに言葉を発するリュウジ。
その声には、皮肉を込めた冷たさが含まれていたが、ケンタは気にした様子もなく笑い続けている。
「ついに、ロコモティ部が動いたんだぞ」
リュウジは目を細め、暴動の中心に見えるCA機関隊の姿を見据えた。
「これは遊びじゃない。戦争だ」
その言葉に、ケンタは一瞬だけ真顔になり、リュウジを見つめた。
だが次の瞬間には、再びおどけた表情を浮かべていた。
「おお、マジっすか! 歴史的瞬間じゃないっすか? これ記念になりますよねー!」
ケンタはスマホを掲げ、背景に炎と黒煙を映しながら何枚も写真を撮り始める。
「……ケンタ、やめろ」
低い声でリュウジが制したが、ケンタは悪びれず笑っている。
煙と怒号が空を覆う中、シグルは遠くから燃え盛る光景をじっと見つめていた。
冷徹で鋼のような瞳には、崩れ落ちる建物と荒れ狂う人々が映り込んでいる。
それはまるで、生き物がのたうち回るような地獄絵図だった。
「――本当に、人間という生物は争い事が好きだな」
彼は無表情のまま呟き、肩を軽くすくめた。その声には冷たい諦観だけが漂っていた。
背後から小さな足音が迫る。息を切らしたアカリが必死に駆け寄ってきた。
「シグル! どうしてこんなところで立ち止まってるの!? 行かなきゃ!」
彼女の瞳には焦りと怒り、そしてわずかな希望が宿っていた。
しかし、その言葉にシグルは薄く嘲るような笑みを浮かべるだけだった。
「俺は廃車回送と霜取りしかできない“死神”だぞ。それ以上でも以下でもない」
その冷たい返事に、アカリは瞳を見開く。そして、心の中に押し込めていた怒りが噴き出した。
「……馬鹿! 馬鹿馬鹿馬鹿!!」
声が震える。泣き出しそうな表情で、彼女はなおも言葉を紡いだ。
「アンタは、誰よりもこの仕事に誇りを持ってるんじゃないの!? なのに今はどうして……なんで動こうともしないのよ!」
アカリの必死な叫びも、周囲の暴動の喧騒にかき消されていく。
シグルは微動だにせず、ただ冷たい視線をその場の中心へと向けていた。
「あそこにいる男は」
初めてシグルが声を上げた。
アカリは驚いたが、彼の視線を追い、群衆の中に立つ男の姿を見つけた。
「……あ、あの男、群衆の真ん中でずっと煽ってた。妙に……みんなが従ってる感じだった。空気が、アイツのせいで変わったの。誰も止まらなくなった。煽った本人は知らん顔……そういえば、“リュウジ”って呼ばれてた気がする」
「リュウジ」
その名前にシグルの表情がわずかに動く。だが、それ以上は何も言わなかった。
アカリがさらに何かを言おうとしたその瞬間――轟音が広場を揺るがした。
爆発音が耳を突き刺し、黒煙が渦を巻いて空を覆う。
「きゃあッ!」
アカリは咄嗟に腕を盾にしたが、爆風に吹き飛ばされ、床に叩きつけられる。
その衝撃で視界がぼやけ、耳鳴りがひどい。
ぼんやりとした意識の中で、彼女はゆらりと揺れるシルエットを見た。
立ち上がり、まるで夜の支配者のように闇に染まる人影――シグルだった。
彼の手には、大きな鎌が握られていた。 ―― FKG-DWZ-α01改《rapture》
それは、普段は霜取りに使うパンタグラフ型の杖“追放”の最終形態。
シグル自身が忌み嫌っていた、“本気”だ。
黒煙に照らされたその刃先が、不気味に輝いていた。
「――シグル……」
彼の姿に声をかけようとしたが、喉が引きつり、言葉にならない。代わりに漏れたのは微かな吐息だけ。
シグルは窓枠に足をかけ、大鎌を肩に担ぎながら振り返った。
その冷たい瞳が、アカリの中に何かを突き刺す。
「俺はな――かつて“人間”を殺したことがある」
その言葉は、アカリの意識を一瞬で引き戻した。
「人間を、殺した……?」
アカリは目を見開き、全身から力が抜けたように床に膝をついた。
「……どうして」
彼の言葉の意味を問いただそうとした次の瞬間、シグルは無言で窓枠を蹴り、混乱の中心に飛び込んでいた。
その姿は、まさに“死神”そのものだった。
シグルが大鎌を振り下ろした瞬間、暴動の中心がざわめきと共に沈黙していく――。
アカリはその光景を見つめながら、震える声で呟いた。
「……まさか……」
混乱の中、“死神”が降臨した。
果たして彼がもたらすのは、希望か――それともさらなる破滅か。




