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業火

 ――CA機関隊 専用庁舎前。

 

「あの女は生意気なことに、人間になりたかったなどとほざきやがった」

 

 低く吐き捨てる声が、群衆の怒号に紛れてもなお鋭く響いた。

 冷笑が口端に浮かび、男は苛立ちを抑える様子もなく騒然たる光景を見据えていた。

 

「……なら、俺は機械になりたかったよ。感情も記憶も捨てて、全部――焼却炉にくべちまえたら、どれだけ楽だったか」

 

 男の声は震えていた。怒りか、恐怖か、それとも絶望か。

 庁舎の前には、暴徒と化した数百の群衆。 

 プラカードは折られ、尖端が武器と化し、怒気はまるで溶鉱炉のように空を焼き焦がしていた。

 

「見ろよ……この地獄を」

 

「……見ろよって言われても~」

 

 隣の機関者がうつむき気味に呟いた。それでも、視線は庁舎の外に釘付けだった。

 

 ──怒号の渦。

 

「鉄の悪魔どもを溶鉱炉に沈めろッ!!」


「機関者に人権なんざねぇ! 死んで償え!!」


「鉄道は殺人企業、腐った社会の象徴だ!!」


「人間様の道を奪った報いを、機関者共にくれてやるッ!!」

 

 掲げられた旗には血のような赤字で、「殲滅」「復讐」「粛清」の文字が踊る。

 

 

 ――一方、指令室。

 庁舎内部の気圧すら変わったかのような、異様な静けさ。

 壁のモニターには、怒声と炎、破壊衝動が映し出されていた。

 

「状況は?」


「……極めて悪化。約百名規模の暴徒化が進行中。一部は手製の火炎瓶や金属バットを所持、爆竹・発煙筒の投擲も確認されました」

 

「市民なのか?」


「市民、ですか、ね……」

 

「……これは戦争だ」

 

 隊長格の責任者は小さく呟き、モニターの前に立ち尽くした。

 

 

 ――CA機関隊 新人区画。

 アカリとセイジが、呼吸の合わぬ無線と雑踏に翻弄されていた。

 

「何なのこれ……もう“抗議”の域を超えてるわよ。これはもう戦争よ!」

 

「オレらだけで、どうこうできる話じゃねえ」

 


 ふと、暴徒の中から一人の男が前に出る。拳を振り上げ、咆哮した。

 

「奴らを叩き潰せ! この庁舎ごと、燃やし尽くせ!!」

 

 そして始まる、スローガンの大合唱。

 

「ぶっ壊せぇぇえええ!!」


「燃えろ!! 燃えろ!! 焼き尽くせ!!」


「鉄道信者どもを吊るせぇぇぇえ!!」


「鉄道社会はファシズムだ!! 解体あるのみ!!」


 突如、プラカードが宙を舞う。そして――空気が変わった。

 

 群衆がざわめき、中央がゆっくりと割れていく。 まるで――安っぽい奇跡。その中心に現れたのは、救世主などではなかった。

 

 ボサボサの頭に、毛玉だらけのセーター。ヨレたジーンズにサンダル履き。

 だがその頭には、場違いなほど真新しいヘルメットが乗っていた。

 白く輝く表面に、何かの団体名らしきステッカーが貼られている。

 

「……誰だ、あのオッサン」


 セイジが苦い顔で呟き、アカリが押し殺した声で応じる。


「分からない……けど、まさか……」

 

 彼は壇上にすら見える花壇の上に立ち、両手を広げる。

 

「同志諸君、よくぞ集まってくれた」

 

 マイクもスピーカーもない。 だが、男の声は雷鳴のように響いた。

 

「我々の故郷を焼いたのは誰だ? 鉄道だろう! 我々の仕事を奪ったのは誰だ? そうさ、機関者どもだ!」


 群衆が揺れる。泣き叫ぶ者、叫び声に混じる笑い声。

 

「かつての自由を返せ! 自動車は我々の翼だった! それを引きちぎったのが、鉄道だ! 奴らだ!!」

 

 拳を突き上げ、男が吠える。

 

「CA機関隊は政府の犬だ!! 抑圧の象徴だ! 我々を見ろ! 飯も食えず、職もなく、寒さに凍えるこの現実を!! それを見て見ぬふりをして、機関者を“人間”だと? 笑わせるなァッ!!」

 

 次の瞬間、狂った群衆が庁舎に向けて――腐った葱や果物を次々に投げつける。

 投石、火炎瓶が続き、外壁が破裂音とともに黒く焦げる。

 

「見ろォ! これが我々の“浄化”だッ!!」

 

 叫びとともに、誰かが高くペットボトルを振りかざす。

 蓋の開いたそれが庁舎の壁へと叩きつけられ、内容物が黄ばんだ帯となってコンクリートを濡らす。

 

「これは革命だ!!」


「今日という日は、歴史に刻まれる。鉄道独裁を打ち倒す、我ら“民の反逆”の日だ! 我々が血を流すことになろうとも、その血は“自由”という花を咲かせる土になるのだァァアア!!」

 

 その瞬間、爆音。爆竹が投げ込まれ、辺りに爆音と硝煙がこだました。

 


***


 ――新人区画。

 

「もうダメだ、完全に戦争だ……」


「どうして、こんな事に……」

 

 アカリの目に涙が浮かび、セイジが肩をつかむ。

 

「まだ終わってねぇ。オレたちがいる限り、まだ……!」

 

 その瞬間、無線がけたたましく鳴った。

 

「ロコモティ部、全隊配置につけ。非武装接触にて交渉の可能性を模索、ただし武力使用は各指揮官判断に委任する」

 

「……マジかよ」

 

 セイジが立ち上がり、アカリも頷いた。

 

「止めなきゃ、あいつらの正義が、本当の“地獄”になる」

 

 煙と怒号の渦。その中へ、二人は足を踏み出した。

 

 ――これは終末ではない。だが確かに、ひとつの“戦争”の狼煙だった。

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